第五話 呑吐不下-1 ~捜査~
1階。
鳥男を載せた台車のタイヤが古いのか、ときどきひっかくような音が鳴っていた。
不快感に、掟期 虚呑は耳を押さえた。
「こんなところにいたのか」
休憩室内の机に向かった椅子に座りながら、警備員3名は気絶していた。
呼吸はあり、寝息やいびきをかいていた。
全員かなり鍛えているのか、全身の筋肉が警備服越しに盛り上がっていた。
「ここにいる警備員さんで全員みたいだね」
机に貼られたシフト表では、現在時刻にいることになっているのは3名。
仮銘 面火が警備員の首に下げられた名札を確認すると、全員シフト表と名前が一致していた。
空調がうまく機能していないのか、ときどき音を立てては生ぬるい空気を運んでいた。
奇離 覇方は空調のスイッチを壁伝いにしばらく探したあと、ようやく見つけ、温度を調整した。
「起きろ」
物陰に鳥男が隠れるようにしたあと、辰宿 試言が警備員の一人を乱雑に揺さぶった。
覇方がそれをとがめたが、それでも肩を左右上下へ動かしていた。
ここまでしてもなかなか起きず、彼が背中を叩いた。
「ん、……ひぃ!暴力の副会長様……!?」
警備員は飛び起きるなり、試言に言った。
叩いたぱちんという音に、虚呑は背筋を伸ばした。
警備員は背中をさすりながら、痛みを和らげようとしていた。
どうやら試言は探偵会の副会長らしく、しかも「暴力」という代名詞がついているようだ。
眉をひそめながらも、試言は警備員の向かいに座った。
「気絶していた寸前、なにが起きた?」
試言の言葉に、警備員は辺りを見回した。
机に伏せ、あるいは椅子にもたれかかっている同僚が警備員の視界に入った。驚くように、少し椅子をひいた。
それでも頭が冴えていないのか、手を何度か握っては開いてを繰り返していた。
「会長と話していました。それで、急に眠気が来て」
緊迫感が抜けているように警備員はあくびを噛み殺し、涙を拭った。
すると警備員は鼻筋に触れたあと、目を覆うようにおさえた。
そして、机と椅子の下を探り、ようやく目的の眼鏡を見つけ、立ち上がろうとした。
「え……。えーっと、こちらの人は」
警備員は椅子に足を引っ掛け、尻もちをつくように床へと倒れこんだ。
先ほどまで警備員の視界に入っていなかったのだろう。
ガムテープで全身を縛り付けられ、気絶させられている鳥男──正確にいえばその横の銃──を指した。
「どうでもいい」
試言は警備員を睨みつけた。
これが精一杯の優しさだとでも言うように、彼は立ち上がって警備員の眼鏡を拾いあげ、警備員が席へ座ることを促した。
警備員は眉をひそめ、ゆっくりと起き上がって椅子へと座って眼鏡をかけ、口角を下げた。
「なにが起きたんですか?」
恐る恐る、それでも職責を果たすべく、警備員は試言へと聞いた。
漠然とした、本来ならこの警備員が「副会長」へとしてはいけない、程度の低い質問のしかただった。
試言は音も立てずに椅子に座ると、わざとらしく、大きなため息をついた。
面火は口を出そうとしたが、覇方から首を振られ、少し不機嫌そうに耳を上げるだけにとどめた。
「これは副会長としての命だ。探るな。俺の言うことを聞け」
試言は感情的になるわけでもなく、ただ低い声を鳴らして、言葉を置いた。
彼の副会長としての圧が、息苦しさを増した。
暑くもないのに、虚呑の額から一筋汗が垂れた。
警備員は、唾を飲み込んだあと、短く「は」 と、了解の返事をした。
「それで、殴られて気絶させられたというわけではないんだな?」
念の為、というように試言は尋ねた。
彼は先ほどまでと表情を変えず、ただ事実の確認だけをした。
一瞬で切り替わるような空気ではなく、虚呑は呆気にとられた。
「おそらく。現在痛みはありませんし、そうされた記憶もありません」
警備員は、試言の問いに、間を開けずに答えた。
先ほどのあくびをしていたような抜けた雰囲気はなく、試言へ恐怖を向ける様子もなかった。
虚呑は他の気絶している警備員へと目をやったが、外傷は見当たらなかった。
覇方は床へと目を落とし、顎に手をやった。
虚呑が覇方の視線の先を追うと、薄く白いプラスチック片があった。
個包装の袋にあるような、四角い折れ目がある。
「気絶の直前に何か飲食をしたのか?」
虚呑はそれに気づき、警備員へと尋ねた。
「そういえば会長から差し入れを貰いました。前の当番の者には内緒だと言われて、全員目の前で食べさせられて」
試言はわずかばかりに眉をひそめ、口をおさえた。そして、上を見て、何かを考えるように沈黙した。
彼はまた手が出血していることにも気づかずに、無意識に口をおさえていないほうの手へと力を込めた。
「ドラゴンちゃーん」
面火が冷やかに言うと、試言は手の力を緩め、前髪を払った。
そのあと、試言は険しい顔で虚呑を見つめ、ゆっくりと息を吐き、顔の力を抜いた。
覇方が咳払いをしたあと、先ほど見つけたプラスチック片を拾い上げ、警備員へと見せた。
「ええ、これです。失念してしまったんですが、仰々しい名前の店のソフトキャンディで。中に固いグミっぽいなにかが入ってました」
面火はその言葉を聞くなり、覇方が持ったプラスチック片へと目を凝らした。
その様子に、覇方は面火へと、手に持ったそれを渡した。
試言は一度考える素振りをしたが、眉間をおさえ、再び息を吐いた。
「包装されたソフトキャンディの上から仕込むのは難しいように思える。ということは、最初から仕組んだということか?」
試言は考えを溜め込まずに、すぐに言葉へと吐き出した。
天井の明かりに、面火がプラスチック片を透かしてみても、穴が空いているということはなかった。
その代わりに、面火はなにかを思い出したのか、ゆっくり目を開いた。
「あ、これ会長御用達の。でも、グミなんて入ってなかったはず」
面火がぽつりと言った言葉に、試言は口を開けたが、再び閉じた。
会長が意図してやったことなのか、それとも別の人物の思惑なのか。虚呑の頭には、漠然とした「嫌な予感」という概念だけが浮かんでいた。
「それを食べた時間は?」
虚呑は、試言の声には不機嫌さが混じっているように聞こえた。
試言は一度机を指で叩いたが、覇方が舌打ちしたことで、顎の下へと手を動かした。
「ちょうど引き継ぎのミーティングが終わったころだから、朝の7時50分すぎでしょうか」
警備員は少し考える素振りをしたあと、壁にかかった時計を見ながら答えた。
「代表のこいつと前の時間帯の代表だけ参加するんです。そのあとこの部屋で自分たちにも情報を共有があって、待機してました」
警備員は、机に伏せている他の警備員へと指を向けた。
起こさないのは申し訳ないと思いつつも、誤った情報を強化しないため。あとで起こすからしかたないと、虚呑はそう思うことしかできなかった。
「ミーティング後、直接持ち場に着いたわけじゃないのか?」
虚呑はシフト表へと目を落としたあと、疑問を警備員へとたずねた。
シフト表としては、出勤の7時半から8時まで、大雑把にミーティングとしか書かれていない。
「持ち場に着くのは8時からなんです。情報共有後はいつも実質的な休憩時間で」
警備員は、顔色を伺うように試言を見たあと、冷や汗を垂らしながら答えた。
面火は大袈裟なため息をつき、試言へと視線を合わせた。
意図を理解したのか、試言は呆れた様子で首を鳴らした。
「交代のタイミングはどうした。前の勤務者は8時5分まで持ち場についている。8時から8時5分までの間、前の当番と会うだろう」
試言は片眉を下げ、少し気力のない声で警備員へと問い詰めた。
「たしかに、その時間にこの3人が持ち場につかなければ、前の勤務帯の警備員たちが捜索なり通報なりをしているはずですよね?」
覇方は補足するように、警備員を追い詰めた。覇方もうすうす、試言と同じような想像が頭によぎったのか、苦笑いをしていた。
試言の尻尾が地面を叩く音が続いたあと、しぶしぶ警備員が口を開いた。
「……ここだけの話、前の当番はいつもその時間はトイレに行ったりで、配置についたことを確認された試しがなくて」
警備員は気まずそうに目を逸らし、口角を歪めた。
やはりそうかというように、覇方はため息をついた。
面火は警備員の背中をバンと叩き、「どんまい」とだけ告げた。
「……まぁ、周りも黙認してくれてると思います。実際会長も半笑いでゆっくりしろって言ってましたし」
頭をかきながら警備員は言い訳をした。
試言は額をおさえ、尻尾を揺らすのをなんとか抑えていた。
残りの2人の警備員もそれぞれ起こし、証言を確認した。
証言には曖昧な部分があるものの、概ね一致していた。
この証言が正しいとすると、会長はこの警備員たちを眠らせたことになる。それが意図したものかどうかはわからなかったが、会長の不審な死の奇妙さを、虚呑の中に深めた。
「誰か会長室の鍵はもってる?1本貸して」
休憩室を出る直前、面火は思い出したように警備員へと手のひらを出した。
「鍵?会長室の扉に鍵穴なんてなかったはずだし、必要なのか?」
鍵穴に関しては、あくまでも虚呑の記憶の中での話であり、よく確認したわけではない。しかし、扉はすでに壊れ、鍵穴があったとしても出入りのためには必要はないはずだった。
「階段でも会長室に行けるんだけど、その途中で鍵が閉まってるの。この鳥男がどうやって侵入したのかも気になるし」
警備員はそれぞれ、いろいろなところについているポケットの中身から、幾つかの鍵が束になったものを複数取り出した。
マスターキーがないのはセキュリティ上の問題だろうか。
どの鍵がどこのものか、警備員もわからないのだろう。一つ一つ鍵を確認していた。
「全員持っています」
警備員の一人が、面火へと鍵を手渡した。
大量の段差と穴ぼこがあり、落とすとすぐに解錠できなくなりそうな鍵。
虚呑の素人目でも、まずピッキングはできないだろうと感じた。
「再び副会長としての権限を行使する。警察を呼ぶな。そして1階の安全の確保を」
試言は単に険しい顔から、神経質な顔へと表情を変えた。
わずかに声が震えたが、それを感じ取れた者はいなかった。
「はっ」
警備員は短く返事をしたあと、急ぎ足で休憩室から離れた。
その直後、試言は手のひらの血で机を汚した。
ティッシュはないかと聞き、覇方から手渡されたもので試言は跡を力を込めて拭いた。
「会長周りを重点的に調べる。今回の事件は会長が仕組んだことだとしか思えない。だが、証拠が足りない」




