72.談
怪談って難しい
信じるか信じないかはあなた次第。
「これで俺の話は終わりだ」
——やっと私の番ね。腕が鳴るわ。
彼は、きっとカワウソが怪談なんて話せるはずないって思ってるでしょうね。
考えが甘い——。甘すぎるわ!
私は可愛いカワウソの1匹。たとえいくら人間みたいな行動をしようとも、そこはれっきとした動物。
動物は人間よりも第六感が鋭いのよ!
よく"猫が何もない所を見つめてる"なんて言うけれど、あんなのは気配を感じている程度。
私くらいのレベルのカワウソになれば、もはや超常の存在と会話すら可能!!未知との遭遇すらも既知!
さて、どんな話をしようかしら……。
なるべく怖いのが良いわよね。
——そういえば、さっきの彼の話は良かったわ。
怖い話だけど、私たちを和ませるためにあえてオチをつけたに違いない。
彼の優しさが感じられる、優しい怪談だったわ。
まさに"紳士怪談"。胸が熱くなるわね。
まぁ、私は容赦しないけど。
堂々と彼の横に座ってる女にトラウマを植え付けるつもりで話すわ。
後輩ポジションだからって、調子に乗ってると痛い目を見るってことをわからせてあげる。
「——っ!!先輩、何か寒気しません?まさか……幽霊がこの部屋に……」
「そうかぁ?俺は何も感じないけどな」
トントン!
さくらさんが尻尾でテーブルを叩いてる。
どうやら話し始めるみたいだ。
——貴方は何日も同じ夢を見ることはありませんか?
今回はある女性が体験した、そんな夢にまつわる怖い話をしましょう。
「……またこの夢だ」
夢の中のはずなのに、何故かそれが夢だと認識できる。
女性はいつも知らない部屋でベッドに横たわっているの。
どこだろう?白を基調とした殺風景な部屋。
どこかで嗅いだことのある独特な匂いのする部屋。
そして、横になっている女性の左手を、既に亡くなった祖母が握っている。
最近毎回この夢を見る。
ただ、そんな夢も見るたびに少しずつ変化があるの。
最初は、ただ手を握っているだけだった祖母。
いつしか、悲しそうな顔をして私の顔を覗き込むようになった。
いつしか、女性の腕を揺すって何かを訴えかけてくるようになった。
でもね……何を言ってるのかどうしても聞き取れないの。
いつしか、悲しみは怒りの表情に変わっていった。
——この夢を見始めてどのくらい経ったのか。
1週間?2週間?
気味悪いと思いながらも、実際そこまで気にならなくなっていたの。
女性には高校生の息子さんが1人いてね、ある日仕事中に、息子がバイク事故で病院に運ばれたって連絡がきたの。
バイクに乗ってる時に、後ろから猛スピードで走ってきた車に轢かれたらしい。
当然、急いで病院に向かったわ。
幸い命に別状はなかったけど、事故の際に転び方が悪かったの。
地面とバイクに挟まれるようにして、身体を削られながら引きずられたみたいで、左半身だけボロボロになって、特に左腕はもう動かないかもって。
病院に駆けつけた女性は、張り詰めていた気が緩んだのか、ベッドで眠る息子の、包帯が巻かれたボロボロの左手を握りながら寝てしまったの。
——まるであの夢の中の光景のように。
「……またこの夢だ」
夢の中のはずなのに、何故かそれが夢だと認識できるのはいつものこと。
女性はいつもは知らない部屋でベッドに横たわっているはずだった。
どこだろう?白を基調とした殺風景な部屋。
——息子が入院している病室にそっくりだ。
どこかで嗅いだことのある独特な匂いのする部屋。
——病院独特の薬品の匂いが充満している。
そして、横になっている女性の左手を、既に亡くなった祖母が握っている。
必死に左腕を揺すっている。
あなたの腕を揺すっている。
ゆさっゆさっ……ユサユサッッ!
ほら……もう何を訴えているか聞こえるでしょ?
『だから気をづけろって言っだのにぃぃいい゛い゛!!!』
「きゃぁぁぁぁあああ」
「うぉっ!!どうした!?いきなり」
今まで俺の横で大人しかった後輩が、いきなり叫び始めた。
「わた、私の腕を……知らないおばあちゃんが……」
そう——。
亡くなった祖母は夢の中でずっと危険を知らせてくれていたの。
息子が危ないと。左側に気をつけろと。
でもいつまで経っても気付いてくれないから……怒ってしまったのね。
私の話はこれで終わり。キュッ。
「先輩ぃぃ……ぐすっ……怖いですぅぅ……っ」
「本当にいきなりどうしたんだよ?さくらさん、まだ何も話してないだろ」
信じるか信じないかはあなた次第。




