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Wanna Be!-ラノベ作家になりたい人たちの話-  作者: 設楽 素敵
第六章 この執筆が終わったら定山渓へ行こう
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3

二日目のテストも運任せ鉛筆で難なく切り抜けた、と言えるくらい現実逃避のクオリティは向上してきている。そういうコンテストがあったら是非出場したい。予選は突破できる自信がある。ただそれ以上は日本屈指の現実逃避の猛者たちが顔を揃えるので望めない。納期前のSEや作家から原稿をもらえない漫画家編集や締め切りをぶっ飛ばしている作家とか出場者の色が濃すぎて、俺のような弱小はあっという間に淘汰されるだろう。

 今日も書こう。

 昨日とは違いジャージに着替えてから席に着く。俺だけの極制服だ。効果はモチベーションのアップ。変形はしない。一つ星でも価値があればいいな。ラノベ部部長になれば二つ星極制服がもらえるから頑張ろう。

 執筆以外のことも適度に考えながら進めて、本日は自分の中で設定していたノルマのハードルをゆうゆう飛び越えることができた。

 昨日プロローグが片付いたのに続き、第一章が終わる。

 連日の好調。量にして19枚。昨日書いた量の約五倍。反動が怖い。



 学校帰りにガリガリ君のコーラ味をまとめ買いしてきた。合計六本。これだけ買って360円しかしないのだから、赤城乳業のリーズナブルな価格設定には頭が下がる。ありがとうございます。あと原価五円ってマジっすか?

 氷菓子独特の心地良い食感に舌鼓を打ちながら三日目にして第二章の執筆に入る。もうそろそろ執筆速度が落ちてくる時期。余力を振り絞ってブーストをかける。

 デザイナーのセンスを疑いたくなるような構造の服を着た女の子を助けてから一週間ほどが経過した。それまでの間に数人の女の子にアプローチを取り、殴られたり蹴られたり引かれたりして、でもなんとか一人目のデートの約束をこぎつけることができた。

 今日はそのデート当日。相手はクラス委員のお人よし。黒髪ロングにリボンの美少女。強気なくせに押しに弱く、事情のさわりだけ話したらまんまと引っ掛かってくれた。これで僕はあと一週間生きながらえることができる。地獄のような一週間を生きていける。

 ……ダイジェストでお送りするとこんな感じ。プロローグで元凶のロリ娘と出会い、一章で女の子の顔見せと交渉、二章でクラス委員とのデート。以降延々とデート。

「ちょっと単調かもな」

 そりゃもちろんデートの内容には変化をつけるさ。経験の他に参考資料となる少女漫画も妹から借りてきた。アイデアが枯渇したら読む。

 俺が単調と言ったのは、ただデートを繰り返す内容そのものに対してだ。

 山場は一応考えてるよ?

 起承転結、山頂谷底(注:起伏の比喩)、メリハリはつけたつもり。プロットの段階では問題ないと思っていても、いざこうして書いてみると「やぁ」と問題点が顔を出す。もうちょっと隠れてろよ、いっそ一生隠れてろよ、進行を邪魔するな。

 そう言って追い払い払いたいのは山々でも、放っておくとがん細胞のように作品全体を蝕んでいくので性質が悪い。

 まずは結末まで書き切ってから直しに入っては、俺の性格を考えたときに面倒臭がってやらない可能性がとても高い。だからやっぱり進みを遅くしてでも、問題点の改善には手を施さねばならない。鬱だ。嫌いな手直しタイムは近い。

 第二章をまあまあ進める。11枚、累計34枚。ペースが落ちた。


 

 テストも折り返して四日目、つまり明日で午前授業が終わる。まあいい。今日明日明後日明々後日で書けば問題ない。一日20枚のペースで書けばいいんだからそんなに難しい問題ではある超難しいよパワプロのパワフルくらい難易度高いよめちゃつよくらいがちょうど良いんだよ俺は下手だからつよいでひぃひぃ言ってるけど小説書きまーす。

「……小説書けねー」

 一枚目をすととんと書いて二枚目に入ると、そこで突然ゲームがしたい衝動に駆られた。ディスプレイからPS2へと目移り。黒々としたコントローラーに手が伸びる。

いけない! だめよかたるぅ!

 気分は野球とかけがえのない女の二者択一を迫られたときの不屈闘志……。

「くっ、くぅっ……ゲーム、やりまぁす!」

 そうと決まれば話は早かった。中古価格がやたらと高いパワプロ15を起動して栄冠ナインに進む。気分一新、はじめからを選んだ。

「まずは一年だけ……」

 目標は一年生をメインに起用した秋大会で成績を残し、春の甲子園に出場すること。敬遠法は使わない。運頼みな部分が大きいけれど、一年生の初期能力次第ではワンチャンある。一縷の期待を胸に新入部員の能力値を確認。無事絶望。パワー4ってお前中学で何してたんだよ。外野手のくせに肩力1のお前もそうだぞ。

「徹底的に鍛えてやるしかなさそうだ……!」

 血沸き肉躍る。栄冠ナインで日中が潰れた。

 しかしその甲斐あってか執筆へ嫌気は軽減され、夜はペースが上向いた。7枚プラスの41枚。二章終了直前。



 テストから解放された帰りのHRの直後、教室にえらい美女がやってきたとクラスメイトたちが騒いでいて、誰かと思えばよりは先輩だった。ファンと思しき女子生徒に営業スマイルを向け、握手なんかもしてあげてから俺を呼び出す。

 何故お前!? 教室の雰囲気はそんな感じだった。

「どう? 書く方は進んでる?」

 騒がしい教室の前から三年の教室へ移動し軽く談笑。

「順調も順調ですよ、よりは先輩のアドバイスのおかげで」

「テストも終わってどこかに羽を伸ばしに行きたいでしょうに大変ね」

「こういうもんですから、しょうがないですよ。羽を伸ばすのは原稿をポストに投函してからにします。そうですね……一人日帰りで定山渓に行きましょうかね」

「温泉いいわねぇ。……ああそうそう、話は変わるんだけど」

 よりは先輩はひそひそ話をするように声のトーンを低くして、

「……今朝神子ちゃんに会ったんだけどすごい気落ちしてた。何があったか知らない?」

 動揺が顔に現れたのだろう、よりは先輩は察したように眉をピクッと動かし、

「……知ってるのね。そういえば先週もかたる君の家来なかったわね。もしかしなくてもかたる君絡みか」

「よりは先輩には……話しておきます」

 そういえばよりは先輩には結構色んなこと喋ってるな、弱み握られ放題だ。

 一連の話を聞き終えたよりは先輩は考え込むように顎に手をやって小刻みに頷いた。

「聞く話聞く話かたる君に非があるようなのばっかりね」

「こればっかりは全面的に非を認めます」

「私もこれは擁護できないわね。唄ちゃんとのデートとは訳が違うから」

 ややご立腹気味のよりは先輩。神子への愛情の深さがよく分かる。

「仲直りは当然?」

「したいです」

「うん、分かった。私も二人がギスギスしてるのは気分悪いし、何か手を打つわ。瑠璃兎さんはこの話知ってるの?」

「知らないですし、あいつの前で俺と神子の微妙な感じを見せちゃったことあるんですが気付くような様子もなく……」

「鈍感な子……小説の腕以外はからっきしね」

 ワナビ仲間としてあの子も巻き込むから。異論はない? と聞かれ、ぶんぶんと頷く。

「ごめんなさい、また頼っちゃって」

「いいのよ。かたる君は今は執筆に全力投球して。神子ちゃんをあっと言わせることのできるような作品期待してる」

「……はい」

 


 こうなると栄冠ナインにかまけた自分の愚かさにひどい嫌悪感を覚える。昨日の俺め怠けやがって。執筆ペースがちょっと戻ったからいい? にしても五年はやり過ぎだろ。

「うっし、やったるでー!」

 よりは先輩の言葉で気合いが入り、気持ち新たに続きを頑張ろうという気が起こる。

 終わりかけの第二章が終了し、第三章へ突入。やる気が漲っている。これなら三章も早いペースで抜けられそうだ。今日は12枚。ついに50枚を超え、53枚になった。



 土曜日です。早起きです。休みなのに朝八時に起きました、えっへん。

 カタカタカタカタカタカタカタひゃっふぅぅぅぅぅ!

 寝起き直後の調子の良さを俺は知っている。快速エアポート並みにびゅんびゅん飛ばして午前中だけで8枚書いた。絶好調! そんな今の時間は夜十時。

「チーム力Dに負けるとかお前らやめちまえ!」

 ゲームの中の愛弟子たちに正当な罵倒を浴びせる。戻ったやる気は一日で果てた。

 午前中に書いた量に満足して昼寝したら外はもう夕闇色で、テレビを点けたら宮川大輔がサッポロビールを飲んで「うまーい!」と弾けんばかりの笑顔を咲かせていた。夏も近いしビールもさぞ美味かろう。

 で、夕飯風呂を済ませ部屋に戻り、作業を再開しようとしたはいいものの、昼寝で諸々吹っ飛んだのか何も書けない、進まない。足掻きに足掻いて一時間パソコンの前に座っていたのに、書けたのは五行だけ。そんなわけでモチベーション回復の治療の真っ只中にいるのだ。

 ご理解いただけたかな?  

 俺の意思の弱さも、察していただけたかな? 

「明日こそは一日中書くんだ……」

 今日は8枚、合計で61枚。明日は15枚書けたらいいな。



 壁掛け時計は午後十一時。笑点もまる子もサザエさんもとっくに終わっている。終わっていないのはこれから始まる情熱大陸ややべっちFCと、俺の今日のノルマだ。

「4枚……4枚はいくらなんでも許されぬ!」

 自分で自分を叱る。この一文だけ切り抜いたら新手のMプレイみたいだ。

 4枚。たったの4枚。一日使って3000文字ちょっとぽっち。

 一日を振り返る。サボリはなかった。隅々まで小説のことを考えていた。朝だって早く起きて、極力部屋から出ないように飲み物と軽食を部屋に持ってきた。こうした環境面を充実させて万全の態勢で執筆に向かったのにこのザマだ。

 書こうとしたら体が拒否する。

 心を含めた体中が執筆という行為にノーを突きつけている。

 無理に押し込んだようなスケジュールで書いていると起こる現象だ。何度も経験したこがある。

 回復のための対処法は日単位で間を開けること。

 でも今はその対処法は選べない。

 全速力で新作の執筆を駆け抜けて、自分初の王道ラブコメを完成させて、そして。

「……神子に渡す」

 お前が言っていた王道だ。俺だってやりゃできんだぜ?

 それから、ごめん。

 一日でも早くこと台詞を言うために進みが最悪でも執筆を続行する。

 今が執筆ペースを表したU字曲線の最底辺だと信じて。+4の65枚。



 翌日、月曜日。累計66枚。

 昨日からの伸びは1枚のみ。

 ……明日から学校を休むことにした。

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