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Wanna Be!-ラノベ作家になりたい人たちの話-  作者: 設楽 素敵
第四章 起承転結ってやっぱ大事
12/24

1

 一週間に三日は雪が観測されるようになった十一月の下旬。中学校からの帰り道。

「ねぇ、最近なんか隠してない?」

 と、幼馴染の君が言ったから、今日はかくしごと記念日。

 ……普段の俺ならこれくらいキレのいい返しをして神子をあっと言わせていただろうけれど、子供が冗談で言った「お父さん浮気してるの?」という実は的を射た台詞に迂闊にも過剰に反応してしまった父親のように、ビクッと体を震わしてしまう。

「な、なんで?」

「JCの勘ってやつ?」

「……当てにならなそうな勘だな」

 どうしよう、俺不審な行動したっけ!? バリバリ当たってんだけど!?

「勘で勘繰るなよ、心臓に悪い」

「勘で勘繰るって誤用みたいだから邪推って言った方がいいよ」

「言葉の訂正わざわざありがとうございますー」

 数か月の間に芽生えたプライドが俺の口調を嫌味めいたものにする。

 おかしいな、俺の方が言葉知ってるはずなんだけど。

 神子は首に巻いたサンタクロースカラーのふかふかマフラーの結び目を弄りながら、

「JCの勘なんて言ったけどさ、本当は証拠とか怪しげな点とか色々掴んでんだよねぇ?」

 意地悪生意気な小学生のように小悪魔っぽい笑みを浮かべて揺さぶりをかける。

「……へぇ、そう。具体的に言ってみろよ」

「声が震えてるのはどうしてかな? 思い当たる節があるからなのかな? ん?」

「雰囲気に呑まれてるだけだ、いいから早く言えよ!」

「家もうすぐだしそこで話そ」

「えっ……あー、うん、それもそうだな」

 この場で言う家とは舞働家ではなく患井家のことだ。

「ほら今の。近頃私が家に行こうとすると歯切れ悪い反応示すよね~」

「気のせいだ」

「汗ぐっしょりだし。冬なのに」

「コートの下に五枚着込んでるから……」

「の、割には細身だけどね――くすっ」

 ……この様子だともう俺の秘密を見え透いているのかもしれない。

 何事にも踏ん張りどきがあるように、諦めどきだってある。

 そのときが迫っているということなのか。

 両親公認の彼女を連れ込むように神子は俺の家へ至極自然に上がって、居間でくつろいでいた母親と妹と軽く挨拶を済ませてから二階の俺の部屋へ行く。

「いい加減片付けなよ、隣の部屋」

 ドアの隙間からはみ出していた隣の部屋の惨状を見たらしい。

「俺じゃなくて親に言ってくれ。……っても、無頓着だから早期の解決には繋がらないだろうけど」

 十年近く前の引っ越し以来、物置となっている四畳半の小ぶりな部屋。

 いつかは片付けなければならないときが訪れるのだろう……鬱だ……。

 まあ俺や妹のめもりが結婚して、その配偶者と一緒にこの家に住むことになる場合か、熟した両親が年も忘れてハッスルして三人目の弟妹ができた場合に絞られるだろうが。

「わっ、またラノベ増えてるよ」

「本棚だって空いてるより埋まってる方が嬉しいだろ」

 神子はうへぇ、と他人が鼻をかんだティッシュを取り扱うように枕側に置いてあった人気ラノベの表紙をつまんでぷらぷら動かす。

「俺のもんだぞ、雑に扱うな」

「大事な幼馴染が気持ち悪い二次の世界に入り浸っちゃって私は悲しいよ」

「この前貸してやったラノベは面白いって言ってたじゃん」

「表紙と、あと内容も許容できる範囲のラブコメだったから……。こーゆー如何にもっ! な、可愛い女の子の萌えイラストが描かれた表紙の、あと挿絵がえっちぃやつは別」

「……まだまだ嫌悪感消えないな」

 神子は女子中学生らしく偏見でヲタクを毛嫌いしている。例えば一年くらい前、俺が気まぐれで初めてラノベを買ってそれを知られたときにはやべぇ薬を打たれたやべぇ人みたいに狂い乱れていた。

 持っていたラノベを元の位置に戻してから、代わりに鞄から図書室で借りてきた別のラノベを取り出して栞のところから読み始めようとする。

「待て」

「人が読書しようとしてるときに何よ?」

 妨害と取られても仕方ないタイミングだったため、声色に微かな不機嫌が窺える。

「お前に言うことがある」

 こいつが放課後結構な頻度で俺の部屋に入り浸る限り、俺の秘密を隠し通せるのも時間の問題だ。さっきの会話で決心がついた。『なにこれ?』『じ、実は……』と、後手に回って問い詰められるような情けない未来は早いうちに潰しておく。

「え、えぇー? 告白は勘弁してよ。私、告白は自分からする派なんだから」

「しねーわ! 勝手にしてろ! いいか、真剣な話なんだ。お前を信頼して打ち明けるんだから耳かっぽじって鼓膜突き破ってよーく聞け」

「それだと何も聞こえないんだけど」

「言葉の綾だ」

「絶対意味違うよね?」

 辞書熟読して無理に語彙増やそうとした弊害、字面と意味が繋がらない。

 ま、それは棚に上げておいて。

 神子に体を向けながら学習机の椅子に座り、重い口を開けた。

「俺、ラノベ書いてるんだ」

「……かたるが? 国語の成績悪いかたるがラノベ書いてるって? あははは! そんなわけないじゃん、クリスマスフールはまだだよ?」

「嘘じゃねえ冗談じゃねえマジだって!」

「クリスマスフールへのツッコミは割愛ですかそうですか」

「ツッコミ役が全てのボケに対して突っ込むと思ったら大間違いだぞ」

 職務放棄に等しいかもしれないけれど、時にはツッコミよりも優先したい事柄がある。

 笑い過ぎて目元に涙を浮かべている神子は「じゃあさ!」と半笑いしながら、

「そこまで言うなら見せてよ、かたるの書いたラノベ。書いてるなら出せるでしょ?」

 ズドーン、ピシッ(※イメージ:行く手に石壁が落下してきて立ちはだかる)、

 神子の性格を考えればこの台詞は予想できたし、実際予想していた。

 しかし、顔も知らないネットの匿名民以外に読ませるのは初めてのこと。大きな躊躇いが生まれ、折角の決心が無に帰ろうとする――でも。

「分かった、見せてやるよ」

「え……え? 本当に?」

「お前が言ったんだろ」

 ハッタリをかけたつもりだったのか、俺が素直にこう返事してくるとは思っていなかったようだ。証拠に狼狽してやがる。

 処女作のプロローグと第一章。40×40換算で20枚ちょい。これにしよう。

 ノートパソコンを操作してファイルを開く。そして、神子をその前に座らせた。

「俺の処女作の導入部だ」

「うわっ……ガチじゃん、退くわ」

「退く前に読め。お前が続きを読みたくなったら俺の勝ち、そうじゃなければお前の勝ちってことで」

「別に勝負する気はないんだけど……」

 ダメだここまでやったんだお前を認めさせなきゃ気が済まない。

「ま、いいよ。読んで感想言えばいいんだよね?」

「ああ。遠慮なく言ってくれ」

 念が通じた。判断を後悔するような結果は出ない、と信じている。

 神子はやや緊張気味に肩を強張らせて読み始め、俺はその後ろに腕を組んで立ち、神子の比にならない緊張と心の中で凌ぎを削る。

 この緊張に呑まれたら、俺はパソコンを強制終了させかねない。

 十分もしないうちに、神子はマウスから手を離して宙を仰いだ。

「んー、んー」

 そして、気を遣っているのか俺の目を見ないで、天井に向かって言葉を放った。

「つまんない……っていうか、読んでらんない」

 初めて直に言われた感想は辛口で、刹那カーッと顔が熱を帯びたのを感じた。


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