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その2 えっちなニオイ?

 夕方、僕と和久宮はいつもの放課後勉強会を休みにし、早々と帰路についていた。

 脱臼を強引に嵌めるといった荒技によりガッツリ痛めてしまった右肩には、南先生の手による嫌がらせレベルな包帯が巻かれている。

「今日は絶対動かさないでね、もげるよ?」

 という脅しにより、桜子号を引いて歩くのは和久宮だ。前カゴでは、僕と和久宮の鞄が仲良くおしくらまんじゅうしている。

 あぶれてしまった花瓶は僕の左手に収まった。

 ようやく僕は正式にコレを手にすることができた。妖精というオマケ付きで。正直全然嬉しくない。

 そうして辿りついたいつもの空き地。

 夕暮れ前の明るい光が降り注ぐ中、そこには寒々とした光景が広がっていた。例えるなら、天使の揺りかごを悪魔が蹂躙していったかのような……。

 一足先に車で現場検証に来た南先生から、この状況は聞かされていたものの。

「こうしてリアルに見ると、キツイな」

 ポロリと漏れてしまった本音に反応し、和久宮がまたもや泣きそうな顔をする。僕はその頭を撫でてやりたかったけれど、残念ながら包帯と花瓶で両手が埋まっていて無理だった。

 空き地の一角――あの花の咲いていた場所は、めちゃめちゃだった。

 限りなくポジティブな想像をするならば……たまたまここを通りかかった幼稚園児の集団が、バケツやスコップを使ってあの一角で砂遊びをしていった。

 逆にネガティブな想像をするならば。

 和久宮が好きな花だと知っている何者かが、悪意を持って荒らした。原形を全く留めない程に。

「私……恨まれてるのかも……」

 呟いた和久宮の声には、悲しみと怯えと、一パーセントの勇気が秘められていた。例えるなら、ヒットポイント一のまま棺桶に入らず踏みとどまる勇者のような。

 だから僕は、いつもの調子でぶっきらぼうに返す。華奢なその背中を軽く押すように。

「恨まれるって、心当たりでもあるのか?」

「……う、分かん、ない」

「僕に言いにくいなら南先生に言えよ? 脅すみたいだけど、何かあってからじゃ遅いんだからな」

「ハイ……」

 しゅんとしてしまった和久宮。僕はもう一度荒らされた地面を見て、ため息を落とした。

 思えば昨夜の出来事は、天使の導きだったような気がする。

 彼女が僕に“分身”を託してくれたおかげで、和久宮を助けることができた。

 あの押し花ラミネートはすでに和久宮に譲り渡した。「本当にいいの?」と百回くらい念を押された末に。これからは左胸の奥から和久宮を支えてくれることだろう。

 しかし、花が無いのに花瓶だけ持ち歩くというのもおかしな話だ。

『なあ、お前その花瓶から別のモノに移れないのか? もうちょい持ち歩きやすいモノにさ。指輪とか、ネックレスとか』

 妖精はと言えば、さっきから僕のつむじに止まってアホ毛をツンツン引っ張っている。花が荒らされてイライラしてるのは分かるけど、僕の毛根にあたるのはやめて欲しい、真面目に。

『他に移るのはムリ。“ケーヤク”があるから』

『契約?』

『あえかのジジイに、あえかを守るって約束した』

 そう言われて思い出す。和久宮と初めて喋ったとき、この花瓶のことを「おじいさまの大事な形見」とか言っていたような。

『だけど……あの花がないと力が出ない。えっちなマモノからあえかを守れなくなる』

 そう言って、今度はゲシゲシと僕の頭を蹴飛ばし始める妖精。その攻撃力は昨日の五割減といったところだ。それでも充分痛いけど。

『うちの実家の方なら、ああいう花もいっぱい咲いてるんだけどな。この辺じゃ全く見かけないもんな』

『じゃあマモノの実家に連れて行け。魔界村に』

『魔界じゃないし。あと村でもないし。一応町だし』

 淡々とツッコミつつも、僕は考えていた。

 和久宮さえ許すなら、夏休みにこの花瓶を持って里帰りしてもいいかもしれない。僕が戻ることに“彼女”はきっとイイ顔をしないだろうけど、こういう事情なら許してくれるだろう。

 何なら和久宮本人が同伴でも……。

『ん? 今えっちなニオイがしたぞ?』

『えっちじゃない。えっちじゃないから』

 ゲホンゴホンと咳払いをして何かをごまかしていると、ぼけーっとしていた和久宮が再起動した。

「西園寺君、喉痛い?」

「あー、まあ、若干そんな気がしないでもないような……」

「どうしよう、風邪かなぁ。怪我したときって熱出やすいし」

 私のせいで、という台詞も今日だけで百回くらい聞かされた。僕が嫌そうな顔をすると、和久宮はグッとその台詞を呑みこむ。ちょっとずつ学習しているようだ。

 十秒ほど小難しい表情をキープした和久宮は、いきなりパチンと手を叩いた。

「あの、じゃあ、美味しいお茶淹れてあげる。でも五分待って! あと五分経ったらうちに来てね!」

 僕の返事も聞かず、くるんと踵を返して走り去る和久宮。自転車のカゴから僕と自分の鞄の両方を掴んで行くあたり、なかなかに冷静なようだ。

 アパートの外階段を駆け上がる和久宮のプリーツスカートはきっちり膝丈で、いくら風を孕んだところで捲れ上がる気配ゼロ。そこから伸びる足は棒きれみたいに細いばかりで、色気的なアレも皆無。

 だというのに。

『……えっちなニオイ……』

 すみません、ちょっと出たかも。

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