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Last chapter 6th Cthul Over

【6thの最終章となります、少し遅れてしまいました】

【この章は12000文字程度あります、長いでしょうか】

「いやぁ、清々しい日ですね」

「えぇ毎日がこんなに綺麗だったら良かったのに」

「これからは毎日がこうですよ。もう約束は果たしたのですから」

「………またあの人たちに会いたいわね。今度はもっといっぱいの人達と会いたいわ」

「来年も呼びましょう、無理にでも大輔と結城も連れてきましょうね」

「いいわね! お父様もお母様、お兄様も呼んでみようかしら」

「それよりもまずは、時葉さんが帰ってきてからのお片付けです」

「三人しかいないから大変そうね。久しぶりよ、大掃除なんて」

「そう言っても地下室ぐらいなものですけどね。さてさて、どうしましょうかあそこ」

「! ワインセラーにしましょう! 余った部屋も燻製室とかにして」

「いいですね」

「えぇ」

「いやはや長かった、やっと終わりました」

「………」

「やっとこれからって事です。どうしました?」

「…………ありがとう」







「アレンさんが? なんでまたこんな時に!」

 時秋君が混乱と緊張をあらわにして口を開く。アレンさんは盗まれたと知らされていたスタンガンによって気絶させられていた。

 どうしてアレンさんが被害にあってしまったかと言うと、どうやら伊高氏から話を聞いてしまったらしく自分のコレクションを盗んだ犯人が地下室にいるのだと解釈し逆上した彼は怒りそのままに地下室へ入り込むと『眷属』の返り討ちにあってしまったという。

 朝早くに起きて計画を練ろうとしていた玲さんらによって書庫で発見されたアレンさんは今のところ意識を失ってはいるが別段異常はないようだ。

「姉さん、伊高さんとは話せる?」

 ついに「うん」と返事してしまった。部屋まで連れて行くと忙しいだろうに部屋に入ることを許可してくれた。

 部屋の中には綺麗に並べられた不気味な道具とノートにびっしりと書き込まれた何かの手順。はっきりと目に入ってしまう前に目を背ける。時秋君は伊高氏に噛み付くように話し始める。

「相談したいこと…というのは想定がついています」

「なら話が早い。コイツをどうにかする方法を知っているんだろ?」

 ダメだよ秋君、そんな姿勢じゃ。いつも時秋君は自分に関わると必死になってるって言われて他人から冷たい目で見られてたよね、でも全部他人のためだったりするから時秋君はかっこいいんだよ。ホウさんはまだ目が覚めない、時秋君はだから必死になってるんだね。

「それは不完全、模造品です。ですからその箱自体をどうにかしてしまえば、彷徨う者もどうにかできるはずです」

「壊せば良いって事か?」

「その宝石は彷徨う者を捉える杭みたいなものです、いつもそこから出現するようです。ですから、破壊はオススメできません」

 オカルトに詳しくない私はその会話を流しながら他の事を考えることしかできなかった。


 壊せない、壊せばあの黒いのが自由になる。

「それじゃあ、どうすれば?」

「例え深い海に沈めても、鋼鉄で閉じ込めてもたどり着いてくるでしょうね。私も考えています、まずは安全を欠かさないように明かりを忘れないでください」

 明確な答えは聞けずに話し合いは終わった、わかったことはこの多次元ナントカの箱は模造品でうまくすれば後生なんとかできるということ、そしてその方法は非常に不明瞭だと言う事。

 悪態を吐き出したくなる腹をふさぎ込みみんながいる広間に入る。空気が張り詰めているのを感じたがおかまいなしに席に座って頭に入ってこない新聞を開く。

 その時、腰にゴリッとした感覚が走る。手を伸ばすとそこにはバックに詰められた電灯とカメラがあった。

 考えなきゃいけない、これから二人があの闇から逃げ延びる方法を。





「アレンさんを見つけたのは玲さん達なのよね?」

「えぇ」

 花音ちゃんが質問してくる。眷属云々で少し離れていたのだが彼女はお構いなしで近づいてきた。

「倒れてたのって書庫よね? なんでそこに?」

 私たちが書庫に居た理由、それは突入の下見に入り口を拝見しにいったというのが理由だ。いち早く発見した私が飛びかかるようにアレンさんを看護し、魔理は銃を深い闇を見せていた入り口に向けて警戒してくれていた。

 それを聞いた花音ちゃんは「ふーん」と呟くと本棚に手をかけた。

 ここはまさにその現場である書庫だ。こちら側から突っ込もうがもう一方から突っ込もうが別に変わらないだろうと結論を出したものの罠を警戒してみるとまたぐちゃぐちゃと思考が掻き回された。

「あんな霧っぽいのに、ご丁寧な罠なんてはれるのか?」

「有り得ないと思うけど、待ち伏せを警戒しないと」

 待ち伏せ、考えてもいなかった。というよりてっきり誰かひとりついて潜んでいるものだと思い込んでいた。

 というかただでさえアレンさんの第一発見者である私たち二人は他人から少し距離を置かれている、眷属だってだけでも厄介なのに銃を持っている私にくっついていたとしたら相当厄介になっちゃうだろうからな。

 まぁ霧なんて見もしなかったわけだし、今もこうして普通に過ごしているから乗っ取られているなんてことはないんだろうけどな。



「これで決まりね」

 花音ちゃんと玲の話し合いが終わったらしく、それを察した私が椅子から起き上がる。

「おっ、終わったのか? 作戦会議」

「答えはわかってるけど…ちゃんと聞いてた?」

 ご期待通りに首を横に振る。花音ちゃんは軽く別れの挨拶をすると木原さんの待っているだろう部屋へと帰っていった。

「それじゃあ説明するわね。突入は今夜、軽食を取った後。メンバーは木原さんとアンタを前列に、私と花音ちゃんを後列に…いい?」

「バッチリ聞いてるぜ。何か居たら撃っていいんだよな?」

「あの霧ぐらいしかいないわよ。無駄玉無駄玉」

 そうだった。それぞれが片手に懐中電灯を持ち回収する道具の指示は玲が出してくれるらしい、だが花音ちゃんを連れて行く事については良くわからない。

 彼女は拳銃を持っているわけでもなければ体術に自信があるわけでも無い、なんで連れて行くのだろう。

「それがね、彼女が言うには時秋さんも来るだろうから明かりは多い方がいいってことらしいけど」

 深く考えることはしない楽な性格なので私はそれで納得した、そういや暗い場所にいると何かが襲ってくるんだったけか。そっちには銃が効いたりするのかな?

 ちらっと窓から庭園と空を眺める、夏場だからかまだまだ明るい。時計を見ると4時、どんだけ話してたんだよ。

「どんだけ寝てたのよ」

「準備の一環だぜ」

 玲は呆れた顔をすると、椅子に寄りかかったままの私に手を差し伸べてきた。

「ありがとうだ」

 ちょっと照れくさく手を取って書庫から出て行く、軽食まではあと一時間ぐらいだろうか。時葉さんが良い物をパパッと用意してくれることだろうし、時秋君も方も問題を解決する方法を探しているに違いない、ちゃんと彼の手伝いもしてやらないとな。

 誰も見捨てられない性分…じゃなくてやっぱり見捨てるのが嫌いなだけだが、厄介事を背負いたくなるものなんだろうな。





「コイツがこの世界にある限り襲ってくる……か」

 忌々しい宝石を閉じ込めた箱を手のひらの上で遊ばせる。

 コイツのおかげであの時は救われたが、その後は足元をすくわれたまんまだ。上手い事を言おうと思っても気が良くならない。

「秋君、そろそろらしいよ。食事だって」

 姉が部屋に入って来たのにも気づいていなかったらしく、突然声をかけられてバッと椅子から振り向いて反応をしてしまう。流石にぐっすりと休めないからといって気を張り過ぎたのだろうか。

 姉に連れられ広間へ向かうとそこにはいつもどおりの彼らが先に席へ座って待っていた。

 魔理さんが軽く手を振って歓迎してくれる。そのままいつもの席へつく、嬉しいことにテーブルの下に光源が用意されていて影を潰してくれている。

「じゃあパパパッとこのサンドイッチを食べちゃって攻め込もうぜ?」

 魔理さんがちょっぴりマヨネーズがはみ出たサンドイッチをまるごと口に放り込む。どうやら姉の手作りらしく、いつもどおりな味がする。

「ホウさんはまだ起きないの?」

 花音ちゃんが口を開く、彼女は今だ起きていない。あの変な霧の影響なのか知らないが姉や伊高氏の見立てによると遅かれ早かれ終わる頃には起きるだろうとの事だ。

「じゃ、心配いらないんですね。わかりました」

 隣で木原さんは黙々と食べている。

 そういえば盗まれた彼のスタンガンとやらは何処へいったのだろうか。実際にこの身に受けたことはないがやられれば溜まったもんじゃないだろう。

 最後のサンドイッチをつかみ、三分の一を噛み飲み込む。

「姉さん、伊高さんは何か言ってなかった?」

「ううん。部屋にはサンドイッチを持っていったんだけど、なんにも」

「きっとアッチの準備も大変なんだろ。コッチが成功しないと始まらない訳だし」

「あんた食べるの早すぎよ」

 各々が各々のペースで食事を終え、最後に花音ちゃんが食べ終え全員が席を立った。木原さんが書庫まで先導して列を引き、姉は書庫の中で待機する準備を始めた。

 何でこんな時にティーセット……?

「緊張しちゃダメだからね秋君。ほら、そういうのに良く効くっていうし」

 姉らしい答えが返ってきた。

 どうやら俺は元々決まっていた隊列の丁度真ん中…挟まれるような構図で組み込まれたらしい。

「よし、準備は良いか? 行くぞ」

 木原さんが懐中電灯で大体の通路を照らしながら下に降りていく、そして魔理さん…俺…花音ちゃんと玲さんと続いて降りていく。

 梯子を下っている時に大きな影が出来ないようにと先に降りた木原さんが俺らを照らしながら待っている、魔理さんは遠くの通路までを照らしながら銃を構えていた。

 乾いた床に足をつけると、すぐにランタンに明かりを灯し腰へかける。少し腰元が熱いが気にせずに懐中電灯へ手を伸ばす。

 電灯のスイッチをつけると話に聞いていた石のブロックがきっちりと詰め込まれた小奇麗な通路が見えた。玲さんが叫んでいた正体不明のゼリー的な何かは見当たらないが、今思えばあの眷属だか霧だかの影響だったのだろう。

「隊列はこれでいいんだな?」「えぇ、魔理とよろしくお願いします」

 玲さんがそう言い終わると木原さんは黙々と歩き出した、玲さんと自分の明かりがその背中を照らす、花音ちゃんは気を遣ってか知らないが僕の背中や足元に明かりを作ってくれていた。魔理さんはと言うと手に持った懐中電灯はすでに頭を垂れていてそれを握っていたはずの手は両手で拳銃を持っていた。あの拳銃、確か警察に支給されてるのでも珍しい方じゃないか。

 進むにつれて空気が冷たくなっていくのを肌で感じる。空気が不気味さと水分を含み始めた。

 話に出ていた角を曲がる。この直線のどこかにかん錆びた牢屋の跡と噂のドアがあるのだ。

 ついでみたいに言ってしまうが、多次元多角形(トラペゾヘドロン)については微弱な明かりだけでも撃退が可能らしくどうしようもない場合は暗闇に注意して一生を過ごす事になるそうだ。別段自分は構わないのだが、そうなるとホウさんも大変だろうと心配してしまう。

「あれが、お二人の話していた鍵の掛かったドア…ですね?」

「玲ー、鍵あるかー?」

「あるわよ。それじゃあ、開けますので木原さんと花音ちゃんは周囲をお願い、アンタと時秋君は一緒に来て」

 呼ばれてライトの作っていた光の玉から飛び出る。

 差し込まれた鍵が小気味良い音を立てると、扉はいとも簡単に開いた。中からは鼻をつんざくような…なんと言おう、化学薬品みたいな匂いが吹き出し三人は反射的に顔を背けた。

「おい、本当に入るのか?」

 魔理さんが嫌々言いながら先導していく。自分はまた挟まれる形となった。

 中はすぐに下へ向かう階段があり、壁には蝋燭が湿った空気の中爛々と明かりを作り出している、外の二人は静かに警戒しているのだろうか、三人の小さな足音だけがそこらじゅうを跳ね聴こえる。

 先にはぼろぼろになった木のドアがあったが、見つけた瞬間に魔理さんが蹴りを入れドアは床に叩きのめされる事となった、今までご苦労さん。

 深緑色の液体が入った小瓶、平行四辺形の金色をした板切れ、赤い布を丸め上げた奇妙な物……どれもこれも巷に出せば良い噂を産んでくれそうなオカルトグッズが奇妙な模様のついた床の上に綺麗に並べられていた。そしてその中央、大きな盃に限界まで張られた水、それが風もないこの部屋で怪しげに波打っているのを僕は見た。



「じゃあその小瓶お願い、蓋して蓋! 臭いんだから」

 私はメモを見ながら二人に指示を出す、さっきから部屋を満たしていた異臭の原因を取り除き回収する。

「玲ー、これなんだぜ?」

 魔理が三角フラスコに入った奇妙な光を放つ薬品をまじまじと見つめる。あぁやって危なそうな物にひょいひょい近づくのは彼女の本能なのだろうか、野生児…なんだろうな…。

「それはリストにないわね。部屋の危なくないとこにでも置いときなさい。時秋君、それ」

 二人がキビキビと働いたおかげか言われた物の回収は手早く済んだ。戻ろうとすると時秋君が盃を覗き込んでいるので足が止まった。

 彼はそれをカメラに収めると、部屋の角まで引いて部屋の一望もカメラに収めていた。そういや記者だったけ、彼は。

「勝手に撮っていいの?」

「こんな機会、二度とないでしょ。役得ってことで」

 オカルト記事とかも書いていたりするのだろうか、ネタ集めに夢中な彼を階段手前で待っていると魔理が動き出した。

 カメラの前に出るとピースサインを作る、それを見た時秋君が躊躇わずパシャリ。

 楽しそうな空気に誘われそうになる両足を必死に釘付けにする。負けるな私、ここではしゃいだら今まで築き上げたクールビューティーの像がなくなってしまう。

 あらかじめ部屋で荷物を抜き今は頼まれた品を詰め込んでいるバックを身に寄せ、ぐっと堪える。

「じゃあ私は先に上がってるから、気が済んだら上がってきなさいよ」




「すみません」

 玲さんが倒された木戸を鳴らし、階段を上っていった。魔理さんは不思議な光を放つ薬品をチャポチャポと鳴らしている。大体のオカルト品は収めたが知的好奇心はこんな時もまだまだ収まらない。

 記事にするかどうかはわからないが眷属やらクトゥルフやらは一度調べて編集長に見せてみるのも良いだろう、もしかしたら単独記事が貰えるかもしれないな。

 確実に脳内で欲が空回りしているが、そのまま自分も流されておく。石レンガの床に塗り描かれた奇妙な模様を見る、薬品や道具達はその上に規則的に並べられていた……そして心配していたあの霧は一度も現れなかった。

 こんな途中なのにほったらかして何処かへ逃げた訳か? ありえない、知的生命体なのかはわからないがあともう一歩まで来た作業をたった数人の来訪ぐらいで取りやめそのまま逃げるだろうか……。

「それとも、まだ不完全なのか?」

 床の模様を指でなぞる、何で描かれているかはわからないが色合いはあの壁にくっついていた粘液のような何かと似ている。コレは乾いていて指につくこともない。

 もう一度辺りを見渡す。見えるのは瓶の蓋を開け匂いを試し嗅いでいる魔理の姿だけだ。

 ふいに部屋と模様の中心で静止している盃に目が釘付けになった。薬品に飽きた魔理さんも興味ありげに近寄ってくる。

「これは…?」




 扉を引いて、二人が待つ廊下に出る。

「…あの二人は遅れるわ。ごめんなさいね、時間とらせて」

 そう言って疲れて項垂れていた顔を上げると、そこには誰の姿も影も見えない静かな廊下だった。自分の懐中電灯の明かりだけがぽっかりと壁に光の穴を開けている。

 来た! 咄嗟に扉を背に身構える、そして構えをとかずに血眼になって辺りを照らす。

 目に入ったのはキィキィと高い音を立てて鉄格子の扉を揺らしていた錆びた牢の一つだった。瞬間に懐中電灯を向けると中には倒れている花音ちゃんが現れた。

「木原さん!? 魔理!時秋君!」

 あの二人には声が届いていないらしいが木原さんからも応答がない、あの眷属とかいう奴が急襲を仕掛けてきて外で待っていた二人をどうにかしたというのか。そしてあそこで倒れている花音ちゃんは明らかに罠だろう、それでも行くしかない。

 花音ちゃんの位置を確認する。

 とっさにバックを壁にもたれさせ懐中電灯を牢の中に放り投げた、明かりをぐるぐると回しながら鈍い音をたてたのを見て頭を抱えて牢に飛び込む。着地したのは牢の奥、振り返り床に電池の蓋をどこかになくしながらもまだ明かりを放っている懐中電灯を掴みあたりをぐちゃぐちゃに照らす。

「大丈夫、花音ちゃん!」

 返事がない、どうやら気絶しているようだ。ちらっとしか見えなかったが服にうっすらと焦げ目が見えた気がする。だとしたら盗まれたスタンガンが凶器に使われた可能性が高い。

 スタンガン? 辺りを慎重に照らしながらその単語が疑問を生む。

「どうやって、霧や液体がスタンガンを……」

 もう一度焦げ目を探し照らすと背中の肩甲骨のあたりにそれを見つける事ができた。

 高い、そんな位置までスタンガンを自動で押し付ける仕掛けなんてどこにも見当たらなかった。だとしたら……!

「これしかない!!」

 入ってきた時と同じく体当たりのように牢から飛び出る、今度は懐中電灯は抱えたままだ。

 だが予想はあたっていたらしく、先ほどまで自分がしゃがみこんでいた場所に向けてスタンガンが叩きつけられていた。目標に接しそこねた凶器はバチバチと薄い光を放ち、影からゆっくりと現れた影がその双眼を鈍く光らせながらこちらを睨んだ。

 木原さん……警戒はしていたが実際にこうなると上手く動けない。

 霧をまとった彼は素早い動きで牽制の手を放つ、難なく受け流したり回避をするがその腕に乗った力を受けて後ずさりをする。

 伸ばされた両手を必死に掴み抑える、目の前数センチの場所でスタンガンが光る。体術に自信はあったのだが、この細い両手では組み合った瞬間にどうなるかは丸分かりだった。

「これだから……、魔理…」




「これ、何ですかね?」

 揺れもしない水面を指差して問う。

「さーて、わからん」

 水面をよく覗き込むと奥に何かごつごつした岩肌みたいなものが見える。明らかに盃より深い世界を見ているような錯覚に襲われる不思議なアイテム、そう判断する。

 岩肌には苔や良くわからないうねうねしたもの……岩の下にタコでも隠れたデザインなのだろうか、そんなものが見える。

「飲めるのかな?」

「では少し」

 小指をちょこっと水面につけ舌へ運ぶ。

「うぇ…食塩水ですよコレ、飲まない方がいいです」

 魔理さんは伸ばしていた腕を戻した。この不思議なアイテムを錯覚が起きるような覗き込むアングルで写真を撮る、よし上出来だ。

 魔理さんはこれにも飽きてしまったようでもう階段を登り始めていた。懐中電灯が一つ少なくなったせいかほんのり部屋が暗くなる、まだあの化物が出る程の暗さではないらしいと判断するともう一枚写真をいただく。

 彼女が見えなくなったのを確認すると盃に腕を突っ込んでみる。

 これも知的好奇心を文章にするためには必須の行為だと割り切って思いっきり行ってみる……と盃は存外深く腕の付け根まで深々と埋まってしまう。

 錯覚ではなかった、これは深く冷たい水中へと続いていた。岩肌にもう少しで指が触れる、そんな時に伸ばしていた腕が何者かに捕まえる。

 誰かに腕を握られた恐怖と驚きであれだけあった知的好奇心は一瞬で吹き飛び、衝動のまま腕を引き抜いた。

「!? なんなんだよ」

 悪態を吐きながら腕を振って水を切ろうとする。

 その時、部屋に風が吹いた。窓もない地下室に一仭の冷たい風が吹き、前髪を揺らした。

 腕を振り切り水を払う…が嫌に腕が冷たい。盃に気配を感じ向きなおすとそこには得体の知れない光のようなものがにじみ出ていた。

 また部屋の中に風が吹いた。先ほどとは比にならないほどの強く凍えた風が狭い部屋の中で吹き荒れた、それほどの強風を身に受け壁まで押される。

「さ、寒いッ!?」

 突如として現れた風によって部屋は白銀の世界へと変えられていた。しかしそれよりも問題だったのは今まで部屋を照らしていた蝋燭達がその冷風によってかき消されてしまったという事だった。

 その事実に気づいた瞬間、極低温の世界の中で一人冷や汗をかいた。



「ぬあああっ!」

 突如背中にぶつかってきた冷風をそのまま身に受けて扉へ押し付けられる。少し重い感触があったら扉を弾き飛ばすように開けて飛び出す、さらに飛び出したまま壁に叩きつけられたがその壁はすでに雪に埋もれていて衝撃はさほどなかった。

「なんなんだぜーーー!!」

 雪に埋もれていた体を勢いよく弾けさせると廊下には扉と共に私が弾き飛ばしてしまったとみられる二人が雪に腰を下ろしていた。

 木原さんがこちらを睨む。悪気はなかったんだ、いやホント。

 玲はこちらをきょとんとした目で見ていた、違うんだ私がやったことじゃない。

 扉があった場所からはまだ冷風が吹き込みどんどん廊下の温度を下げていく、木原さんは足の上に積もっていた雪を払い手に持ったスタンガンが壊れて動かなくなった事を確認するとそれを雪の上に投げ捨てた。

 はて、スタンガン? 盗まれたと聞いていたが……まぁ察しが悪い訳じゃないし木原さんがむき出しにしている敵意を感じた私はすぐに立ち上がり身構える。

「どうなってるかは聞かないけど、良くやってくれたわ」

 玲がお褒めの言葉を吐きながら隣にすぐさま飛んでくる。この形ならいくら木原さんでも負ける気はしないんだ、だってあの頃からずっとやってきたペアだもの。

 腕を我武者羅に伸ばして突撃してくる木原さんを見ると玲はすぐさま腕の下に潜り込んでから掴みあげ投げる。雪のせいで衝撃を吸収されさほどのダメージがない木原さんはすぐさま立ち上がり私に拳を向ける。

 間一髪しゃがみこんでかわす、頭のあった位置にグーパンチが通り抜けるがそこをさらに玲の蹴り上げた足がかまいたちの如く通り抜ける。絶対双方どちらかに当たったら一発KOだろうな。

 弾き上げられた腕を引き戻しながら木原さんが数歩下がる。

「どうしたんだー? 今ならお前よりこの寒さの方が辛いぜ?」

 本能的に動いてるのが丸分かりの相手に神経を逆なでするような幼稚な挑発をする。すると木原さんの周りに黒い霧がぶわっと立ち込める。怒ってるよな、コレ。

「言いすぎたんだぜ。な、玲」

「………いや、あれでいいかも」

 玲は私の首元を掴んで(直で掴むか?普通)自分より後ろに引く。雪に投げ出された私はバランスを崩して背中から倒れる。

「じゃあ、よろしく」

 そう言った玲は私をさらに後ろへ引っ張る。雪の上を引きずられながら私は銃を引き抜き木原さんに銃口を向ける。

 こんな状況でのよろしくとは私に銃を使えという合図なのだ、それもこれも玲が射撃を苦手とするせいでありそのおかげで私は彼女に銃を携帯することも黙認されていた。

「撃っちゃっていいのか? 木原さんなんだろ」

「もっとこっちこっち、狙えるでしょ?」

 もう訳わかんないんだぜ。旧知の親友がいきなりサイコパスになってしまったとは思いたくもない。

 そんなことをしているうちに怒り狂った木原さんと眷属が突っ込んでくる、が彼の動きは非常に鈍くなる。それどころか霧になっていた眷属がまとまり始める。

 あぁそういうことか、木原さんは丁度開きっぱなしの階段へと続く通路の前で動きを止める、あの眷属は存在が液状のせいかその場にコトリと転がり落ちる。

「成程な、じゃあパパッとやっちまうか」

 その場に転がるドス黒い氷に向かって私は弾丸を放つ、ざまぁみろってことだ。



「ま、拙い! 暗すぎる」

 顔に張り付いた雪を払い落とし辺りを確認すると、蝋燭が消されただけではなく懐中電灯にもびっしりと雪がこびりつき光を遮断していた。

 盃の上にはうっすらと人影が見える、コイツが明かりを消した犯人か。聞いていたクトゥルフの落し子とのイメージとはまったく違うことを脳内で反芻してやっとのこと懐中電灯の雪を剥がし終える。

 それでも遅かった、あの不気味な影が部屋の奥から姿を現した。くそったれ、追い詰めたぞと言わんばかりに黒い影はゆらゆらと近づいてくる。

「これでどうだ!」

 影に向けて明かりを取り戻した懐中電灯を向ける、影は金切り声をあげて怯みはしたが余すことなく空間を埋め尽くす雪のせいで光は減衰し小さな光の玉となった明かりはするするとよけられ進行を止めることはできなかった。

 その上留まることを知らない吹雪のせいで懐中電灯にまた雪が張り付き始める。現況と思われる人影のような存在もまたゆっくりとこの部屋の出口へと向かっていた。

 アイツは出たがっている、そして影は俺を処分だかどうにかするつもりだ。もしアイツが去ればこの部屋の吹雪も収まり勝機が伺えるかもしれないが、それまで持ちこたえれるほど間合いには余裕がなかった。

 影との距離も縮まり、人影は一歩々々踏みしめ階段へ足をかけた、吹雪は少しも収まる様子を見せない。

「グゥゥェェッ!」

 獣の様な叫び声をあげて彷徨う者は飛びかかってきた、大きな口のような闇を広げて体を大の字に包み込まんとする。懐中電灯には半分以上雪がこびりつきマトモな光源としての機能は失われていた。

「どれくらいかな、数十センチってところ? まぁ、十分か」

 懐からカメラを引き抜き影に向かってピントを合わせずに向ける。影は怯むことなく広がりすでに視界の大半を覆っていた。

「現像が楽しみだな、はい…チーズ」

 急にほぼゼロ距離でたかれたフラッシュに影は交通事故にでもあったかのように吹き飛ぶ、お前が覆いかぶさったおかげで間には吹雪が入り込まず十二分のフラッシュが影には届いたようだ。

 あっけなく怯んだ影の隙を逃さず雪の塊となったランタンを払い明かりを灯す。これで十分な光源は手にれた。すでにグズグズになった影は逃げる場所を探しているらしく不穏な動きを繰り返していた。

「諦めろ、お前はここで消えるべきなんだよ」

 影はお断りだと体を翻すと盃の先に広がる深淵へと飛び込んだ、確かにそこならここの光も入り込まないし俺が飛び込んでも戻ってはこれないだろう。

「いいな、そこ。でもそれ、確か『封印』なんだろ?」

 ポケットに詰めておいたトラペゾヘドロン入の箱を後を追わせるように深淵へと投げ込む。沈んだのを確認して勢いよく盃を蹴り上げる。

 最悪、水が流れ出てくるかと思ったが盃に満たされていた分の水だけが雪の上に散らばりあっけなく封印の蓋がされた。これで任務完了、気がかりはなくなったわけだ。

 いつの間にか消えかかっていた雪を踏みしめ階段を上っていく。途中、非常に清々しい感覚に襲われついつい頬が緩んでしまった。








「えぇえぇ、これで全部ですね。ありがとうございます」

 妙に綺麗な笑顔の時秋君、満足そうな顔をした魔理さん、それに呆れる玲さん、そして頭を抑えて何故か俺を睨む花音、その隣に自分が並んで正面には伊高氏が座っていた。

「………ボーナスを所望します」

 花音が悪態まがいのセリフを吐く。どうやら自分は記憶のない間に操られて危害を加えていたらしい、仕方ない今月の小遣いは弾んでやろう、それで済めばいいのだが。

「いやぁお疲れ様でした。どうです? 丁度お昼ですし、おかえりになるのもそれからで」

 答えは満場一致の大賛成だった。自分の意思で動いていないのに空腹を覚えるのは不思議な感覚だな、奥からセーシルさんと時葉さんが現れて伊高氏を含めた六人の背中を押していく。

 昼食はそりゃ豪華なものだった、品がどうとかじゃなくて場の雰囲気がの話だ。花音なんて余すところなく交流関係を持ったらしい、若いっていいな。

 そして別れの時間はやってきた。

「途中までは一緒ですね」

「えぇ、花音ちゃんもお疲れ様」

「木原さん力強すぎなんだぜ…」

 運転は来た時と同じく時葉さん、時秋くんは友人の車を呼んだらしく隣には見知らぬ車が並んでいる。

 伊高氏とセーシルさんが後ろでにっこりと手を振ってくれている。

 ふいに窓を開けた花音が大きな声で、

「これからも木原探偵事務所をよろしくお願いしますー!」

 と叫ぶ。できた娘だ、医学専攻でなければ正式に雇ってもよかったんだがな。まぁ目覚めたあとの手当やらは全部花音が済ませたらしいし、ボーナスの件も増やしてやろうか。

「じゃ、また」

 隣の車から時秋君が声をかけ返事をする前に窓を閉めた。並んだ車は勢いよく坂を下り、様々な事があった屋敷はすぐに見えなくなってしまった。いつもどおりが戻ってくるか、探偵業だからあんまり普通とは言えないが別段憂鬱な気分でもない。

「またいらしてください、歓迎しますよ」

 時葉さんがミラーでこちらを見て微笑みながらそう言った。また来年にでも訪れようか、今度はちゃんとしたパーティーの警護がしたい。

 ざわざわと揺れる木の葉の間から海に向かって大きく広がるS市が見える、どんどんと近づくその街がつかの間の非日常の終了を知らせていた。









「…………ありがとう」

「かしこまらなくて良いんですよ、ワインセラーは何処に頼みましょうかね」

「うん。ホウさんのところなんてどうかしら、まだいるでしょ?」

「それはいい」

「それで、約束の事なんだけど。アレはどこかに行ってしまったんじゃなくて?」

「アレは約束に入っていませんよ。気にしていません」

 そこに一台の車が戻ってくる、行儀よく駐車した車の運転席からはその屋敷のメイドが降りてきた。

「お勤めご苦労様です」

「ご主人こそ、ご苦労様でした。それでどうします?」

「後始末は皆でしましょう、掃除とかはお二人に」

「アレの後始末は?」

 メイドはアレの意味がわからなく、首をかしげる。

「きっと彼らがしてくれますよ。縁がありそうですからね、僕らの話はここまでですよ」

 意味深な言葉を並べる主人とその妻はぴったりと息を合わせて屋敷の方に戻っていく。

 その背中をぽつんと眺めるメイドが背中に声をかけた。

「皆様ならどんな困難でも超えていけると?」

 主人の背中がぴたりと止まり、いつもどおりの笑顔で振り返る。

「えぇ、次の物語がきっとあるはずですから」

 そう言うと、三人は静かになった屋敷へと戻っていった。

 お疲れ様です、愛読ありがとうございました。卯月木目丸です。

 こんな挨拶をしても新章として5thはもう予定されています、多分来月にでも出来上がっているでしょう、終わり方も続編ありきの方法で締めてしまいましたからね。とはいえ6thはこれで完結なので5thは別章としての投稿になります。

 ややこしいことこの上ないですが、システムを理解しきっていない私が悪いのです、すみません。

 続編である5thの主人公は『伊高大輔』と『伊高結城』になります。

 それでは読んでいただきありがとうございました、また5thでお会いしましょう、それでは。

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