最終話「ご注文をどうぞ」
昼。
初めて見る女の子が、入口で三秒ほど止まった。
メニューを上から下まで見て、また上へ戻る。
「ここ、普通のハンバーガー屋さんですか?」
好代はレジの向こうで少し考えた。
「普通じゃないものもあります。食べる前に説明します」
女の子は笑いかけて、やめた。
でも帰らなかった。
「じゃあ、これ」
一番上を指す。
好代はまだ注文を打たない。
「先に確認していいですか。アレルギーあります?」
「卵がちょっと」
材料表を開く。
「これはソースに入ってます。抜けますけど、味はかなり変わります」
「あ、じゃあ……こっちは?」
「卵は入ってないです。辛いです」
「どのくらい?」
「私は好きです。でも、辛いの苦手なら勧めません」
女の子が笑った。
「店員さんがそれ言うんだ」
「言います」
後ろに二人並んだ。
好代はレジ横の札を《ご相談中》へ返す。
二人は隣のレジへ流れていった。
「辛さ、少し下げられます」
「そのままで」
「ここで食べます?」
「はい」
そこで初めて、注文を確定した。
◇
厨房。
バンズを開き、パティを置く。
ソースの匂いが立つ。
PANDEMONIUMの匂い。
好代の身体は、それをもう知っている。
隣の作業台へ、誰かが昼食の袋を置いた。
外から持ち込まれた、普通のハンバーガー。
包装の隙間から油とパンの匂いが漏れる。
喉の奥が先に固くなる。
好代は半歩だけ離れた。
触らない。
試さない。
袋は、ただそこにある。
好代は自分の注文へ戻った。
◇
「お待たせしました」
女の子へトレーを渡す。
「辛かったら、途中でやめてください」
「全部食べなくていいんですか?」
「はい」
女の子は席へ行った。
一口。
水。
二口目。
また水。
好代は次の注文を取る。
しばらくして、トレーが戻ってきた。
バーガーは半分残っている。
「やっぱ辛かったです」
「すみません」
「いや、聞いてたし」
好代は残りを見る。
「どうします?」
女の子も見る。
少し考えてから、言った。
「これ、持って帰れます?」
「できます」
「じゃあ夜、もう一回だけ食べてみます」
好代は新しい包み紙を取った。
「無理だったら、そこで終わりにしてくださいね」
「はい」
半分のバーガーを包む。
一個には戻さない。
捨てもしない。
今、持って帰ると決めた分だけが袋へ入った。
出口で女の子が振り返る。
「次は辛くないのにします」
「その方がいいと思います」
「今度は勧めないんだ」
「辛いの、苦手なんですよね?」
「あ、そうだった」
笑って出ていった。
◇
次の客は男の人だった。
メニューを一度見て、
「一番おすすめで」
と言った。
好代は注文画面へ指を置く。
「何が好きです?」
「おすすめ聞いたのに?」
「私のおすすめと、同じとは限らないので」
男は少し考えた。
「肉っぽいやつ」
「じゃあ、二つあります」
好代は画面を二つだけ示した。
男の指が、その片方へ動く。
店はそのまま続いた。
◇
夕方。
冷蔵庫の三十一番は暗い。
三十個は、まだそこにある。
ドナルゥトゥの席には、昨日渡した包みがあった。
好代は中を見ない。
袖にも、何も触れない。
水のコップだけが、昨日とは少し違う位置にあった。
好代は直さなかった。
レジの内側には、一枚の紙。
《決める前に確認すること》
その下に、小さく、
《店員の意見を聞いてもいい》
好代は使い込んだ自分のレシピ帳を開いた。
《断っていい》
一行だけ見て、閉じる。
客側からは見えない。
◇
閉店まで、あと一時間。
ぎゅるるる。
好代は腹を押さえた。
「……お腹すきました」
厨房には、少し焦げた匂いが残っている。
帰ったら、自分が残したバーガーを食べる。
そう決めたところで、入口のベルが鳴った。
新しい客だった。
好代は顔を上げる。
まだ、その人のことを何も知らない。
メニューを相手へ向ける。
「いらっしゃいませ」
一拍。
「ご注文をどうぞ」




