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2 プレゼント大作戦

 セドリックが自分の想いを認めた後、真っ先に向かったのは、某応援団の元だった。


「……チヨに贈り物をしたいんだけど、おすすめのお店を教えてくれないか」


 令嬢たちは一瞬きょとんとして、それから一斉に色めき立った。


「まあ!」

「ついに本気ですのね!?」

「……ああ」


 セドリックは少しだけ耳を赤くした。

 その言葉に、令嬢たちは顔を見合わせた。


 そして次の瞬間、全員が力強くうなずく。


「お任せくださいませ!」

「わたくしたち、全力で応援いたしますわ!」

「セドリック様の恋路、必ずお支えします!」

「いや、そこまで大げさにしなくても……」

「いいえ、大事なことです!」


 一人の令嬢が真剣な顔で身を乗り出した。


「女性への贈り物は、気持ちだけではいけませんの。相手の好み、距離感、受け取ったときの負担、そのすべてを考えなければ」

「急に外交の話みたいになってきたな」

「恋は戦ですわ」

「戦なのか……」


 セドリックがやや引き気味につぶやく。


 だが令嬢たちは、もう完全に作戦会議の顔になっていた。


「まず、アクセサリーでしたら南通りのお店がよろしいですわ。品がよく、派手すぎません」

「香油や櫛なら、噴水広場の近くのお店がおすすめです。香りが強すぎないものもございます」

「お洋服でしたら西の大通りの仕立て屋ですわね。ただし、服は好みが分かれますから慎重に」

「なるほど……」


 セドリックは真剣に聞いていた。

 令嬢たちはそんな彼の様子を見て、少しだけ表情をやわらげる。


「セドリック様」

「ん?」

「チヨ様は、きっと高価なものより、心のこもったものを喜ばれる方だと思いますわ」

「……だよね」


 セドリックは小さく笑った。


 いつもの、人を惑わせるための笑みではない。


 少し照れくさそうで、けれどどこか楽しそうな笑みだった。


「ありがとう。助かった」

「頑張ってくださいませ!」

「応援しておりますわ!」


 セドリックは軽く手を振り、城下町へ向かって歩き出した。


 その背中を見送りながら、令嬢たちはそっと顔を寄せ合う。


「……本気ですわね」

「ええ。ついに恋心をお認めになったようですわ」

「少し寂しいような、でも応援したいような……」

「わかりますわ」


 それでも最後には、三人とも同じように微笑んだ。


「うまくいくといいですわね」


***


 町は今日もにぎやかだった。

 焼きたてのパンの匂い、露店の呼び声、石畳を行き交う人々のざわめき。


 セドリックは城用の服ではなく、やや目立たない外套を羽織って歩いていた。とはいえ、隠しきれない華やかさのせいで、通りすがりの娘たちがちらちら振り返っている。


「まずはアクセサリー、だな」


 意を決して店に入ろうとしたそのときだった。

 ガラス越しに見えた人物に、セドリックの足が止まる。


「……は?」


 店の中にいたのは、見間違えようもない人物だった。


 レオンである。

 しかも、剣や書物ではなく、華奢な女性向けの首飾りや耳飾りの前で、ものすごく真面目な顔をしている。

 セドリックは反射的に物陰に飛び込んだ。


「なんで兄上がここにいるんだよ!」


 柱の陰からそっと様子をうかがう。

 店主らしき男が、にこにこと首飾りを差し出していた。


「こちらなど、恋人への贈り物に人気でして」


「こ、恋人ではない」


 レオンが即座に否定する。

 だが否定の仕方が微妙に固い。店主はにやりと笑った。


「ふふふ……そういうお方ほど熱心に選ばれるものです」


 レオンが黙った。

 その沈黙が雄弁すぎて、セドリックは柱の陰で顔をしかめた。


(何やってんだよ兄上……!)


 さらにレオンは、真剣な顔で二つの品を見比べている。


「贈る方はどのようなお人で?」


「そうだな……」


 レオンは少しだけ視線を落とした。


「落ち着いていて、穏やかで、だが放っておけないところがある」

「ほうほう」

「妙に世話焼きで、こちらが何か言う前に茶を淹れてくる。疲れているときほど、何も聞かずに隣に座ってくれる。それにどれだけ救われているか、本人は気づいていない」

「ほう……」

「人の弱さを見つけるのがうまい。だが、それを責めるためには使わない。ただ、そっと背中を押す。厳しいことも言うが、不思議と腹は立たない。むしろ、叱られると少し安心する」

「あの……お客様?」

「それに、本人は自覚していないが、随分と可愛らしいところがある。物を食べるときに少し目元が緩む。おいしいものを見つけると、先に誰かへ分けようとする。年寄りじみたことを言うくせに、時々こちらが驚くほど少女のような顔をする」

「……」


 セドリックは頭を抱えた。


(兄上、店の人がドン引きしてるだろ……!)


 悩んだのち、決めきれなかったのか。

 レオンが入り口の方に向かったので、セドリックは慌ててその場を離れた。


「よし、次だ次。次の店ならかち合わないだろ」


***


 次に向かったのは香油や櫛を扱う店だった。

 セドリックは鼻歌交じりに扉を開け――そして固まった。


「……またいる」


 棚の前に、またレオンがいた。

 今度は小瓶を手にして、真面目な顔で香りを確かめている。


「こちらは花の香りで人気ですよ、旦那様」


「旦那ではない。……まだ」


 セドリックは扉を閉めた。


「なんなんだ今日は……」


***


「さすがにもう兄上には会わないだろう」


 セドリックはそうつぶやきながら角を曲がり――そして硬直した。


「……は?」


 店の前に、見覚えのありすぎる後ろ姿があった。


 レオンである。

 しかも、真剣な顔で店の看板を見上げている。

 セドリックは反射的に物陰へ飛び込んだ。


「また兄上!?」


 しかもよく見ると、店先には上品な文字でこう書かれていた。


『婚約・結婚指輪専門店』


 セドリックは二度見した。


「……いや待て」


 レオンは迷うように扉へ手を伸ばし――。


 セドリックは勢いよく飛び出した。


「兄上ぇぇぇ!!」


 レオンがびくっと肩を震わせる。


「セドリック!?」


「何入ろうとしてるんだよ!? 結婚指輪の店だろう!」


 通行人がぎょっとして振り向いた。

 レオンは咳払いして小声になる。


「声が大きい」


 セドリックは額を押さえた。


「兄上、いくらなんでも順序がおかしい!」

「おかしいとは何だ」

「いや、まず段階ってもんがあるだろ! 恋人でもないのに、いきなり婚約指輪は重すぎるって!」

「重すぎることはない。私の想いでは婚約など軽すぎるくらいだ」

「そういうのが重いんだって!」


 二人がぎゃあぎゃあ言い合っていると、店の扉がからりと開いた。


 品のいい女性店員が、にこやかに顔を出す。


「お客様でしょうか?」


 二人は同時に固まった。


 店員はレオンを見て、セドリックを見て、それからにっこり微笑んだ。


「男性お二人でのご来店ですね。最近は男性同士の結婚というのも流行っておりまして……」

「「違う!!!」」


 レオンとセドリックの声が、見事に重なった。

 通りの人々が一斉にこちらを見る。


 店員は「あら、息ぴったり」と目を瞬かせた。

 二人は気まずさに耐えきれず、ほとんど逃げるように宝飾店の前から立ち去った。


 背後では、店員が困ったように首を傾げている。


「仲のよろしいお二人ですこと」


 その言葉が聞こえた瞬間、二人はさらに歩く速度を上げた。


***


「なんで俺の行く先々で兄上がいるんだよ!」


 石畳の道を並んで歩きながら、セドリックがついに叫んだ。

 レオンは眉間を押さえた。


「それは私の台詞だ。なぜお前がこんなところにいる」

「兄上と同じだよ。チヨへのプレゼントを買いにきたんだ」

「……作戦が被ってしまったか」

「でも、譲らないぞ」


 セドリックがぴしゃりと言い返すと、レオンは少し目を見開いた。

 それから、静かに笑った。


「お前がそんなことを言うなんて、珍しいな。いつも譲ってばかりのお前が」

「……そうかもしれないな」


 セドリックは小さく息を吐いた。


「だが、今回は譲らない」


 その声は静かだったが、妙に本気だった。

 レオンも笑みを深くする。


「奇遇だな。私もだ」


***


 二人が次に向かったのは女性向けの服屋だった。

 だが、店先で店員に申し訳なさそうに頭を下げられる。


「申し訳ありません、本日はもう在庫がほとんどなくて……」

「は?」

「買い占めがありまして」


 セドリックとレオンは顔を見合わせた。


「買い占め?」

「ええ。つい先ほど、大量に……」


 嫌な予感がして店の中をのぞき込む。

 そこには、満足げな顔で山のような女性服を従者に抱えさせているゼノヴァルトの姿があった。


「この店にある服をすべて包め。あれもだ。いや、棚の端から端まで全部でいい。チヨへの贈り物だ」


 店員が半泣きで会計している。


「……なんか、見たことがあるやついたな」

「ああ」

「見なかったことにしよう」

「それがいい」


 二人は見事なまでに意見が一致し、そっと店の前を離れた。


 背後でゼノヴァルトの声が聞こえる。


「メッセージはそうだな……『愛するチヨへ』とでも書いてもらおうか」

「聞かなかったことにしよう」

「そうだな」


 二人は歩く速度を少し上げた。


***


 それからも、櫛の店、布小物の店、菓子屋、茶器屋、果ては花屋まで見て回った。


 だが、どれも決め手に欠けた。


 高価すぎるものは気を遣わせる。

 洒落たものは、チヨなら喜ぶかもしれない。だが、どこか違う気もする。

 実用品は喜ばれるだろうが、恋心を込めるには味気ない。


 気づけば夕方になっていた。


 噴水広場近くのベンチに、二人はどっと腰を下ろす。


「……決まらない……」


 セドリックがうなだれる。

 レオンも珍しく深く息をついていた。


「何を渡せばいいのか、ますます分からなくなってきたな」

「兄上、そういうの不得意そうだもんな」

「お前は得意なはずだろう」

「俺だって得意じゃない。本気なのは……初めてなんだ」

「……そうだな。私もだ」


 意外にも、レオンは素直に同意した。


 ふと、通りの向こうから威勢のいい商売の声が聞こえてくる。


「採れたて! 新鮮! 立派だよー!」


 商人の荷車が積んでいるそれを見て、セドリックの目が細くなる。


「……あれだ」

「あれだな」


 二人はゆっくり顔を見合わせた。


***


 その日の夕方。


「まあ、立派なかぼちゃ!」


 チヨの部屋には、大きくて立派なかぼちゃが二つ並んでいた。

 丸々として、つやつやしていて、見るからにおいしそうなかぼちゃだった。


「……チヨへの、プレゼントだ」


 レオンが少し恥ずかしそうに言う。

 チヨはかぼちゃの表面を撫でながら、にこにこと笑った。


「ありがとう。こんなに立派なかぼちゃ、なかなか見ないわ。何にしようかしら。パンプキンパイもいいし、クッキーもいいわね。スープにしてもおいしそうだし……」


 そこでチヨは、はっと顔を上げた。


「そうだわ! かぼちゃパーティーをしましょう!」


***


 翌日、城の一角は甘い香りに包まれていた。


 厨房から運ばれてくるのは、焼きたてのパンプキンパイ。ほろほろとしたかぼちゃのクッキー。小さな器に入ったなめらかなプリン。温かなかぼちゃのスープまである。


 いつの間にか、ちょっとした茶会のようになっていた。


「チヨ、これすごくおいしい!」


 ルカが目を輝かせながらパイを頬張る。


「本当? よかったわ」

「ボク、クッキーもう一枚!」


 アルベールが両手を伸ばすと、チヨはくすくす笑って皿を差し出した。


「はいはい。でも食べすぎると夕食が入らなくなるわよ」

「入るもん!」


 騎士たちや侍女たちも、遠慮がちに集まっていた。最初は王子たちのいる場に恐縮していた者たちも、チヨに「たくさんあるから遠慮しないで」と勧められ、少しずつ笑顔になっていく。


「まあ、おいしい」

「こんなに甘いかぼちゃは初めてです」

「チヨ様、こちらのクッキーもいただいてよろしいでしょうか」

「もちろんよ。みんなで食べるために作ったんだもの」


 チヨはそう言って、嬉しそうに皿を配っていた。

 その周りにはルカがいて、アルベールがいて、城の者たちがいて。

 誰かが笑えば、チヨも笑う。


 誰かが「おいしい」と言えば、チヨはまるで自分が褒められたことより、その人が喜んでくれたことの方が嬉しいと言わんばかりに目を細める。


 その様子を、少し離れた場所からレオンとセドリックは見ていた。


「……結局、チヨへの贈り物という感じではなくなったな」

「そうだな」

「本当はもっと、こう……チヨだけに渡して、いい雰囲気にする予定だったんだけどな」


 セドリックは肩をすくめ、それからチヨの方を見る。


 チヨはアルベールの口元についたかぼちゃの欠片を拭い、ルカに次の菓子を勧め、侍女たちと楽しそうに笑っていた。


「でもまあ」


 セドリックがぽつりと言う。


「こういう顔が見たかったんだよな」


 レオンはその言葉に、静かに目を細めた。


「ああ。とてもチヨらしい」


 短い返事だった。

 けれど、その声はやわらかかった。


 チヨがふとこちらに気づき、大きく手を振る。


「レオン、セドリック! 二人も早くいらっしゃい。なくなってしまうわよ」

「行くか、兄上」

「ああ」


 二人は並んで歩き出した。


 最初に思い描いていた贈り物とは、まるで違う。

 甘い言葉も、洒落た宝飾品も、特別な空気もなかった。


 けれど、チヨは笑っている。

 城の人々に囲まれて、ルカとアルベールに囲まれて、幸せそうに笑っている。


 それなら、まあいいか。


 二人はそう思いながら、チヨの待つかぼちゃパーティーの輪の中へ入っていった。

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