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34 王子たちの再会

「さて」


 チヨがつかつかとレオンの前まで歩み寄る。

 声音には、欠片ほどの笑みもなかった。


 レオンの背筋が、わずかに伸びる。


「……チヨ」


「あなたへのお説教の時間よ」


 当のレオンは逃げなかった。

 いや、逃げられないとわかっていたのかもしれない。


 チヨはレオンの額を、ぴしりと小突く。


「この大馬鹿者」


 乾いた音に、レオンの肩がびくりと揺れた。


「自分ひとりが我慢すれば済むと思ったのかもしれないけれど」


 チヨはまっすぐにレオンを見据えた。


「そういうのはね、ひとりで背負うって言わないの。周りを泣かせるって言うのよ」


 レオンは、すぐには何も言えなかった。


 チヨは静かに続ける。


「残された者の悲しみを、あなたは一番よく知っているでしょう」


 やわらかな声だった。


 けれど、その言葉は思った以上に深く刺さったらしい。

 レオンの表情が、わずかに崩れる。


 唇がかすかに震えた。


 あれほど毅然としていた王太子の顔が、今はひどく頼りなく見えた。


 喉が小さく鳴る。


「私は……」


 ようやくこぼれた声は、弱々しかった。


「お前たちを巻き込みたくなかった」


 レオンは目を伏せる。


「弟たちも、チヨも……これ以上、危ない目に遭わせたくなかった」


 レオンの声は、かすれていた。


「あなたがみんなを守りたいのと同じように、みんなもあなたを守りたいと思っているのよ」


 静かな声だった。


「もっと周りを頼りなさい。ひとりで立派になろうとしなくていいの」


 その言葉に、レオンはとうとう目を伏せた。


 張りつめていたものが、そこで初めて切れたようだった。


「……すまない」


 絞り出すような声だった。


 チヨは小さくため息をつく。


「本当にね」


 そう言って、そっとレオンの頬に触れる。


「無事でよかったわ」


 その瞬間、レオンの表情が崩れた。


「……すまなかった、みんな」


 レオンの顔が、弟たちに向く。


 次の瞬間、アルベールが堪えきれず飛び出した。


「兄上っ!」


 小さな体が勢いよくレオンにぶつかる。


 レオンははっとして、反射的にその体を受け止めた。


「アルベール」


「ばか! ばかばかばか! なんで勝手に行くんだよ!」


 胸に顔を押しつけたまま、アルベールが叫ぶ。


「ボク、もう会えないかと思った……!」


 最後は完全に泣き声だった。


 レオンは目を見開いたまま、しばらく動けなかった。

 やがて、おそるおそるというようにアルベールの頭に手を置く。


「……すまなかった」


 泣きながら怒る弟に、レオンは困ったように眉を下げた。


 その横から、ルカが一歩、また一歩と近づいてくる。


 泣くのをこらえているのが、ひと目でわかった。


「兄上、本当にひどいよ」


 声は震えていた。


「僕たち、何も知らされなくて……手紙だけで、納得できるわけないよ」


 レオンはアルベールを抱えたまま、ルカを見る。


「ルカ……」


 ルカの目から、とうとう涙がこぼれた。


「僕、気づけなかった。兄上は僕のこと、知ろうとしてくれたのに」


「違う」


 レオンはすぐに首を振った。


「お前が気づけなかったんじゃない。私が隠していたんだ」


 ルカは唇を噛んだ。


「だったらなおさら、ひどいよ……僕だって、兄上のことちゃんと知りたいよ……!」


 そう言って、ルカも兄の腕にしがみつく。


 アルベールごと抱きしめるように、兄のそばへ寄った。


 レオンは何も言えず、そのぬくもりを受け止めることしかできなかった。


 そして最後に、セドリックがゆっくり歩いてくる。


 いつもの軽薄そうな笑みは、もうどこにもない。


 レオンの目の前で立ち止まり、しばらく何も言わない。

 その沈黙が、かえって重かった。


「……兄上」


 低い声だった。


「殴っていいか?」


 まっすぐ向けられたその問いに、レオンは一度だけ目を伏せた。


 そして静かに頷く。


「ああ」


 短く答えて、レオンは動かなかった。


 避けるつもりも、言い訳をするつもりもないのだと、その場の誰にもわかった。


 セドリックが怒るのは当然だった。

 何も告げずに去ったことも、弟たちを置いて死ぬつもりだったことも、兄として許されることではない。


 だからレオンは、殴られる覚悟をした。


 けれど次の瞬間、飛んできたのは拳ではなかった。


 セドリックはぐっと顔を歪めると、そのまま勢いよくレオンに抱きついた。


「……っ」


 レオンが目を見開く。


 セドリックは兄の胸元を強くつかみ、肩を震わせていた。


「ふざけるなよ……」


 かすれた声だった。


「殴って済むわけないだろ……こんなの……!」


 押し殺していたものが、とうとう堰を切ったようだった。


「兄上がいなくなって……、俺たちが、どんな気持ちだったと思ってる……!」


 声が震える。


 最後には、もう泣いていた。


 セドリックは必死にこらえようとしていたのだろう。

 けれど、いったんあふれた感情は止まらなかった。


「勝手に全部背負って、勝手にいなくなろうとするなよ……!」


 レオンは何も言えなかった。

 ただ、胸にしがみつく弟の体温だけが、痛いほど伝わってくる。


 セドリックは兄の服を握りしめたまま、低く、絞り出すように言った。


「……俺にも一緒に背負わせてくれ」


 その一言が、何よりも重かった。


 レオンの喉が、かすかに鳴る。


 それからようやく、震える手でセドリックの背に触れた。


「……すまない」


 声がかすれていた。


「……本当によかった」


 その言葉に、レオンは目を閉じた。


 しばらくのあいだ、何も言えなかった。


 ただ、腕の中の弟を抱き返す力だけが、少しずつ強くなる。


「……ああ」


 やっと返せたのは、それだけだった。


「ただいま」


 セドリックは顔を上げないまま、兄の胸に額を押しつけた。


***


 四人の兄弟が寄り添う姿を見て、チヨはようやく肩の力を抜いた。


 ただの兄と弟たちとして、ちゃんと帰ってこられたのだから。


 そんな彼らを見下ろして、ゼノヴァルトが小さく鼻を鳴らす。


「ふん。甘い連中だ。やっぱり第一王子は腑抜けだな」


 だが、その声はどこか楽しそうでもあった。


 チヨは振り返って、やわらかく笑う。


「それでいいのよ」


「甘さで国は守れん」


「甘さがあるから、守りたいと思えるの」


 ゼノヴァルトは何も言わなかった。


 ただ、細めた目でその光景を見ていた。


 レオンは弟たちに囲まれたまま、そっとチヨを見る。


 その視線に気づいたチヨは、いつものように穏やかに微笑んだ。


「帰るわよ、レオン」


 その声音は、ごく当たり前だった。


 まるで少し遠くへ出かけていただけの子を呼ぶように。


 けれどレオンにとって、その一言は何よりも救いだった。


「ああ」


 レオンは弟たちを抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。


***


 そして、数日後――


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