20 第四王子の慟哭
一方、捜索を指示するレオンのもとにセドリックが戻ってきていた。
「兄上」
人のいない廊下へ滑り込むように現れた彼は、笑みを消した顔で言う。
「鍵番の話だと、北の棟の鍵が盗まれたみたいだ」
レオンの目が鋭くなる。
「待って」
チヨが制止する。
「これだけ用意周到な相手よ。そんな分かりやすいことするかしら」
「そうだな。まるで見つけてくれって言ってるようなものだ」
そこへ、ルカが走ってくる。
「兄上ー!チヨー!」
「ルカ、どうしたの」
「アルベールが侍女と一緒に南の回廊へ向かうのを見たって!」
レオンたちは顔を見合わせた。
「行くぞ」
***
廊下を進むにつれ、夜会の音が遠ざかっていく。磨かれた大広間のまばゆさが嘘のように、ひやりと静かだった。
やがて細い回廊の先に、閂のかかった小さな扉が見えた。
わずかだが、子供の泣く声がする。
「……っ」
レオンの顔色が変わる。
次の瞬間、彼は乱暴な勢いで閂を外し、扉を開け放った。
「アルベール!」
暗い部屋の奥、小さな影がびくりと震えた。
膝を抱えてうずくまっていたアルベールが、顔を上げる。涙でぐしゃぐしゃになったその顔が、開いた扉の向こうの兄たちを映した瞬間、信じられないものを見たように目を見開いた。
「……あに、うえ……?」
かすれた声だった。
チヨはすぐにしゃがみ込み、両腕を広げる。
「迎えに来たわよ、アルベール」
その一言で、アルベールの顔がくしゃりと崩れた。
駆け寄るように飛び込んできた小さな体を、チヨはしっかり抱きとめる。
「こわかったわね」
「っ、ぅ、う……」
アルベールは声にならない嗚咽を漏らしながら、ぎゅうっとチヨにしがみついた。
ルカも泣きそうな顔で駆け寄る。
「よかった……ほんとによかった……」
セドリックはほっと息をつきつつも、すぐに扉や部屋の中を見回して目を細めた。やはり内側からは開けられない。明らかに閉じ込められていた。
レオンは、少し遅れてアルベールの前に片膝をついた。
普段なら、まず叱っていたかもしれない。勝手に動くなと。心配をかけるなと。
けれど今は、そんな言葉は一つも出てこなかった。
「……無事でよかった」
低く落ちたその声は、掠れるほど押し殺されていた。
アルベールは涙で濡れた顔のまま、チヨの腕の中から兄を見た。
「……来ないかと、思った」
そのひと言に、レオンの喉が詰まる。
「来るに決まっているだろう」
「ボクなんていなくても、兄上は困らないと思った……」
「そんなわけがあるか」
低く、けれどはっきりと言って、レオンはそっとアルベールの頭を撫でた。
叱られると思っていたのだろう。アルベールはびくりと肩を揺らし、それから目を丸くする。
その手は大きくて、あたたかかった。
昼間の厳しい声とはまるで違う、確かめるようなやさしい手つきに、アルベールの唇がふるふると震える。
張りつめていたものが、そこでとうとうほどけたのかもしれない。
アルベールはくしゃりと顔を歪め、しゃくりあげながら言った。
「……さっきは、ごめんなさい……」
小さな声だった。
「きらいって言ったのも、ごめんなさい……」
レオンは一瞬、目を見開いた。
まっすぐに向けられた幼い謝罪に、喉の奥が詰まったように黙り込む。
アルベールは泣きながら続けた。
「ちゃんと謝るつもりだったんだ……兄上が呼んでるって言われたから……っ、今なら言えるかもって……」
そこでまた涙があふれ、言葉が途切れる。
チヨはそっと背を撫でた。
レオンはしばらく何も言えなかったが、やがて静かにアルベールの手を取った。
「……もういい」
短い声だったが、そこにこもるものは重かった。
「お前が無事なら、それでいい」
アルベールはしばらく何も言わずに兄を見つめ、それから鼻をすすった。
「……ほんとに?」
「本当だ」
「……ボクのこと、きらいじゃない?」
今度はレオンが息をのむ番だった。
その問いに、彼は少しだけ眉を下げる。
「きらいなわけがないだろう」
それを聞いた瞬間、アルベールはとうとうこらえきれなくなったらしい。ぐしゃっと顔を歪め、レオンにしがみついてわっと泣き出した。
「だっ、だって、兄上こわいし……!」
「……ああ」
「すぐ怒るし……!」
「……そうだな」
「でも、もう会えなくなるのはやだぁ……!」
ルカもつられて目をうるませる。
「もう……ほんとによかった……」
「お前が泣くな、ルカ」
セドリックが苦笑しながら言うが、その声もひどくやわらかい。
チヨは泣きじゃくるアルベールの背をぽんぽんと叩きながら、ふっと笑った。
「やっぱり、仲直りは早いほうがいいわね」
***
「……チヨ、帰るまで、手、つないで」
「ええ、もちろんよ」
「兄上も」
不意に向けられた言葉に、レオンが目を瞬かせる。
「私もか」
「……うん」
その幼い願いに、レオンはほんのわずかに口元をやわらげた。
「わかった」
そうして彼は、ためらいがちにアルベールの小さな手を取る。
泣き疲れた末っ子を真ん中にして、チヨとレオンが左右から手をつなぐ形になった。
ルカはその姿を見て、ちょっとだけ悔しそうな顔をし、セドリックはそんな弟を見て吹き出しそうになる。
「セドリック」
「ああ」
兄の声を聞いた瞬間、セドリックも意味を察したらしい。すぐに笑みを消し、静かにうなずく。
「アルベールが呪いの子だと噂を流し、誘拐を企てたやつがいる」
「そうだな。厄介そうだ」
レオンの声は低い。
「これから忙しくなるぞ」
***
夜会の喧騒から遠く離れた、暗い回廊の奥。
柱の影に立つ人物は、遠くのざわめきを静かに聞いていた。
「失敗です」
低い囁きが闇に落ちる。
その前に立つ人物は、顔の半分を影に沈めたまま、わずかに肩をすくめた。
「そうらしいな」
声は落ち着いていた。焦りも苛立ちも、表には出さない声だ。
「第四王子はすぐに見つかったそうです。兄弟が揃って動き、馬車の到着より先に確保されました」
「兄弟仲が悪いと聞いていたが」
ふっと、その人物は薄く笑った。
「どうやら、情報が古かったらしいな」
報告役が押し黙る。
しばしの沈黙のあと、影の中の人物は廊下の先を見やった。
「……いや。古かったというより、変わったのか」
思い出すように、ゆっくり続ける。
「王子たちのそばにいた、あの女。あれが想定外だった」
その声は、興味を帯びていた。
「まあいい。警告としては十分だろう。あの聡い第一王子のことだ、我々の目的にも気づいているに違いない」
くるりと踵を返し、闇の奥へ消えていく。
「さあ、レオン王子。お前は“ どちら ”を選ぶ?」
最後に残った声だけが、ひやりと回廊に落ちた。
「第二章 ~穏やかな日々と、予感と~」完結です。
「第三章 ~愛と恋~」では少しずつ変化する王子たちの想いと、動き出す物語を書いていきます。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
みなさまの応援、とても励みになっております。
もし作品を楽しんでいただけましたら★で応援いただけるととても嬉しいです。




