17 第二王子のラブラブ大作戦
セドリックは、廊下の角からそっと中庭をのぞきこんでいた。視線の先には、向かい合って座るレオンとチヨ。セドリックは腕を組み、ひとり満足げにうなずいた。
「よし……この状況なら完璧だ」
兄上幸せ計画・第一段階。チヨと二人きりにしてみよう作戦である。
レオンがチヨにだけ態度が違うことなど、見ていればわかる。声色も、視線も、わずかな気遣いも、他の相手とは明らかに違う。だが当の本人は、まるで気づいていない。そしてチヨはチヨで、相変わらず距離が近いくせに、恋愛の気配がまるでない。完全に家族を見る目だ。
(このままだと、兄上は一生独身のままだ)
そう思ったからこそ、今日は自分がひと肌脱いだのである。
庭園でのお茶会を提案し、自然な流れでレオンとチヨを二人きりにした。完璧だった。少なくとも、セドリックの頭の中では。
「よし……今だ、兄上。なんかこう、自然に笑うとか――」
「チヨー!」
庭園に、ぱっと明るい声が響いた。セドリックの肩がびくりと跳ねる。駆け込んできたのはルカだった。両手に色とりどりのリボンを抱えている。
「見て! さっき結び方を変えてみたんだ。どれが一番似合うと思う?」
さらにその後ろから、アルベールが飛び込んできた。
「ボクも見てほしい!」
両手いっぱいに、どこかで摘んできたらしい花を抱えている。
「まあまあ、二人とも元気ね」
たちまち東屋はにぎやかになった。ルカがチヨの隣に座り、アルベールが膝によじ登ろうとし、レオンは少し言いかけたような顔をしたまま口を閉ざす。
――二人きり、終了。
東屋の陰で、セドリックはその場にしゃがみこんだ。
(早すぎるだろ!!)
せっかく作った空気が、ものの数分で跡形もなく吹き飛んだ。だが、ここで諦めるセドリックではない。次の手は、もっと確実に〝雰囲気〟を作ることだった。
***
その夜、庭園の一角にはやわらかな灯りが並んでいた。木の枝に吊るされた小さなランタンが、夜風に揺れて淡く光る。昼とは違う静けさの中、花の香りがほのかに漂っていた。セドリックは少し離れた植え込みの陰から、その光景を見守っていた。
(今度こそ、いける)
昼の失敗を踏まえ、今度は本当に二人だけになるよう仕向けた。ルカもアルベールも別の場所に引きつけてある。完璧だ。
やがて、レオンとチヨが並んで歩いてきた。
「きれいねぇ」
チヨが目を細める。
「こういう灯り、落ち着くわ。昔は縁側に座って、こういう夜風に当たるのが好きだったのよ」
「……えんがわ?」
「外でのんびりする場所よ。ここにもあればいいのにね」
チヨの言葉に、レオンはわずかに口元をゆるめた。
「作らせてもいいかもしれないな」
(いいぞ)
セドリックは拳を握る。そうだ、その調子だ。少しずつでも距離が縮まればいい。夜の庭園、二人きり、穏やかな会話。ここまでそろっていて、何も起きないはずが――
「……今日は、財務報告に不備があった」
レオンが言った。セドリックは固まった。
(は?)
「まあ。それは大変だわ」
「最近、補佐官の引き継ぎがうまくいっていないんだろう。数字のずれが目立つ」
「人手が足りないのかしら」
「いや、足りないというより、見るべき者が見ていない」
「そういうときは、役目を分けるだけじゃだめなのよ。最後に責任を持って確かめる人が必要だわ。私がいた町内会では……」
(違うだろ!! なんでそこでそんな政務の話になるんだ!!)
雰囲気は完璧なのに、中身があまりに色気ゼロだった。兄上とチヨ、相性はいい。いいからこそ厄介なのだ。自然に会話がかみ合いすぎて、恋愛に転がる前に真面目な話へ行ってしまう。
(こうなったら、強引な手段が必要だな)
セドリックは決意した。最終手段。嫉妬作戦である。
***
翌日の午後、四人はいつものように中庭の東屋でお茶を囲んでいた。アルベールはさっそく菓子に手を伸ばし、ルカはそんな弟をたしなめながらも、自分の皿の菓子はきっちり守っている。レオンは湯気の立つ茶器を手に、疲れたような顔をしながらも席についていた。
その向かいで、セドリックはちらりとチヨを見る。
昨日から考えていた。兄をけしかけるだけでは埒が明かない。少しくらい、本人たちに〝異性として見られる空気〟を意識させた方がいい。
――そう、これは作戦だ。あくまで作戦。別に深い意味はない。
セドリックはそう自分に言い聞かせてから、わざとらしく肩の力を抜いた笑みを浮かべた。
「チヨ、俺のことどう思う?」
唐突な問いに、チヨは茶器を置いて首をかしげた。
「またその話ね。孫みたいだと思ってるわ」
セドリックの笑顔がぴしりと固まる。だが、気を取り直してもう一押し。
「そうじゃない」
セドリックは少し身を乗り出した。
「……その、男としてどう思う?」
その言葉に、ルカがぴくりと反応した。茶器を持つ手が止まり、細い眉がわずかに寄る。チヨはそんな空気にまるで気づかないまま、ふむ、と考え込んだ。
「そうね、とっても魅力的だと思うわ」
セドリックの顔がぱっと明るくなる。横でルカがむっと目を細め、アルベールはきょとんとして二人を見比べている。
だが次の瞬間、チヨは続けた。
「セドリックには、いい子が見つかると思うわ」
セドリックは固まった。
「……え?」
チヨはにこにこと続ける。
「愛想がいいし、気が利くし、女の子の扱いにも慣れているでしょう? きっと素敵な子が見つかるわ」
違う。そうじゃない。セドリックは笑顔のまま停止した。
(俺は兄上をくっつけようとしていたはずなのに……なんで俺が普通に心を折られてるんだ?)
ルカは隣で、なぜか少しだけ機嫌がよさそうに茶を飲んでいた。さっきまで微妙に眉をひそめていたくせに、セドリックが撃沈した瞬間だけ、わかりやすく口元がゆるんでいる。
(お前、今ちょっと安心しただろ)
セドリックが心の中でそう突っ込んだとき、ふと少し離れた席に座っていたレオンが、こちらを見ていた。そして、ほんのわずかに――ほくそ笑んだ。
セドリックは目を見開く。
(兄上……! 今、笑ったな!)
あの仏頂面のかたまりみたいな兄が、人の撃沈を見て、今、確実にちょっと面白がった。
セドリックが内心で地団駄を踏んでいると、そんな空気も気にせず、アルベールがレオンをじっと見上げて首をかしげた。
「兄上、今日はなんか怖くないな」
レオンが眉をひそめる。
「どういう意味だ」
「だっていつもはもっと、こう……むずかしい顔してる」
アルベールは小さな手で自分の眉間をぎゅっと寄せてみせた。
「でもチヨといるときは、そんなに怖くない」
セドリックの目が輝いた。
(来た……!)
それだ。まさにそれを言いたかったのだ。本人が無自覚でも、周りには丸わかりなのだと示す、完璧な一言。セドリックは心の中で拳を握った。
(いいぞアルベール、そのままいけ……!)
アルベールは少し首をかしげ、それから無邪気に続けた。
「じゃあさ、結婚すればよくない?」
セドリックは無言でガッツポーズをした。
「ボクとチヨが!」
沈黙。数拍遅れて、セドリックは心の中で絶叫した。
(なんでだよ!!)
レオンが固まったまま、ゆっくりとアルベールを見る。チヨがぱちぱちと目を瞬かせた。
「どうしてそうなるのかしら」
アルベールは、名案を思いついた顔で胸を張った。
「ボクがチヨと結婚すれば、家族としてずっと一緒にいられるだろ!」
理屈としては、たいへん素直である。素直すぎて、すべてが台無しだった。セドリックは思わず天を仰いだ。
(そうじゃないだろ……! 惜しい、惜しいけど全部違う!!)
「アルベール、軽々しくそんなことを言うな」
レオンの厳しい声が飛ぶ。
「えー?」
「えー、じゃない」
アルベールは不満そうに頬をふくらませる。
そのやりとりを見ていたセドリックは、あることに気が付いた。ほんの一瞬、面白くなさそうな顔。セドリックはその変化を見逃さなかった。
(……今の兄上、嫉妬してたよな)
だが本人にはまるで気づいてなさそうだった。
(自覚がないのは重症だな)
そして小さく笑う。
(仕方ない。もう少し俺が世話を焼いてやるか)
かくして、セドリックの恋愛大作戦は続く。だが、自覚がないのはレオンだけではないことを、セドリックはまだ知らない。




