13 王子たちの食事会
夕暮れどき、チヨはいつものようにお茶を飲みながら、何気なく首をかしげた。
「そういえばあなたたち、兄弟そろってご飯を食べることはないの?」
その場にいたレオンは、書類から顔を上げた。
「……急にどうした」
「気になったのよ。だって同じ城に住んでいるのに、兄弟全員が一緒にいるところを、あまり見ないでしょう?」
レオンは少し考え、それから淡々と答えた。
「必要があれば顔を合わせる。だが、わざわざ全員で食卓を囲むことはあまりないな」
「まあ、問題児だらけだったしね」
そこへ、ちょうど部屋に入ってきたセドリックが肩をすくめた。
「誰が問題児だ!」
廊下の向こうから、聞き捨てならないとばかりにアルベールの声が飛んできた。勢いよく現れた本人は、むっとした顔でセドリックをにらむ。
「ほら、問題児第一号」
「なんでボクだけみたいに言うんだよ!」
アルベールはますます頬をふくらませた。
その後ろから、そっとルカも顔をのぞかせる。
「……何の話?」
チヨはにっこりした。
「ちょうどいいわ。今日、みんなで一緒に夕食を食べましょう」
こうして、半ば強引に食事会は決まった。
***
夕食の席は、思った以上に静かだった。
長い卓に四兄弟が並んで座り、そこにチヨが加わっている。料理は十分に豪華なはずなのに、空気は妙によそよそしい。
レオンは無言でナイフを取り、セドリックは微笑んでいるがどこか様子見だ。ルカは背筋を伸ばしておとなしく座り、アルベールは露骨につまらなそうにスープをかき回している。
そんな中、チヨだけがいつも通りだった。
「まあ、せっかくのお夕食なのに、お通夜みたいね」
レオンが即座に顔を上げる。
「父上の喪が明けたばかりの食卓でその表現はやめろ……縁起でもない」
セドリックがくすりと笑い、ルカも笑いを堪えて小さく肩を揺らした。アルベールだけは顔をそむけていたが、口元が少しだけ緩んでいる。
チヨは満足そうに頷く。
「ほら、せっかくの食事会なのだから。みんな笑顔が一番よ」
そう言ってチヨは料理に目をやり、ふと気づいたようにアルベールの皿をのぞき込んだ。
「あら」
「……なんだよ」
「にんじんをきれいによけているわね」
アルベールはぴたりと手を止めた。
「よけてない」
「よけているわ」
皿の端に、見事なまでににんじんだけが寄せられている。誰の目にも明らかだった。
レオンが額を押さえる。
「アルベール」
「なんだよ」
「好き嫌いをするな」
「してない。あとで食べる」
「その台詞で本当にあとで食べたことがあったか?」
「ある!」
「ないだろう」
アルベールが不満げにレオンをにらみ返す。いかにもいつものやり取りだ。
セドリックが肩をすくめた。
「兄上、そこはもう少しやさしく言ってやれよ。末っ子は繊細なんだ」
「これのどこが繊細だ」
火に油を注がれ、アルベールはさらにむくれる。ルカがおろおろと二人を見比べ、何か言おうとして口をつぐんだ。
チヨはそんなやり取りを眺めてから、ふとアルベールの皿を自分の方へ少し引き寄せた。
「好き嫌いはあまりよくないけれど、食べにくいものをそのまま出されると嫌になることもあるわね」
そう言ってナイフでにんじんを小さめに切り分け、ソースのよく絡んだ肉と一緒に整える。
「ほら、これなら食べやすいでしょう」
アルベールは目を瞬かせた。
「……子ども扱いするなよ。チヨに子ども扱いされるのはちょっと嫌なんだ」
「食べられるなら大人扱いしてあげるわ」
セドリックが吹き出した。
「ははっ、手厳しいな」
アルベールは少しだけむっとしたあと、しぶしぶフォークを伸ばした。そして一口。もぐもぐと噛んで、少し沈黙する。
「……食べられなくはない」
「えらいわね。よしよし」
「子ども扱いするな!ちゃんと食べたぞ!」
「あらあら、ごめんなさいね。つい」
アルベールは怒鳴ったがさっきほどの棘はない。むしろ、照れたようで少し嬉しそうだった。レオンはそれを見て、わずかに目を見開いた。
「……私が言っても食べないのに」
ぽつりと漏れたその本音に、セドリックがにやりとする。
「兄上は顔が怖いんだよ」
「怖くない」
「現在進行形で怖いよ」
やり取りがぽんぽん続くうちに、卓の空気は少しずつ和らいでいった。
チヨはそんな兄弟たちを見回しながら、今度はレオンの皿を見て眉を下げる。
「あなた、弟の皿ばかり見て自分が食べてないじゃない」
「……見ていたつもりはない」
「ついつい見てしまうのよ。長男って損ね」
レオンは返事をしなかった。それが肯定に近いことを、チヨはきっとわかっている。
次にチヨはセドリックへ向き直る。
「あなたもよ」
「俺?」
「さっきからずっと場を盛り上げようとしているけれど、自分はあまり食べていないわ。気を遣ってばかりじゃ損でしょう?」
セドリックは一瞬だけ目を見開き、それからすぐいつもの笑みを浮かべた。
「おや、見抜かれていたか」
「見ればわかるわよ」
「参ったな。ではおとなしく食べるとするか」
素直にナイフを取るセドリックを見て、ルカがほんの少しだけ安心したように息をついた。
それを見逃さず、チヨは今度はルカへ顔を向ける。
「今日は首飾りをつけていないのね」
ルカはぱちりと目を上げた。
「え?」
「あのリボン。よく似合っていたのに」
ルカの頬がほんのり赤くなる。
「……今日は、兄たちもいるから」
「いるから、何だ?」
レオンがすぐに反応したので、ルカはびくりと肩を揺らした。
「いや、その……」
チヨは小さくため息をつく。
「あなたね、そういう聞き方はよくないわ」
「普通に聞いたつもりだが」
「問い詰め方が尋問なの。もっと優しく聞きなさい」
セドリックが口元を押さえて笑う。
「兄上、満場一致だ」
「お前たちは黙っていろ」
アルベールまでこくこくとうなずいているのを見て、レオンは少しだけ言葉に詰まった。
ルカはおそるおそる言った。
「……変だと思われるかなって、少しだけ」
その一言で、卓の上が静かになる。
レオンは眉をひそめた。
「誰にだ」
「兄上たちに」
「私はそんなこと――」
言いかけて、レオンは口を閉ざした。思い返せば、ルカに対して厳しい言葉を投げたことは一度や二度ではない。
少しだけ重くなりかけた空気に、チヨがやわらかく口を開く。
「あなたがあんなふうに叱るのは、家族を大事に思っているからでしょう」
レオンがわずかに眉を寄せる。
「……チヨ」
「でも、言い方がちょっと不器用ね。心配していても、叱られている方には、そればかりが強く残ってしまうこともあるわ」
卓の上は静かだった。
セドリックも、アルベールも口を挟まない。ルカもまた、黙ってレオンを見ている。
その視線を受けて、レオンは小さく息をついた。
そして、まっすぐルカを見る。
「ルカ。私はお前に厳しすぎた」
ルカがわずかに目を見開く。
「王族としてどうあるべきかばかりを口にして、お前自身を見ていなかった。お前が何を好きで、何を大事にしているのかも、ちゃんと見ようとしていなかった」
卓の上は静まり返っていた。
レオンが、こうして素直に認めるのは珍しい。
「窮屈な思いをさせていたなら、悪かった」
まっすぐに謝る声に、今度はルカの方が戸惑ったように息を止める。
しばらく黙っていたあと、ルカがぽつりとこぼす。
「……怖かったんだ」
その声は小さい。けれど確かに、卓の上に落ちた。
「僕だけみんなと違うって思われるのが」
レオンは何も言わず、ルカを見ていた。セドリックも珍しく茶化さず、アルベールはぎゅっと口を結ぶ。
チヨはその空気を急かさなかった。ただ静かに見守って、それからやさしく言った。
「違っていてもいいのよ」
ルカが顔を上げる。
「兄弟って、同じである必要なんてないでしょう? 違うから面白いし、違うから支え合えるの。みんな同じなら、ただの合わせ鏡だもの」
「たしかに、全員兄上みたいな兄弟だったら怖いな」
「でしょう?」
「おい」
チヨはそこで、ふっとやわらかく笑った。
「でもね。みんな違うけれど、とてもよく似ている部分もあるのよ」
四人の視線が、いっせいにチヨへ向く。
「不器用なところも、根は素直なところも。お互いを大事に思っているくせにちょっと言葉が足りないところも。そういうの、とてもよく似ているわ」
レオンがわずかに眉をひそめる。
「……ちょっとうれしくない似方だな」
ぼそりと返されたその一言に、セドリックが肩を揺らし、ルカもつい吹き出した。アルベールはきょとんとしていたが、遅れてつられるように笑う。
チヨもまた、楽しそうに目を細めた。
そして全員が、笑った。
***
アルベールは菓子をもう一つ取ろうとしてレオンに手をはたかれ、セドリックは「兄上、顔が怖いぞ」とからかい、ルカはその様子を見て笑っている。
チヨは湯気の立つ茶を口に運びながら、満足そうにみんなを見渡した。
「最初より、ずいぶん家族らしい顔になったじゃない」
レオンは軽く額を押さえた。
「家族の食事がこんなに消耗するとは思わなかった」
セドリックが即座に笑う。
「兄上、執務より疲れているな」
「否定はしない」
「情けないぞ、第一王子」
アルベールが得意げに言うと、レオンはじろりと弟を見た。
「誰のせいだと思っている」
「ボクだけじゃないだろ」
「ええ、全員のせいね」
チヨがさらりとまとめると、今度は四人まとめて沈黙した。
その反応が可笑しくて、チヨはころころと笑う。
「はいはい。次はお茶会にしましょうね」
「次もやるのか……」
レオンの心底疲れた声に、セドリックが肩を震わせる。
「諦めろ、兄上。先生の言うことは絶対だ」
ルカが小さく、けれどはっきりと笑った。
「……うん。次も、悪くないかも」
アルベールは少しだけ照れたように顔をそむけながら、ぶっきらぼうに言う。
「菓子はチヨの手作りがいい」
「まあまあ、甘えんぼさんね」
チヨはそう言いながらも、どこかうれしそうだった。
四兄弟もまた、それぞれ不器用なまま、少しだけ肩の力を抜いていた。
たった一度の夕食で、何もかもが変わるわけではない。
けれど、同じ卓を囲んで笑ったことは、きっと小さくない。
そんなふうに思える夜だった。




