アンダースローが好きだ
アンダースローが好きだ。
そんな、ぼんやりとした好意を書くためのエッセイである。
なぜこんなことを綴っているかというと、次作のアイデアとして野球ものを考えているからだ。別に「アンダースロー=野球」ではないのだから、論理展開がとち狂っているようにも見える。しかし、私の野球熱を強めた一因には、間違いなくアンダースローがあるのだと直感している。
その前に私の野球(観戦)歴をざっと振り返ろう。幸い、私の住む都市には球団があり、ちょっと出かければ球場があり、野球観戦には恵まれた環境であった。初めて観戦したのは小学生の頃だろうか、もはや誰が投げていたかすら覚えていないが。子供限定の入場特典として、選手モデルのグローブをもらった記憶だけがある。
その後、SNSやニュースに流れてくる地元球団のニュースは見ていたものの、自分から動向を追ったり、「ドラフトの注目株」なんて到底調べることもなかった。野球は生活の端っこで、わずかに耳にするだけの存在だったのだ。疎遠になった高校の同級生みたいである。
アンダースローという投球フォームは、ぼんやりと知っていた気がする。何せ当時は、牧田和久選手というサブマリンの代表格が活躍していたのだ。「あのフォーム面白いな……」みたいな感覚が、頭の片隅でふと浮かんでは、有象無象の情報たちに紛れていった。ただそれだけだった。
しかし、あるときを境に、私は野球への興味を一気に持ち始める。ご存知、日本ハム・新庄剛志監督の就任である。
まあ、別に彼が好きだったわけではない。ツンデレみたいなことを言ってしまったが、あの頃の私は、彼のプロ野球界での活躍も、メジャーへ行ったことも知らず、バラエティーで見たことさえなかった。だからこそ、ニュースで奇抜なファッションを見かけた際は、「こんな監督がいていいのか」という衝撃を覚えた。私にとって監督とは、「気難しい顔で腕を組んでいるおじいさん」だったのだ。星野監督や栗山監督がその印象に近い。
それから打って変わって野球を見始めた……のではなく、否が応でも日本ハムのニュースが流れてくるようになった。SNSのアルゴリズムによる厄介なイタズラである。
しかし、これといってつまらない訳でもなかったため、自然と私は野球の知識を得るようになった。話題になっている選手がいれば調べ、YouTubeではパ・リーグTVやら「絶望を与える守備まとめ」やらを見始めた。今年の試合で「牧前ヒット」を見たときは、人生の伏線が一つ回収されたような気持ちよさを覚えたものだ。
やがて、日本ハムの本拠地は札幌ドームからエスコンフィールドへと移り、近藤や中田翔などのスターが去り、まさに「新時代」が幕を開け始めた。私もワクワクしながら、あのときの雰囲気を味わっていたものである。
そんな中、一人の選手が私の心を掴んだ。
元日本ハム(現広島)の鈴木健矢選手である。
彼を知ったのはパ・リーグTVの動画であった。
開幕第二戦、エスコンフィールドで球団初の勝利投手となると、27イニング連続で自責点0を記録し、動画タイトルでは「エスコンの支配者」とすら呼ばれていた。小気味いい投球テンポで浮き上がるような球を投げ、剛速球の対義語でバッターを幻惑する姿は、自分にとってはなんとも斬新で、新庄監督以上に映えて見えた。
それからというもの、私は次第に、日本ハムという球団そのものの魅力にも気づいていくことになる。
チームは若く、球場は新しく、そして何より「これから何かが始まりそうだ」という空気があった。黄金期が来るかどうかなんて分からない。ただ、来るかもしれない、と思わせてくれるだけの期待感が、確かにそこにはあった。
清宮、野村、万波のいわゆるKJM砲。
当たれば場外まで飛ばす(当たればの話だが)江越選手。
ドラフト8位から開幕投手を任され、今やWBC代表にも選出された北山投手。
一人一人を挙げていけばきりがないが、どの選手もどこか不完全で、だからこそ目が離せなかった。
鈴木健矢選手は、その後先発から中継ぎへと回り、一昨年の現役ドラフトで広島へ移籍してしまった。正直に言えば、少し寂しかった。それでも不思議なことに、私の野球への興味が薄れることはなかった。
それは日本ハムという球団が特別だから、という話ではないのだと思う。
ふと地元球団へ改めて目を向けてみると、自分の中に長いこと埋もれていた愛着のようなものが、ゆっくりと呼び起こされていくのを感じた。そうして今や、私は特定の球団だけでなく、プロ野球全体のニュースにも関心を持つようになった。
きっと、どの球団にもそれぞれの魅力がある。
だからこそファンは球場へ足を運び、声を枯らして応援する。
考えてみれば、あまりにも当たり前のことだ。
その「当たり前」の素敵さに気づかせてくれたのが、日本ハムであり、アンダースローの鈴木健矢選手だったのである。
……ここまで書くと、愛着を持っているのはアンダースローではなく、鈴木選手個人のように思えてしまう。
だが、彼がオーバースローの速球派だったとして、私はここまで強く心を掴まれていただろうか。おそらく答えは「否」だ。バッターのタイミングをずらし、重力を裏切るように浮き上がり、観ている側に一瞬の戸惑いを与える。派手な速球とは違う、遅れてやってくる違和感。その違和感こそが、私にはたまらなく魅力的だった。
アンダースローを、たまに「絶滅危惧種」と言う人がいる。確かに数は少ないし、育成の難しさを考えれば、それも無理のない話だろう。それでも現在のプロ野球界を見渡せば、今なお第一線で投げ続けている投手は、決してゼロではない。
代表的なのは、西武ライオンズの與座選手だろう。2022年に10勝を挙げてからは、不振な年もあったが、昨年はチームのローテーションを支え、防御率2.50という数字を残した。
西武には今年から、同じくアンダースロー、元ソフトバンク・巨人の高橋礼投手が加入する。彼も一時期は素晴らしい活躍を見せていた選手なので、ひそかに復活を期待している。
また、個人的に注目しているのが東京ヤクルトスワローズの下川隼佑選手だ。オイシックスで数年間プレーし、二軍リーグで最多奪三振を獲得した後、昨年NPBへ飛び込んできたルーキー。見事試合を作って初勝利を挙げ、来シーズン以降の投球にも期待が持てる選手である。
もっとも、アンダースロー投手の多くは中継ぎとして起用されることが多い。現在の鈴木健矢選手もそうであるし、横浜DeNAベイスターズの(中川)颯投手も同様である。
あるいは、ワンポイント的にアンダースローを取り入れる選手もいる。昨年の読売ジャイアンツ平内投手は、普段はオーバースローながら、ここぞという場面で突然アンダースローを投じ、三振を奪ってみせた。本当に例外的な事例ではあるが、サブマリン好きとしては少し嬉しさが湧いたものだ。
こうして振り返ってみると、私はアンダースローという投球フォームそのものに、ある種の物語性を見ているのかもしれない。
数が少なく、効率も悪く、決して王道ではない。それでも、生き残りをかけてフォームを改造し、確かに打者を打ち取り、試合を成立させる。派手さはないが、忘れた頃に効いてくる。そんな存在に、私はどうにも弱いのだろう。
……思えば、野球に足を踏み入れた経緯そのものが、少しアンダースロー的だった。最初から熱心なファンだったわけでもない。気づけば情報が流れ込み、気づけば名前を覚え、気づけば試合を追いかけていた。真正面からぶつかったのではなく、横合いから、あるいは下から、じわじわと効いてきたのだ。
だから私は気に入っているのだと思う。
それは単なる投球フォームへの好意ではなく、主流から外れたところで勝負を仕掛けていく選手たちへの、静かな敬意なのかもしれない。
アンダースローが好きだ。
改めてそう思いながら、私は次作のプロットを練り始めている。




