【番外編】ジャスティナの告白
ぼんやりしたまま、重たいまぶたを動かす。
目を開ける。
白い光が視界に入る。眩しい。
体は重くて、うまく動かせない。
「ああぁ……やっと目を覚ました……」
すぐ近くから、脱力しきった声が聞こえた。私はこの声を知っている。
「ヒジリ……?」
声が少しかすれた。
状況をゆっくりと思い出す。
そうだった。自分は戦いの中で油断して、崖から落下して、体をしたたか打ちつけて……。そのまま意識を失ったのだろう。
目だけを動かして周囲を見る。おそらくここは、野戦病院だ。
ベッド脇に座り込んでいるヒジリが目に入った。すごく疲れた顔をしていた。きっと私のために、治癒魔術を使って使って、使い尽くしたのだろう。
「よく生きて帰ってきました。ケガをしてから3日、あなたは眠り続けていましたよ。死はあなたを引っ張り込もうとしたでしょう?それでも、頑張って戻ってきた。偉かったですね」
優しい言葉を聞きながら思い返す。
暗闇の中でたしかに、タナトスが招く甘美な声が聞こえた。
「ヒジリが、呼んだから……」
だけど、反対側からヒジリの声がした。
私は暗闇の中で、迷って迷って、ヒジリの声がした方に向かうことを選んだのだ。
「きっと、体はまだうまく機能しないでしょう。治癒魔術には時間がかかりますからしばらく辛抱してください。特に痛い所があれば先に治療するんで言って……」
「心臓」
「えぇ!?」
ヒジリが大慌てで、私の胸元に手をかざした。
なんだか急に、心臓が痛い感じがしたのだ。
だけど、その痛みはすぐに引いた。
「じゃなくて、ヒジリ。私の顔の、こっちに……」
「なんですか?」
重たい自分の腕をおもむろに持ち上げる。横になっている私を心配そうに診療するヒジリの、その襟元を軽くつかみ、力いっぱい引き寄せた。
自分の体を軽く持ち上げる。
そうしてから、ヒジリの唇を奪う。
「……は?」
至近距離で見たヒジリは唖然とした表情だった。
なんて愛おしい顔をするんだろうと思った。
そういう表情をもっと見せてほしくて、つい言ってしまった。
「ねえ。私、ヒジリが好き」
言葉を失ったまま、ヒジリは音もなく椅子に座り込み、数秒してガタンと立ち上がった。それから急に大きい声を出した。
「いや、いやいや、いや、ダメでしょう!!そういうのは!!!」
怒られてしまった。
「ごめん」
それもそうか、と思ったから素直に謝ることにした。
「でも、好きなの」
それでも、気持ちは譲れないと思った。
「いや~~~~、待って。待ってください。そもそもジャスティナ、あなた何歳でした?」
「この間34になったけど……」
「34!?49引く34……15歳も年下じゃないですか!!」
「丁寧に計算したわね」
混乱しているヒジリはどうにもかわいらしい。
「ヘタをしたら娘くらいの年齢のお嬢さんに、そんな、そんな下心なんて持てるわけがないでしょう!?」
お嬢さんとか言われてしまった。34だと言っているのにお嬢さん扱いはないと思う。なんだかムズムズする。
「そんなに離れてないでしょ?……ヒジリがいつも言ってる娘さんって34歳なの?」
「娘、は……そろそろ17歳になるはず、ですが」
「全然違うじゃない!」
話をしているうちに、喉の調子が良くなってきた。それでつい大声を出してしまった。
「だいたい、なんだってジャスティナほどの人がアラフィフのバツイチ子持ちに行くかなあ!あなたモテるんですから、もっといい人を選びなさい」
そう言われてしまったら聞き流せない。
「私ってモテるんだ?」
「……ほら、ヤブヘビですよ。ああ……」
すっかり銀色に染まった髪をガシガシと掻き乱しながら、ヒジリはその場にしゃがみ込んだ。
「アラフィフとかバツイチとかヤブヘビとか、聞いたこともない言葉が出てくるところも、おもしろくて好きなんだけど」
しゃがみ込んだまま、ヒジリはチラリと顔を上げる。
よく見れば、耳が赤い。
愛おしくて仕方がない。
「そもそもねぇ、バツイチかどうかも分からないんですよね。これ最悪の場合、不倫になりますよね……いや、失踪扱いでさすがに成立してるよなあ……確かめようがないんだよなあ……」
なにかよく分からないことをブツブツ、ブツブツと言っている。
それから、やにわに立ち上がったヒジリは、困ったような表情で言った。
「とにかく!誓って言いますけど、15も年下の仲間をですね……そういう目で、つまり、ええと、恋愛対象として、見るなんてことは、したことがないので」
ああフラれるのか、と思った。
少し残念だった。
「だから、一回そういう目で見てみますから」
「……え?」
驚いてヒジリの顔を見る。
「考えてみますから……」
めちゃくちゃ照れている、といった風だった。大きな手を自身の口元に当てながら、ヒジリはなおも言う。
「少しだけ時間をください。長くは待たせませんから」
どうやら、こんな突拍子もない告白に、ちゃんと向き合ってくれる気があるらしい。
本当にいい人だなあと思った。
+++
好ましい人だと、ずっとずっと意識していた。
もう10年も前から、秘めるような想いを抱えていた。
今、その気持ちがついに溢れ出てしまったのは、死にかけたからなのかもしれない。
この戦場で、私の命は屑みたいに軽くて。人は一瞬の油断で簡単に死んでしまうのだろうと思う。
でも、この戦場は私が選んだ場所だ。
それならば、一切の悔いを残すべきではない。
だから、私の命を助けてくれたこの優しい人に、「大好き」の想いをどうしても伝えなきゃならなかった。すぐにでも伝えなきゃならないと思った。
ヒジリはそっと、私の隣に座り直し、優しく語りかけてくれる。
「意識を取り戻したとはいえ、まだまだ満身創痍といった状態ですからね。無茶しないであと数日は寝込んでてください」
その少し低い声を夢見心地で聞く。
「断続的に治癒魔術をかけていきますから、遠からず動けるようになるでしょう。私の魔術はよく効きますからもう大丈夫。まずは、ゆっくり眠りなさい」
ヒジリは、大きな手で髪を撫でてくれた。
温かかった。
まだ心臓がドキドキ、ドキドキしている。
それでも、心の中はなんだかとても穏やかだった。
きっと私はよく眠れるだろう。
そう思い、ゆっくりと目を閉じた。




