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 サイラスを迎えての夕食は和やかに始まった。ワインで乾杯をして、次々と料理が運ばれてくる。色とりどりの野菜をゼラチンで固めた前菜にじゃがいものスープ、酢漬けにした魚を散りばめたサラダ、ふかふかの焼きたてパンに魚のメインの白身魚のポワレへと続く。サイラスはにこにことご機嫌に一つ一つに感想を述べていった。喜ばれていることに、メニューを吟味したクローディアはホッとしてこっそりと息を吐いていた。


 話題を提供してくれるのはサイラスだ。それにクローディアが合いの手を入れる。もっぱらアーロンは聞き役に徹していた。


 サイラスは伯爵バートン家の跡取り息子で、優雅な独身貴族だ。見目麗しく人当たりのいいサイラスは、社交界で人気があるのはクローディアも知っていた。アーロンと同じ年で独身である優良物件のサイラスには、花嫁候補が行列を作っているという噂だ。


 話題は主に男性がする経済の話などではなく、子供のころのアーロンとした悪戯や失敗を面白おかしく語ってくれる。それは、クローディアが楽しめるようにとの気遣いだろう。国王陛下が王太子時代にアーロンやサイラスとした悪戯話には、クローディアは思わず声を上げて笑ってしまった。三人とも少々やんちゃな少年時代を過ごしたようだ。


「ああ、可笑しい。そんなことをして遊んでらしたのね」

「まだまだ、ありますよ。そうだな、例えば。剣の先生が話している最中にふざけて遊んでいたら、先生がカンカンに怒ってしまったことがあったんです。そして、顔を真っ赤にした先生に顔を洗って出直してこいって怒鳴られたんです。さすがに王太子殿下であった陛下には言いませんでしたけどね。それで、私たちはどうしたと思います?」

「どうされたんですの?」


 ワクワクして身を乗り出したクローディアにサイラスは含み笑いをしてみせる。


「先生は、反省して心を入れ替えて来いっていう意味で言ったのですが、私たちは言葉通り大真面目に顔を水で洗って来たんですよ。全く馬鹿でしょう?」


 クローディアはケタケタと笑ってしまう。小さいアーロンやサイラスが並んで顔を洗っているところを想像すると可笑しくてたまらない。


「それで、先生はなんておっしゃったの?」

「さて、なんて言ったかなぁ……覚えていないなぁ。たしか、殿下には呆れた顔で、それは違うだろうって言われたような気がするけど……」

「違う、記憶違いだよ。それを言ったのは、私だ。殿下はお前と同じように顔を洗っていたよ」


 ボソリと呟いたアーロンにサイラスが不満げな声を上げる。そうだったかなぁ、と頭をひねるサイラスにアーロンは頷く。


「殿下は自分だけ免除されるのはおかしいっておっしゃって、一番に顔を洗ってらしたよ」

「えぇ! 馬鹿だなぁ」


 クローディアも無言で頷く。男って馬鹿だなぁ、と。サイラスとクローディアは顔を見合わせて笑い合うが、アーロンは給仕からサーブされたシャンパンのシャーベットにスプーンを入れていた。


「殿下に不敬罪だぞ」

「不敬罪……ああ!」


 その言葉に合点がいったようにサイラスが手を叩く。そして、そうだそうだ、と確信したようにアーロンを指差した。


「思い出したぞ。不敬罪はお前だろ、アーロン! あのとき、馬鹿ですか、って殿下や私に言っていたよな。あのときの軽蔑したような冷たい目!」

「だって、本当のことだろう?」

「うっ……」

「で、先生は大真面目に顔を洗ってきたっていう殿下とお前を見て、心も入れ替えるようにとおっしゃって終わりだったよ。ただ、弱りきった様子で頭を抱えていたのを見たけどね」


 先生は言葉通り純粋に顔を洗ってきた少年たちを見て困ってしまったのだろう、とクローディアは想像する。しかも、殿下までいたとは。そのときの先生の顔も見てみたいものだ。


「アーロンはいつもズルいんだよなー。うまく立ち回ってさ。私だって君のような力が……」

「サイラス!」


 言いかけたサイラスの言葉をアーロンは咎めるような鋭さで断ち切った。次の言葉を言わせないように。サイラスが何を言ったのか分からなかったが、まるでクローディアに聞かせたくない、とでも言うようだ。驚いたクローディアは食事の手を止めてアーロンを凝視する。思わぬ沈黙が落ちた。先ほどまで賑やかだったというのに。


「いや……、あれだよ。……君のようにうまく立ち回るような、人を推察する力があればいいなーってね。ところで、アーロン。もうすぐ仕事はひと段落するんだろう? しばらくはゆっくりできるんじゃないか?」


 取り成すようにサイラスが口を開いた。それを受けて、白けてしまった場を取り戻すように、クローディアも明るく取り繕う。


「まあ、そうなんですか! ずっとお忙しかったですものね」


 両手を合わせて笑顔を見せる。無邪気に見えるように気をつけながら。本当は自分だけがアーロンに遠ざけられているかもしれない、という疑惑が一瞬で膨らんで、それが心を突き刺していたが。


「……ああ。隣国と関税について揉めていたが、それがとりあえずは収束しそうなんだ。そうなれば、しばらくはのんびりできそうだ。クローディアを連れてどこか旅行へでも行ってこようかと思っている」

「まあ、旅行!」

「それは、いいね」

「君は船旅をしたいと言っていたから、君さえよければそうしようかと思っている。もちろん、もう少し先の話になるけれど」

「船旅! ぜひ行ってみたいわ!」


 寝耳に水の話にクローディアは驚いた。妻に無関心だと思っていたアーロンが自分のことを考えていてくれていたんて。


(船旅! なんてワクワクするのかしら)


 友人たちの話を聞いて、ずっと乗ってみたいと思っていた。しかも、クローディアは船に乗ったことがないのだ。現金なようだが、それだけで鬱蒼とした気持ちが遠のいていくようだった。レイラのこと、アーロンの瞳のこと。たった一日の間にいろいろなことがあって、クローディアの心もめまぐるしく動いていた。


(あら、でもその話をアーロンさまにしたことがあったかしら?)


 クローディアが首を傾げていると、メインディッシュが運ばれてくる。そして、話題は変わってしまった。

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