13
「いやー、野暮なところに来ちゃったかなぁ」
のんびりと言ったサイラスは笑いながら頭を掻いた。明るい茶色の髪にいつものように人好きのする笑顔を浮かべている。クローディアは夫の友人にとんでもないところを見られてしまったと、さーっと血の気が引いていく。何とか取り繕おうと頭を巡らせるが、思い浮かぶのは言い訳ばかり。
(これは、アーロンさまの瞳の色を確認しようとしただけで、そう。確かに部屋に連れ込んだのは私だけど……でも、私が迫ったわけではなくて、アーロンさまが勝手に迫ってきただけで……いや、迫ってきただけって言うと語弊があるような……つまり、ええと、確かに私も受入れたわけだけど。でも、望んだわけでは……ああ、何て言ったらいいのかしら……
第一。そうよ第一、サイラスさまだって、何でここにいるのよ)
頭の中であれこれと思考を巡らせていたが、動揺して言葉にならず、クローディアは口をぱくぱくさせるだけだ。しかし、そんなクローディアに突き飛ばされたアーロンは、反対にちっとも動じていない様子。不満そうに微かに舌打ちをするほど。
「思ったより早めに着いたんだ。そうしたらジーンが案内してくれたんだけど、何だか賑やかな足音が聞こえて、面白そうだなって思って上がってきたんだ。そうしたら君たちの話し声がしたからこっちへ来たら、お取込み中だったみたいだね! ああ、もちろんジーンは止めようとしたんだけど、私が無理やり来たから、咎めないでやってくれよ」
ごめんね! とちっとも悪気はなさそうで、輝くような笑顔を浮かべるサイラス。賑やかな足音とは、クローディアが階段を駆け上がる音のことだろう。クローディアははしたない行動を聞かれていたのかと思ったら、恥ずかしさに顔を覆いたくなってしまう。
「……まったくだ」
小さく呟いたアーロンの聞き捨てならない言葉に、クローディアは慌てた。
「何言ってるんですか」
まだ何か言おうとするので、これ以上恥はかきたくないと、その口を塞ごうと両手を伸ばすが、長身のアーロンには届かなかない。しかも、伸ばした両手はアーロンの片手で軽く払われてしまった。しかし、クローディアだって必死だ。結果、二人で攻防することになってしまう。
すると、そんな様子を見てサイラスが声を上げて笑い出した。
「ははっ! アーロン。君のその顔!」
サイラスの言葉に、クローディアはアーロンの顔を確認するように眺めるが相変わらずの無表情だ。
(顔? いつもと変わらない能面のような顔じゃない?)
などと失礼なことを考えていると、アーロンは興を削がれたようでクローディアの手を離した。
「もう、いいだろう。クローディア、貴方も満足しただろう?」
笑っているサイラスは無視をするらしい。納得できたとは言えないが、これ以上アーロンを問い詰めてもはぐらかされるだけだろうと、クローディアはしぶしぶ頷いた。
「さて、食事にしよう。着替えてくる」
ジーンを伴って踵を返すアーロンに、にやにやとしたサイラスが近づくと何やら囁いている。すると、鬱陶しそうに振り払うと背を向けたまま着替えに行ってしまった。取り残されたサイラスは邪険に扱われたにも関わらずにこにことクローディアに微笑む。
「いやー、アーロンのあの楽しそうな表情を見ていたら嬉しくなっちゃって。つい、揶揄ったら怒らせちゃったみたい」
それで振り払われたのか、とクローディアは思った。
「何を言ったのですか?」
「うん。あと二時間くらいなら待つよって」
(……それってどういう意味? あれ……ええと……もしかして、そういう意味で)
意味がわかるとカーッと頬に熱が上がってきた。クローディアは思わず熱くなった頬に手を当てて下を向いた。
(もうっ! サイラスさまもアーロンさまもとんでもないわ!)
「ごめん、ごめん。女性にこんな話したらダメだよね。でも、あのアーロンの顔を見たら揶揄いたくなっちゃって」
「楽しそうって、私には、いつもと変わらないように見えますが……」
(……付き合いが長いと表情の違いが分かるようになるのかしら?)
アーロンとサイラスは子供のころからの付き合いだと聞いている。最初はどちらも現在の国王の遊び友達として王宮へ通っていたらしい。クローディアから見たら正反対のように見える二人だが、馬が合うようだ。
そうだ、とクローディアは思い立つ。付き合いの長いサイラスならばアーロンのことをよく知っているはずだ。クローディアは先ほどのことを確認しようと小声でサイラスに囁いた。
「……えっと、瞳が光る?」
話を聞いたサイラスは目を丸くしている。
「それは、アーロンの瞳が光っていたということ?」
クローディアは頷くと、サイラスは顎に手を当てて、考え込む仕草をした。そんな様子を見るとだんだんと自信がなくなってくる。だって、まるで荒唐無稽な話ではないか。あんなに見たと確信していたのに、人に話すと自分の勘違いのような気さえしてくる。
「見間違いじゃないとしたら……」
「見間違いじゃないとしたら?」
ごくり、とクローディアの喉が鳴る。サイラスは人差し指をぴんと立てて見せた。
「とうとう暗闇で光る術を身につけたのかも! それだといいよね。ランプ無しでも生活できそうで便利だし。私も教えてもらおうかな」
ガクッと滑りそうになったクローディア。どうやら、自分の言葉は冗談に思われたようだ。普通に考えたらそうだろう。無理もない、と自覚もしているので、それ以上話をするのはやめることにした。
「そうですね。便利そうだわ」
二人で、ふふふ、と笑い合う。この人はアーロンと反対でいつも笑顔だ。釣られてクローディアも笑顔にさせられる。
「ねぇ」
「はい?」
「もし、アーロンが、瞳が光るような人だったら、君はどうする? 怖いよね? ちょっと普通じゃないし、離縁しちゃう?」
どうする? 考えてもいなかった質問にクローディアは戸惑った。サイラスを見れば、いつの間にか真顔になっている緑色の瞳。今更ながら、この人はこんなにくっきりとした二重をしていたのか、と思った。
「私はーー」
「まだ、こんなところにいたのか」
普段着に着替えたアーロンがこちらへ向かってやってくる。ジャケットも羽織っておらずベストだけだ。よほど二人は気安い間柄なのだろう。
「ああ、悪い。すぐに行くよ」
この話はこれで終わりになった。もし、アーロンが来るのがもう少し遅かったら……自分は何て答えたのだろうか、とクローディアは思った。




