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古今東西、押し倒されている風景があるとして、その目撃した側の行動として正しいものは、目を反らす、外へ出る、速やかに扉を閉める謝りながら。これが通常時だ。ただこれはバカップルに限る。無理矢理など言語道断だ。だから、だからというのも繋がりが変な話だが、一応女である一縷が斑を押し倒し、更に斑は眠っているのというよりは完全に気を失っていて、更にそれに跨る一縷もまた、目撃されて赤くなるどころか青くなっていた。これは明かに、恥ずかしいところを見られたというよりは、悪いことして見つかったときの子どものそれだ。
たらり、と汗を流しながら、一縷が口を開いた。
「命の危険を感じたときには、種たる者、子孫を残すように」
「んな小学生みたいな理屈で現状をごまかすな」
「難しい言葉並べたって、結局はムラムラしてきただけでしょうが」
む、と一縷が風船のように頬を膨らましてみたところで、はて、と呟いた。
「水の王、どうかしたのか。目元が少し赤いようだが」
「別に」
言いたい、ものすごく言いたい。だが、遊馬は必死で耐えた。平たく言えばでこチューの借りだ。俺がこいつの恥ずかしい話をばらしたら、こいつは更に俺の導火線のないダイナマイト話をするだろう。
「貴方も…どうかしたのか?何だか様子が」
「別に」
そして遊馬も遊馬でコピーペーストしたような棒読みの回答を返した。何だ、まさか様子がおかしいのか、遊馬は地味に焦っていた。ばれたら死ぬ、社会的に。唇に魔法粉でもついてるんだろうか。ともかく今は-話をごまかそう。とういうか、大事な話があったのだ。
「お楽しみのところ悪いがな、ちょっと話があるんだ」
「え?」
「…す、すまない…とうとうそんなことが…」
「いや、あんたが謝ることじゃねえよ」
震えながら、今にも泣きそうな-実際泣きそうなのを我慢しているかもしれない、一縷をじっと見ていた。今更、というのもおかしい話だが、国を背負う責任というものを目の前で見せつけられている気分だった。国を背負う者というのは、おちおち誘拐もされるわけにはいかない。彼女の場合は、少しケースが特殊だが。
「どうでもいいけど、そこ退いたら?緊張感にかけるよ」
草詩にそう指摘され、え、と一縷は慌ててどいた。そういえば、ずっと斑にまたがったままだった。固まっていかにも爆発しそうだった一縷の顔が少しほどけた気がした。故意であれ何であれ、この男のこういうところは数少ない褒めるところの一つだ。
「殺した?殺しちゃったの?」
「殺すわけあるか!いきなり倒れたように寝たのだ!」
まあ、大分、デリカシーはないが-ともあれ。しかしまだ日付が変わる時間でもないのによく寝ている。まるで魔法にかかったかのように。遊馬が斑の寝顔を覗き込むと、草詩が彼の枕元の小さな水桶を持った。
「…睡眠薬が入ってるね」
「え、わ、我も飲んだぞ?」
「王族はそういうの教育されてるもんだよ。少しの毒や、この程度の薬ならどうってことない…さて、眠り姫はともかくとして、どうしようかこれから」
「我はすぐにでも帰ろう」
「そんなほいほい帰れるものなのか」
「戦争をさせるのが目的なら、もう私と斑殿は要らぬだろうよ。申し訳ないが斑殿を運んでくれ…本当に残念だが!本当に残念だが!!」
「二回言ったよ」
「どんだけ残念なんだ」
正に後ろ髪引かれる思いで、どうにか一縷が塔から無事に出て行き、火の国へ走り戻っていくのをなんとなく見守っていた。さて、と、2人の目が合って、今度は離さなかった。
「俺はホモじゃない」
「………それ今しなきゃいけない話か」
「したい話はすぐする。じゃないと、もし君か俺が死んだら、もう話も出来ないからね」
「随分な発想だな」
「俺はね、多分、自分の心臓よりも大事な人を亡くしてる。それもかなり後悔する形で」
ふ、と遊馬の目が見開いた。
「…記憶が戻ったのか」
「残念ながら。勘だよ。俺は人との会話が楽しくて仕方ないから…時間を異常に大事にしてるから。だから。言うよ。君が好きだよ、遊馬」
「ホモじゃない話はどこいったんだ」
「だから、恋とか愛じゃないって。そんないつか終わりがあるものと天秤にかけられたらたまらない。だから俺は、ここで、縛る。君になら、キスも体もあげるよ。だから、俺に縛られて。俺の心臓になって」
要らないものばかりもらった挙げ句に、更に、とんでもないものに縛り付けられた。勝手に死ぬことも許されなくなった。もう今更、拒みもしない自分に驚きもしなくなった。遊馬は軽く跪きそれを返事の形にすると、手を引いて、急いで走り出した。水の国へと。
魔法の絨毯というのは憧れの代物だったが、憧れのままで良かった。酔うし、安定感ないし、おまけに布一枚だけで飛んでいる感覚が、まあ平たく言うと怖い。目を覚ました斑の目がずっと半泣きだ。
「あああああ遊馬さん、僕のこと離さないで下さいね」
「俺に捕まってたところで落ちるとしたら一緒に落ちるだけだがな…草詩、まだか」
「んー、降りたいのは山山なんだけどねえ」
なんだ、と下を見下ろした遊馬が瞬間後悔し、なんですか、と続いた斑の両目を慌てて塞いだ。戦争も映画で見たことがある。内乱だって実際この目で見た。憎み合ってる者同士の本気の殺し合いは、かなり酷いものだった。
「草詩、なんとかしろ」
「えー、もうちょっと見てようよ」
「心臓止めるぞ、この野郎」
そうくるか、と草詩がぶうたれて呪文を唱え始めた。便利な呪文を手に入れた気分だったが、この呪文はそう何度も使えないことを遊馬は知っていた。
「止まれ」
まるで謡うように草詩がそう言うと、男達は剣を、あるいは武器を止め、そして、こちらを見上げた。驚くように目線が集まる。言葉だけで操る魔法使い様の登場なのだから。
「草詩様だ…」
「草詩様…!」
「ははは、くるしゅうない」
「や、やっぱりすごいです草詩さん…!」
「褒めるな、つけあがるぞ」
さて止めたはいいがどうする気だ、頭に血が上ると人間も動物も子どもも関係ない、火がついたように文句を言い始めた。不平、不満、愚痴、汚い言葉、草詩が最高に嫌そうな顔をした。
「分かった。もう、分かった分かったようく分かった。じゃあ、こうしよう。こんなとこで平民ばっかり争っても無駄に死人が出るだけだ。だから、ここはこうしないか。代表者を決めて、一対一で戦わせる。殺すのはルール違反だ。そして最終的に勝ち数が多かった方が勝ちだ。そうだな、数にムラがあるとあれだから…火の国は10人にしよう。こちらは1人だ」
知らない者が聞いたら火の国の圧倒的有利に聞こえるが、現実はそうではない。こっちの1人は草詩1人で十分なのだ。人間相手に負けるわけないのだから。不平不満がまた沸き上がる。
「落ち着けって。戦うのは自分じゃないよ…ね?」
「は?」
ばきっ!!
「3人目!!」
わああああああああああああ!!!!
特設コロシアムが盛り上がる盛り上がる、既に汗だくの遊馬がやかましい観客席を睨み付ける。何が楽しくてこんなにギャラリーが盛り上がるんだ。そして最も憎むべきはー
「きゃあ、あなた頑張って-!」
「うるせえ!!」
やっぱりあいつの心臓なんて誓うんじゃなかかった、早くも後悔しながら遊馬が汗を投げつけるように腕を払った。戦争は免れたが、自分にとんでもないものがやってきた。一対一のガチンコファイト、おまけにこちらは連続、相手は常に元気ばりばり。草詩のように魔法が使えれば、いつかのように力が出れば楽なんだろうが、現実はそう甘くない。次は四人目か、もうさすがに疲れてきた。休憩くらい許されるだろうかと思っていたそのとき、向こうから四人目が現れた。
「よう」
「…やあ」
愛しい相手に会えたような感覚だった。震えながら剣を持って現れたのは、一縷だった。
予想はしていた-していた、というか。手を抜いている。抜かれている。そして当然こちらも手を抜く。しかし、戦いを止めるわけにはいかない。どうすればいい、どうすればいい、必死で考える。それはきっと一縷も一緒だ。考えてることは。
もし一縷が負ければ、ここまで騒ぎを大きくした火の国は叩かれ、あの命の繋ぎともいえる輸出を止めることになるかもしれない。かといって草詩が負けて、草詩がいつか言っていた通り、上手いこと水の国の一部を火の国の植民地に出来たところで、またそこで争いが起きる。あの子ども達は-あの子たちはどうなる。ただ、火の国に生まれたというだけで。いやそれは、一縷も同じだ。ただ、火の国の王として産まれたというだけで。こんなに苦しそうに戦っている。
なかなか勝負がつかない展開に業を煮やしたのか観客が騒がしい。そろそろどうにかしなければならない、草詩の向かいで、一縷が信じられない言葉を吐いた。
「殺してくれないか」
「…っ、は!?」
「私が死んだとあれば、国のものはそこまで強気になれない。今回の騒ぎの主犯は全員君たちの国に捕まるだろう、王は君たちだ、殺さないと信じている。閉じ込められれば少しは頭も冷えるだろう。土下座して、水の国で働くことくらい出来るようになるかもしれない」
「お前、そんなことの為に死んでいいのか」
「何が、そんなことか。国民が目を覚ますなら、安いものだ」
王というのは、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。もちろん草詩も。しかしあいつのいいところ-この場合悪いところになるのか、もう分からんが、あいつは自分を殺さないところだ。殺すのは、俺だろう。
「お前なんか殺してみろ。ガキ供に泣かれ、斑に泣かれ-愛してくれるのはあの女装の変態だけだ。そんな人生選ぶくらいなら、俺はこっちの方を選ぶぞ」
「は?」
すぱん、と草詩が剣を振り上げると、一縷と(意外と)豊満な両胸下部が露わになった。




