15
翌朝。
タイミングが悪いときというのは重なるものだ、よりにもよって出発の朝に、常磐がやって来た。仕方がなく経緯を話すと、想像していた通り、真っ赤な顔で怒った。
「何を…何をお考えなのです!あんな無法地帯に!おまけに草詩様も連れて行くなど!正気の沙汰ではありません!」
「あいつが勝手についてくるんだよ、俺は来いなんて一言も」
「そこを説得するのが、王の役目ではございませんか!?奥様をそのような」
駄目だ、そこで王やら捏造夫婦設定を出されると返す言葉がない。草詩を見る。いつもはここで甘い言葉で常磐を言い負かしてくれるのだが、朝から様子がおかしい。頬を提灯のように膨らませたまま、口を開かない。遊馬が常磐を前に困っていると、大蔵が踊り出た。
「常磐様、火の国の王は斑様にご執心されておいでです」
「…っ、え…」
「遊馬様は、斑様のご無事を確保されるために参られるのでございます」
「そう、ですか…草詩様は城内の人間に特にお優しいですからね…」
どこの誰が、遊馬は言い返したいのを我慢していると、常磐は折れたように一歩下がり、形とはいえ頭を下げた。
「草詩様のこと、くれぐれもよろしくお願い致します。怪我などさせたら許しませんわよ」
「はいはい」
「草詩様、お気を付けて」
常磐がとびきりの笑顔で見送るが、草詩は返事もしない。背中を叩くと一応手は振った。それだけで常磐は嬉しそうだったからまだいいが、それにしても、これは尋常な拗ね方ではない。
「ゆーちゃんの…浮気者ぉ!!!」
「海に向かって恥ずかしいことを叫ぶな!」
「ばかー!あほー!間抜け-!」
「ボキャブラリー少ないなお前は」
やれやれ、運転席の佐倉と目が合うが、同情されたのは一瞬で、すぐに目を逸らしてしまった。火の国への旅立ちは船旅となった。てっきり魔法で飛んでいくのかと思ったから、少し意外だった。考えたら飛べるのは草詩と一縷しかいないのだ、この方法が打倒かもしれない。自分は随分魔法になれすぎた。
最初は気持ち悪くてたまらなかったが、慣れてしまえば船旅はつまらないものだった。草詩はずっと海に向かってわけの分からないことを叫んでいるし、斑はさすがに置いてきた。御倉と大蔵に任せておいた。
暇だ、視線を泳がせると、まだ草詩はしつこく何か叫んでいる為、頭をはったいた。自分に非がないのに機嫌を取るのは気に入らないが、火の国に行けばこの男の魔法に頼らなければならない場面が必ず出てくるだろう。
「いい加減にしろ。恥ずかしい」
「愛してるって言ってくれたら止める」
「アホか、俺はお前に愛情を注いでるつもりだ。殺してやってないだけありがたいと思え」
「うーわ、DV夫の言い訳みたい」
草詩ともみ合っていると、ふと、一縷の存在を思い出した。口に出せばまた草詩が何か言い出しそうで、視線だけで探していると、船の上で、寂しそうに空を見上げていた。故郷に帰る顔ではない。やはり帰り辛いのだろうか、かける言葉を探していると、一縷がそっと口を開けた。
「やばい斑殿にもう会いたい」
「…おい草詩。今からあいつに、俺の同情分を返してもらうべく殺していいか」
「賛成したいけど、今は駄目。もう国に着いちゃうから、それまでは生かしておかないと」
「ああ、これが恋か苦しいな…貴殿らにもこのようなときがあったか?」
綺麗で疑うことがない目に、遊馬は言葉を失った。愛も未来もへったくれもない婚姻関係とどうしてこんな綺麗な目に言えよう、駄目もとで草詩を見ると、見たことない顔で笑っていた。
「俺たちはそんな簡単なもんじゃないよ。愛や恋なんてあてにならない、永遠なんて約束出来ないでしょ」
「それは…っ、悔しいが同意だな。我も斑殿が初恋というわけではない。それでは草詩殿は、遊馬殿の何を信頼して王にしたのか」
「それは君にも、というか誰にも教えられないよ。ゆーちゃんのこと好きになられたら、困るからね」
なるほど、背筋が凍るような解答だが上手く逃げたな。しかしこんな解答で満足したのかと一縷を見ると、目をきらきらさせていた。単純で良かった。
「素晴らしいな、我も是非、斑殿とそのような夫婦関係に」
がらん!がらんがらんがらん!!
いきなる大きな樽が転がっていた、積み荷にしてはでかすぎる。冗談だろ侵入者か、佐倉が林政体制に入り、遊馬も続いて草詩と一縷の前に立った。さあ樽から何が出てくるかと思ったら、蓋が固すぎるのか、中身がなかなか出てこない。思わず佐倉と目を合わせると、彼が樽の蓋を強く開けた。
「き…気持ち悪い!!」
「あ」
「斑!?」
樽から出てきたのは顔を真っ青にした斑だった。驚いた遊馬たちと目が合うと、ばつが悪そうに笑った。
「す、すいません、じっとしていられなくて…」
「…っ、ああ、そうか」
言いたいこと、叱りたいこと山のようにあったが、この顔で謝られると何も言えなくなる。何か声をかける前に佐倉はもう水と酔い止め薬を持ってきていた。仕事が早すぎて助かる。
「良かったな王女様、望みの斑が来たぞ」
「…っ、ば…ばばばばばばばば…」
真っ赤な顔で目を回している人間というのを始めて見た。一縷は斑を見るなり、すごい勢いで髪を整え、整えたというのに体を丸めて丸まって背中を向けてしまった。
「ままままままま斑殿!このような危険な旅についてこられては危なっあぶにゃっ」
「あんたの舌が危なそうだけど」
「聞こえたか?」
「…え?」
「樽の中で!我らの会話を聞こえていたかと…聞いておるのだ!!」
そういえば斑に会いたいだの斑と結婚したいだの騒いでいたな、真っ赤な顔で一縷が問うと、斑がちょっと考えてぱっと笑った。
「いいえ、樽が邪魔して全く聞こえませんでした」
「…っ、聞いておけそこは!!!!」
「ええええええええええ!?」
「あのバカップル、海に沈めていいかな」
「国に着くまでは殺すなって言ったのお前だろうが」
嘘が下手だな、遊馬の視線の向こうで、斑は一縷に見えないように少し顔を赤くしていた。




