11
「あんまり老婆をいたぶる絵っていうのは、好みじゃないみたいだね」
草詩、掠れる声で呟くと、目の前の草詩が、俺だよ、と呟いて微笑んだ。大分落ち着いた遊馬が、目の前の光景に頭がついていくのに時間がかかった。老婆が突き刺さった壁の壊れようといったら、とても人が、自分がしたものとは思えないくらいの壊れ方だった。
「これ、俺がやったのか」
「多分ね。俺が来たの、今だから確かではないけど」
「死んだのか、婆さん」
「これくらいじゃ死なないよ。100年以上、巫女婆を続けてる猛者だからね」
一体いくつだよ、遊馬の言葉に草詩は笑いながら、老婆に近づく。ごめんねと、彼女の額を軽く突くと、老婆はゆっくりと倒れていった。その顔からは、覇気のようなものは消え失せ、ただの穏やかな老婆になっていた。
「彼女はね、この世界に俺が来たときに一番に会った人。だから魔法も人一倍強い。俺が強い、俺が偉い、俺は殺せない-魔法というより呪いだね。悪いことをした」
「解いて大丈夫なのか」
「心強い信者だけど、もう俺には必要ないよ。君も、斑君もいる、召使いも増えすぎちゃって」
そうだ、佐倉だった灰を両手ですくうと、もう膝が限界を告げ、ゆっくりと膝を立てた。
「ゆーちゃん」
「慰めは言うな」
「ゆーま」
「要らん!」
「復活するから、それ」
「………はい?」
我ながら間抜けな声が出た。呆けている遊馬の目の前で、草詩は灰を両手に取り、口を開いた。
「王が泣いちゃうから、戻っておいで」
囁くように、それだけで、灰と棒は集まり、それは佐倉と呼んでいた人形の姿へと戻った。
「草詩様、ありがとうございます。よろしかったのに」
「ははは、何の何の」
「遊馬様、お怪我は」
先ほどのような力は出なかったが、佐倉は思い切り吹っ飛んだ。
「普通感動で抱きしめるところじゃない?」
「誰がするか、そんな気色悪い真似」
人肌じゃないだけものすごく痛かった、拳をぶらつかせながら遊馬は佐倉を睨み付けた。
「今度、あんな真似したら解体して吊してやるからな」
「これが噂のツンデレだよ、覚えておきなさい」
「はい」
「間違ったわけの分からん知識を与えるな」
解決してみればそれはすごくあっさりだったが、城下町に変化が起きた。道行く者たちは遊馬や草詩に挨拶こそするものの、姿が見えなくなった途端、陰口や僻むような笑い声が聞こえてきた気がした。
「…おい、草詩。まさかとは思うが」
「ああ。婆さんついでに、国民全員の洗脳が解けちゃったみたいだね。てへっ!」
「てへじゃねぇよ、お前!」
首に掴みかかるが、すぐに離した。草詩は楽しそうに、笑う。
「大丈夫なのか」
「知らない。知らないけど、今度みたいなことになるのは、君が嫌みたいだから。でも今度は、俺が気に入らなくて、襲いにくるかもしれないね」
「そうだな」
「でも、そしたらまた助けて。何度でも」
「分かった分かった」
言われなくても、またどうせ体が勝手に動く。
城が見えてくると、本当に内乱は収まったようで、人形たちががらくたのように大量に庭に転がり、民たちは我先にと、逃げるように城下へ散っている途中だった。
良かった良かった、扉を開けた途端、ものすごい勢いでのしかかられたかと思ったら、斑だった。
「いった、何だよ!」
「すすすすすすすすいません、草詩さん、ちょっと目を離した隙に」
「馬鹿なら、ここにいるよ」
「ただいまぁ」
「うぶ!?」
泣いてるのか、起こったのか、安心したのか、全部が混ざったような妙な顔つきをした斑は、猫の子のように草詩にへばりついて離れなかった。慌て、少し照れている草詩を始めて見たような気がする。
少しは反省しろ、笑った遊馬が伸びをしながら廊下を歩くと、佐倉が跪いていた。
「庭の人形たちはどうしますか」
「ああ、そうだな、邪魔だから-」
-人が人を簡単に殺せないのと同じような理屈です。
ぽり、と頭をかいた遊馬が佐倉の顔を見た。
「草詩、呼んでこい」
「はい」
思いつきで言った話だが、始めて進めてみれば早かった。民が操っていた人形たちは草詩の魔法で佐倉のような見た目になり、それらは街の護衛と見張り、更に手伝いに行かせた。多すぎるどころか人手が足りなくなり、城の中の人形たちは、佐倉含めて3人だけとなった。3人はそれぞれ、草詩の気まぐれで、橙、青、銀の髪色にされた。
「えと…佐倉はどれだ」
橙頭が手を挙げ、遊馬がよし、と呟いた。
「橙が佐倉、青が御倉、銀が大倉。決定。適当」
「「「はい」」」
「なーんで、全部倉なの。なーんで全部ゆーちゃんが決めちゃうの。なーーーんで3人だけにしちゃったのーーー」
「五月蠅ぇ!今日3人で十分過ぎただろうが!これからなるべく自分のことは自分でしろ!お前ほんとにいくつだよ!家事全般だけで十分だろうが!」
「ぶーぶー」
頭の上でいつまでも大福のように垂れながら、ごねる草詩はほおっておいて、遊馬が立ち上がると、御倉が跪いてきた。
「遊馬様、少しお時間を頂けますか」
「-?ああ」
驚いて、声も出なかった。ただ、圧巻だった。城の裏庭全て、跪く、金髪の召使い人形たちで埋め尽くされて、遊馬の顔に気づくなり、皆が一斉に跪いた。
「何事だ」
「お礼を言いたいのだと思います。我々の王に」
「何か言ってあげたら?喜んで失神するかもよ」
「冗談じゃない!誰が」
「遊馬さん、頑張って!」
お前いつからいたんだ、そしてマイクなんてどっから持ってきたんだ-斑の子犬目に見つめられると弱い。諸々諦めた遊馬が一歩前に出る。
「えーと…」
ぶっつけ本番もいいとこだ。格好良い言葉も、気の利いた文句も浮かんでこない。前日言われたところで浮かんでこなかっただろうが。
もう素直でいこう、今後ともずっとそうしていくつもりだ。
「俺は正直、この国の王になったつもりもない。権限も名誉も要らん。だがもう、どうしようもないくらい、この国には俺の荷物が多すぎる。お前等もそうだ。壊れない程度に、草詩の国を守ってやってくれ」
盛大な拍手、倒れてしまいたかったが、草詩はまだ物足りないらしく、そわそわしている。身を乗り出して、叫べ、とか言ってきた。遊馬はもうマイクを捨て、思い切り息を吸い込むと、前のめりで人形たちへ叫んだ。
「好きに走れ!!」
まるでマラソン前の体育教師の一喝のようだが、遊馬の声に人形たちがこれまたノリよく体育会系のように叫び返した。もう恥ずかしくて立っていられない遊馬が逃げると、ゲラゲラ笑った草詩と何でか泣いてる斑に迎えられた。
「格好良かった!格好良かったです!」
「そうかよ、俺はもう死にたいよ」
「これからも頑張ってね、王様」
「五月蠅ぇよ」
遊馬も、3人の倉も、太陽ですら大笑い、空はこれでもかと晴れていた。




