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竜の眠る場所 外伝  作者: 知花 紗采
1章 アストラ
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出会い

 レイノール辺境伯領にある故郷クリゼアから遠く離れた王都へやって来てから一四年。

 冒険者としてある程度名を立てた私は、これからBランクに昇格するための試験に挑む。


 試験の内容は単純だ。

 その実力を評価するのにふさわしい試験官と戦い、自らの力量を見せる実技試験。

 そして、いかなる時も適切な判断ができるかを問う筆記試験。

 その二つの試験の結果を総合的に見て合否が判断される。


 とはいえ、Bランクともなると試験の難易度はかなり高い。

 冒険者ランクはAが最高なのでいたしかたないことだ。


 筆記試験は私にとってはそれほど難しいものではなかった。

 魔物の生態や会敵したときの対処法から、遺跡探索に役立つ数種類の古語の読み書き。

 冒険者として真っ当に依頼をこなしていれば解ける問題だ。


 そして実技試験。

 試験官との模擬戦で実力を示せば良いのだが、合否基準が曖昧で試験官の裁量次第のきらいがある。

 相手によってはどんなに素晴らしい立ち居振る舞いをしようとも不合格になることもあるし、あっという間に打ち負かされても合格する場合もある。

 今までのランク昇格試験では幸い私情が挟まれたことはなかったのだが、ここまで高ランクまで来てしまうと、是が非でも上げたくないと考える試験官の数は少なくない。


「では、試験開始!」


 合図を皮切りにピリリとした空気が流れる。

 私は槍を構えて相手を見据えたままだ。

 もちろん相手も動き出す気配がない。


 仕方がない、と槍に魔力を流す。


 槍の接合部には触媒がはめ込まれている。

 触媒はそれに魔力を流し込むだけで魔法を放つことができるという便利なアイテムだ。

 通常、触媒を付けられるのは一つなのだが、槍は大きさの割に使用する場所が狭く触媒を付ける場所を多く有することから五、六個つけられるものが多い。

 愛用している槍は六個付けられて、槍使いを選んだのもこれが理由だったりする。


 槍の触媒の一つが光り、魔法が使える状態となった。

 光ったのは風属性の触媒。間髪入れずに風魔法を放つ。


 放った風魔法は瞬きする間に試験官まで届いたのだが、ギリギリをかわされてしまった。

 思わず舌打ちしたくなった。


 だが、かわされることを見越して次手は打ってある。

 私は魔法を放つと同時に試験官に向かって駆け出していた。

 彼我の距離はそれほど離れておらず、更には槍のリーチもある。

 魔法よりは遅いものの、武器を当てるにはそれほど時間はかからない。


 魔法で体勢を崩してくれれば儲けもの、崩れなくても一瞬でも私から目を反らせれば試合を終わらせられる、と思っていた。

 だがやはりそこはBランクの試験。簡単に終わらせてくれはしなかった。


 今まで鍛え上げた肉体にさらに身体強化スキルで加速したにもかかわらず、渾身の突きすらかわされてしまった。

 速さで有名な魔物ですら避けられたことはないのに。


 すれ違いざまに見た試験官の顔は真っ青だった。

 そんなに苛つきが表情にでていたのだろうか。

 その後も私の攻撃はことごとくギリギリでかわされるばかりだった。

 もはや単体への攻撃では埒が明かないと判断し、広範囲攻撃に切り替えることにした。


 槍の触媒が二つ光る。

 そして魔法を放てば、試験会場全体が突風に見舞われた。

 しかしそれだけではダメージはない。

 更に魔法を放ち、複数方向から雷撃を走らせる。


「ひぃ!」


 聞こえてきた声に思わず眉をひそめた。

 まるで怯えたような声。

 殺さないことが条件にあるとはいえ、Bランクの試験ならそれなりに経験のあるものが据えられるはずだ。

 この程度の攻撃で悲鳴を上げるなど考えられない。

 何かの作戦なのではないか、と攻撃の手を緩めることはしなかった。


 火球を放ち、当たる直前に爆ぜさせて視界を奪い、再び槍による突きを放つ。


「たんま! たんまだって!」


 槍が当たる既のところで、試験官が両手を上げてそう叫んでいた。

 踏み出した足を無理やりおろして踏みとどまり、槍を収めれば、目の前の試験官は半泣き状態だった。


 この時なんとなく嫌な予感はしていた。

 しかし、これは試験だ。

 めちゃくちゃのことを言われても抗議するつもりだった。


「はあ……、何度も制止したのに……。試験官の指示を無視したから失格ね」

「はぁ?」


 思わぬ言葉に私は言葉を失った。

 制止されたのは先程の一回だけだ。無視した覚えはない。

 それに、これしきのことで半泣きになるとは一体どういうことなのか。

 理解が追いつかず言い返せなかった。


「その判定、おかしいよ」


 いるはずのない第三者の声に私は振り返った。


 場所は広くはない訓練場。

 当然観客席などない。

 訓練場全体を使い切ることを想定していれば、いるとすれば背後にある入り口付近しか考えられない。

 さらに付け足せば、背後に三人分の人の気配があったのだ。


「君たちにはなんの関係もないだろう」


 いつの間にか涙を拭っていた試験官が不機嫌に言い放つ。

 しかし、彼らはそれを鼻で笑った。


「いや、あるでしょ。あんたみたいな奴がいると、俺たちが試験を受けるときに同じ目に遭う」


 だからここで対処する。

 そう言いたげに武器に手をかける三人。


「ふん、自分たちの立場を理解していないらしい。試験を受ける前に資格をなくしてやろう」


 冒険者にとって暗黙の了解とかしている秩序がある。

 ギルド職員及びその関係者は冒険者に対して絶対の権限を持つ、と。


 つまりギルド主催の昇格試験の試験官は、我々冒険者を如何様にも処する権限があるのだ。

 本来どのような意図でそのようなルールになったのかはわからないが、ことを構えることなくこの場で三人、いや、私も含めて冒険者資格を奪うことがあの試験官にはできてしまう。


「やめておきな。Bランクの試験官だ。まともにやり合って勝てるはずがない」


 無意味に未来を奪われる必要はないと制止してみるが、試験官は当然のように口元を歪め、三人のリーダーと思われる少年が口を開いた。


「え? あいつそんな技量ないだろ?」


 後ろに控える二人も同意するようにコクコクと頷いている。


「な、何を根拠に──!」


 不敵に笑っていたはずの試験官は狼狽えていた。

 いや、まさかそんな……。


 ふと先ほどの試験が脳裏を過った。


 ギリギリで避け、青ざめた表情に短い悲鳴。

 何かの策略か何かかと気にしていなかったが、私の動きについて来れなかったのだとしたら──。


「はあ……。なるほど。時間を無駄にした」


 持っていた槍を地面に突き刺す。

 その動きに試験官はひっ、と短く声を漏らしていた。


「さあ、どうするんだい? このまま失格にするなら、上にあんたはまともに戦えないど三流だって報告するけど」

「そ、そんな報告、だれ、誰が信じるか!」

「実力行使してもいいんだけど? 目の前でぶっ飛ぶ様見りゃ、誰だってあんたがへぼだってわかるだろ」


 もはや脅しである。

 先ほどは少しも当てられなかったという事実がある。

 だが、不殺のルールを守るために加減していた節もある。

 魔物相手を想定して挑めば案外簡単に仕留められる気もする。


 試験官は目の前で青ざめ、ガタガタ震えていた。

 それは恐怖故か、羞恥故か。


「で、どうするんだい?」




■■■




 訓練場を出て帰ろうとしたところで先ほどの三人組に声をかけられた。


「あの、もしかして一人?」


 なんだこれは。新手の軟派か?

 一対一ならまだしも男女混合の三人組に訊かれる内容ではない。


 胡乱な目で見ればリーダーの少年が意味を理解したらしく慌てて訂正を入れた。


「い、いや違うんだ。外で待ってる人もいないし、ソロなのかと思って」


 そして仲間内で目配せをしたのち続ける。


「俺たちのパーティに入らないか?」

「断る」


 見たところ、まだ駆け出しのパーティだろう。


 中堅以上の冒険者がソロで活動していれば、ランクの低いパーティから誘われることは少なくない。

 大抵はいっきに大金を稼ごうと高ランクの依頼を受けるためであったり、依頼を楽するためだったりとまともな理由での誘いはない。

 中には強敵に挑みたいだけという命知らずもいる。

 だから、この手の誘いは全て断っている。

 先程の件があるとはいえ、お守りは御免だ。


 私の反応が想定外だったのか、三人はぽかんと固まっていた。

 私はそんな彼らを無視して立ち去った。

 のだが、しばらくして立ち直ったリーダーが追いかけてきた。


「待ってくれ! せめて理由を聞かせてくれ!」


 すがりつく少年に構うことなく歩みながら私は口を開いた。


「大した理由はないよ。ただ、この手の誘いをするやつは、往々にして死に急いでるやつだからさ」

「俺たちは違う! 頼む、戦力が足りないんだ!」


 三人を見やれば、リーダーの少年は剣士、後ろに控える大柄な青年は盾役、その隣にいる少女は魔術師と言ったところだろう。

 バランスが良いように見える。


「問題ないように見えるけど」


 私の回答に少年は首を振る。


「そこらにいる魔物なら問題ない。けど、いざという時、俺たちには瞬発力がない。速さだけならなんとかなっても、その時は仕留める力がない」


 つまり、スピードを取るかパワーを取るか選ばなければならない。

 自分たちはどちらか一方という選択はしたくない、ということか。


「私が入ったところでさして変わらないだろう」

「いいや。あんたは俺たちに足りない全てを持っている。だから、俺たちの力になってほしい」

「…………」


 ため息も出ない。自分たちの益ばかりで見返りを示していない。だが──


「わかった。一回だけだ。その一回で私に死にたがりではないことを示すんだね」


 自分たちにとって都合の悪いことを隠そうとしなかったその誠意には応えるべきだろう。

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