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王宮奇恋怪異譚  作者: 埴輪庭


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21/26

21.調査

 ◆


 ダグラスは卓上に広げた書簡を眺めた。


 ルキウスの名と宰相ジャハールの連名で、限られた関係者に宛てた内報。事件の公開に先立ち、主だった者に事前に知らせる──宮廷ではよくある手順だ。


 ダグラスはもう一度最初から読み返した。


 クレメントは王太子の側近として王城に出仕していた。粗暴な面こそあったが実直であり、正義を愛する青年であった──。


 ダグラスは読点のところで目を止めた。正義を愛する。まあ他に書きようもないだろう。少なくともジャハールの筆はそう書いた。死者に悪名を着せるにしても、まず人品を持ち上げてから落とす。宰相の文体だ。


 ──クレメントは王太子の身辺に仕えるメイドのエーリカに恋慕の念を抱いていた。想いは返されず、ついに力に訴えたが、結果としてエーリカは城を去るに至った。


 ダグラスの親指の腹が顎を撫でた。じょり、と短い感触が返る。


 ──側近フェリクスは友の暴挙を事後に知った。恥と自責に苛まれ、心を病み、やがて体も病んで亡くなった。それをしったクレメントはついに狂い、此度の事件に至った。


 ──王太子ルキウスは事後に全容を把握し、遺族への弔慰、並びにエーリカの所在確認と今後の処遇について宰相に一任した。


 ダグラスは書簡を卓に置いた。紙の端が燭台の灯りに照らされて薄い影を落とす。


 筋は通っている。


 辻褄も合っている。


 粗暴だが実直な男が恋に惑い、罪を犯し、その罪に耐えきれず狂を発した──なるほど、分かりやすい。同情を誘いもする。クレメントは死んだ。口はない。フェリクスも死んだ。口はない。全ての瑕は死者に集まり、生きている者の手は汚れない。


 まあ──よく出来た草案だとは思う。


 だが。


 ダグラスは暖炉の炎を見つめた。何処か気に食わない。何がどう気に食わないかはダグラスにも判然としないが、気に食わないものは気に食わないのだ。


 ダグラスがこの()()()()()()をえっちらおっちらと言語化しようとしていると──


 ノックの音。


「入れ」


 失礼いたします、と入ってきたのはアレシアであった。おそらくは書簡の件であろうとダグラスは思う。


「読んだか」


「はい」


 アレシアは短く答え、椅子に腰を下ろした。常と変わらぬ様子だ。しかし、どうにも──


 ──()()()()()


 そう、アレシアは落ち着きすぎていた。仮にも人が二人死んだ事件、それも婚約者の側近の死に対して、なんとも思っていないかの様だ。


「──お前はどう思う」


 アレシアの目が書簡の上を一度だけ滑った。


「当座の筋は通っておりますし、宮廷としても収まりのよい形かと思います」


 通り一遍の答えだ。ダグラスはそれを待った上で黙っていた。アレシアは紅茶に手を伸ばし、ダグラスの杯に先に注いだ。立ち上る湯気が燭台の灯りを柔らかく揺らす。


「お父様は」


「儂か。まあ──筋は通っている。辻褄も合っている。よく出来た文だとは思う」


「だが……?」


「だが、とは言っておらんぞ」


「お顔に書いてございますもの」


 ダグラスは娘に表情を読まれるようでは毒蛇の名が泣くな、と鼻を鳴らした。


「──お前は何か思う所があるようだな」


「……お父様」


「うむ」


「フェリクス殿とクレメント殿の殿下とのご関係はどのようなものだったのでしょう」


 ダグラスは少しだけ目を細めた。


「お前も知っているはずだが……」


「お父様がどう考えているかも知りたいのです」


「そうか。まあ……腹心、と言ってよいだろうな。側近の中でも特に近い。家の格としてはフェリクスが宰相の倅、クレメントが軍務卿の倅だ。王太子の周囲にこの二家の嫡息がつくのは古くからの慣例のようなものでな」


「側近であり、腹心であり、友人のようなものですね」


「世間ではそう呼ぶだろう。儂もそう認識している」


「私が思う彼らの関係もそのようなものです」


 ダグラスは黙った。


「ですが殿下は、そんな側近を、腹心を、友人を()()事ができなかったのですね」


 凪いでいる──アレシアは、凪いでいる。


 この静けさに、ダグラスはふとかつての政敵の事を思いだした。


 ──血は争えんな。あの男もそうだった。何かを決断する前、あの男は奇妙な程凪いでいた。


 ややあって、アレシアが「お父様」と口を開く。


「うむ」


「エーリカという名のメイドの事を──調べてもよろしいでしょうか」


「何を知りたいのだ」


「顛末を。エーリカは城を去った。──ではその後はどうなったのでしょう。何処へ行ったのか。今どうしているのか。生きているのか、それとも」


 最後の一言に妙な確信が込められている。


 ダグラスは暖炉の炎を見つめた。薪が一つ崩れ、小さな火の粉が舞い上がる。


「──地元に戻った、という話をジャニス殿から聞きました。ならばそこへへ向かい、直接話を聞けば良いと考えています」


 ダグラスは間髪入れずに答えた。


「いかん」


 即答である。


 アレシアの目がわずかに開いた。


「……お父様」


「聞け」


 ダグラスは椅子に深く背を預けた。暖炉の灯りが横顔に陰影を刻んでいる。


「エーリカの件を調べること自体には異論はない。儂もそのつもりでいた。あの書簡は筋が通っているが──筋が通りすぎている事は、まあ、お前も感じた通りだ」


 アレシアは黙って頷いた。


「だが今は動くな」


 ダグラスの声が一段低くなった。


「殿下の公開を以て、宮廷はこの件を収束したものと見るだろう。儂もそう見たいところだが──儂の勘ではまだ終わっていない。さらにいえば、誰がどう動けば、どこにどんな影響が出るか、今の段階では分からんのだ」


「しかし──」


「聞け。ルキウス殿下の周囲にいた二人が立て続けに死んだ。一人は狂い、一人は病んだ。今は見えていない札が多すぎる」


 ダグラスの目がアレシアを捉えた。


「お前もルキウス殿下の周囲にいる人間だ。婚約者という立場は、側近と同じか、それ以上に近い。──分かるな」


 アレシアの手が杯の上で止まった。


「しばらく王城へ行く事は禁ずる」


「──はい」


「無論、件のメイドの地元へお前が出向く事も言語道断だ」


 アレシアの唇がわずかに動いた。何か言いかけて──飲み込んだ。


 ダグラスは娘の顔をじっと見た。


「お前を()()ためなのだ。呑み込め」


 長い間があった。暖炉の薪が爆ぜる音だけが部屋を満たしている。


「……はい」


 すんなりとアレシアは頷いたが──。


「ですがお父様」


 と重ねて来る。ダグラスにはアレシアが何を言い出すかすでに予見出来ていた。


「うむ」


「調査はしていただけますね」


「ああ。儂の方で手を打つ。信の置ける者を遣わせよう」


「ありがとうございます」

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