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王宮奇恋怪異譚  作者: 埴輪庭


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13/26

13.そういう事

 ◆


 公爵家の門をくぐったのは日が落ちてからだった。


 馬車を降りると、玄関の扉がすでに開いている。ダグラスが自ら出迎えに来ていた。──自ら、というのが良くも悪くもこの男らしい。使用人に任せておけば良いものを、娘が城から帰るたびに玄関まで出てくる。以前はそうでもなかったのだが、あの夜──アレシアが門前で倒れた夜からこんな風な様子だった。


「おかえり」


「ただいま帰りました、お父様」


「どうだった」


「色々とお話したいことが。──夕食の席でよろしいですか」


「うむ」


 ダグラスの目がアレシアの背後のマルタに一瞬だけ向き、すぐに戻った。マルタは黙礼して下がる。ダグラスもそれ以上は何も言わなかった。玄関で話す内容ではないと互いに分かっている。


 ◆


 夕食は食堂で取った。


 公爵家の食堂は広いが、使っているのは長卓の端だけだ。向かい合って座ると皿が三つ四つ並ぶ程度の距離感で、これはメリッサが生きていた頃からの習慣だ。メリッサは「端と端に座って大声で話すのは馬鹿げている」と言って譲らず、ダグラスもそれに従った。メリッサが亡くなった後も配置だけが残っている──まあ、ダグラスとしても娘と話すときに叫び合うような距離で食事をしたくはないだろう。


 スープが運ばれ、パンが切り分けられ、使用人が下がる。二人きりになると、ダグラスが顎の下に親指を当てた。


「さて」


「はい」


「聞こう」


 アレシアはスプーンを置いた。


 まず、ジャニスから聞いた話を伝えた。フェリクスやクレメントとメイドの関わりについては情報がないこと。城内にメイドの魂が彷徨っているという噂があること。ジャニス自身が調べたが、霧を掴むような話で手に余ったこと。


 ダグラスは黙って聞いていた。顎の下を親指で擦る仕草が、話の節目ごとに繰り返される。


「──うむ」


 相槌は短い。だが聞いていないわけではない。聞いている時のダグラスは目が動く。視線がアレシアの顔と、卓上の何もない一点を行き来する。何もない一点を見ている時は、頭の中で情報を配置しているのだ。


「それから、ルキウス殿下に懸想したメイドがいたと」


「懸想か」


「お召し替えの折にお傍に上がることが多かった若い娘で、暇を言い渡されたそうです。主家への想慕は奉公の妨げになる、と」


「よくある話だな」


「ええ。今は地元に戻ったとか──ジャニス様はそこまでしかご存じないと」


「そうか」


 ダグラスの親指が顎の下で止まった。止まったまま、しばらく動かない。


「……()()()()()()、か」


 低い声だった。独り言に近い。アレシアは口を挟まなかった。


「──うむ。他には」


「もう一つ。西翼のことです」


 ダグラスの目がわずかに細くなった。


「今日、マルタと一緒に西翼の廊下を歩きました」


「ほう」


「あの冷気──私だけではなく、マルタも感じていました」


 親指が再び動き出す。じょり、じょり、と顎を擦る。擦りながら、ダグラスは視線を卓上のパン皿に落としていた。


「マルタを呼んでくれるか」


「はい」


 アレシアが席を立ちかけると、ダグラスが片手で制した。


「呼び鈴で良い」


 卓の端に置かれた小さな鈴を鳴らすと、ほどなく扉が開いてマルタが入ってきた。食事の時刻だ、下がっているのが普通だが──廊下で控えていたらしい。


「マルタ」


「はい、旦那様」


「西翼のことだが」


 ダグラスの声は穏やかだった。詰問の調子は微塵もない。ただ、目だけが真っ直ぐマルタを見ていた。


「お前も感じたのか」


 マルタは一拍だけ間を置いた。


「……はい」


「どう感じた」


「冷えました」


 それだけだった。マルタらしい。だがダグラスはもう少し待った。待つ、という行為がこの男は上手い。沈黙を差し出すことで、相手の口から言葉を引き出す。


「……隙間風の類ではないと──()()申しておりました」


 マルタの声は低く、硬かった。事実を述べているのだが、その事実を自分でもまだ呑み込めていないような硬さだった。


「うむ」


 ダグラスは頷いた。頷いて、マルタを下がらせた。扉が閉まる。


 食堂に二人が残った。


 スープはすっかり冷めている。ダグラスはそれに手をつける気配もなく、椅子の背にもたれて天井を見上げた。それからしきりと首を回す。大分凝っている様だ。


 ──お父様ったらまた変な姿勢で書を……


 そんな事を考えるアレシア。ダグラスには猫背というか、背を丸めて書を読む悪癖がある。


 やがて──


「儂も行ってみるか」


 呟きだった。アレシアに向けたというより、自分に向けた声だった。天井の梁を見つめながら、親指で顎を一撫でする。


「そして、名目は──」


 独り言が続く。アレシアは黙って聞いていた。父がこういう風にぶつぶつと呟き始める時は、頭の中で段取りを組んでいる最中だ。口に出しているのは思考の尻尾のようなもので、途中で口を挟むと尻尾が千切れる。


「アレシア」


「はい」


「西翼は随分冷えるのだな?」


「ええ。尋常ではありません」


「うむ」


 ダグラスが椅子の背から体を起こした。顎から親指が離れる。


「名目は隙間風の確認で良いな」


 言い方が変わっていた。先ほどまでの呟きではない。結論が出た後の、確認の声だ。


「古い城には隙間風がつきものだ。王妃教育に通う娘が冷えると言っている。冷えるならば補修をせねばなるまい。補修をするならば城大工を呼ぶ必要がある」


 ダグラスの口調が滑らかになっていく。まるで誰かに説明しているかのような──いや、これは頭の中で既に完成した筋書きを口に出して最終確認しているのだ。


「しかし昨今、国庫も余裕があるわけではない──が、あの西翼はハロルド誠心王の時代に建てられた由緒ある一画だ。朽ちさせるわけにもいくまい。公爵家から幾らか支援をできれば良いのだが……まあそれにしたところで、まずは当主たる儂が現地を視察せねば話が始まらん。金は儂が出すのだからな。まずは儂が納得せねば」


 アレシアは黙って父の顔を見ていた。


「──そういう事だ」


 ダグラスが独り言を止めた。アレシアのほうを向く。


 悪戯っぽい目をしていた。読書家で、穏やかで、肩が凝りやすくて、娘に弱い──その父の顔の中に、貴族たちが畏れる蛇の目がちらりと覗いた。ほんの一瞬だけ。


「分かったな?」


 アレシアはくすりと笑った。


「ええ、お父様。──分かりました」


 マルタが扉の向こうで小さく息を吐いた音が聞こえた気がしたが、まあ気のせいだろう。

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