想い言葉
LMCに着くと、いつも通り涼香さんとシャーロットがいた。
「レンくん、おかえり」
「ただいま」
今日は、ただいまを軽く言えた気がした。
なんとなく座って、深呼吸してから口を開いた。
「あの、ちょっと話してもいいですか」
涼香さんがモニターから顔を上げた。シャーロットがシダの横からこっちを見た。
「はい、どうぞ」
「ハジメに彼女ができたみたいで」
「おお」とシャーロットが言った。
「腕組んで歩いてました。すごく楽しそうで」
「よかったじゃない」と涼香さんが笑った。
「はい。よかったなって思いました。思ったんですけど、なんか同時に寂しくて」
「寂しい」
「うん。なんでか分からないんですけど」
シャーロットがうなずいた。
「それは自然なことじゃ。友が幸福を得ると、己の立ち位置が見えるからのう」
「立ち位置」
「うむ。嬉しい気持ちも、比較もあろう。いろいろなものが見えるのじゃ」
「ああ、そうかも」
涼香さんが少し笑って言った。
「レンくんもそんな感情あるんだね」
「え、どういう意味ですか」
「ちょっと意外かな。いつも飄々としてるから」
「そうじゃな。溜め込むより話したほうがスッキリするのじゃ」
そっか、話していいんだ。
少しだけ間があった。
「もう一個、いいですか」
「うん」
「ミドリ先輩のことなんですけど」
涼香さんとシャーロットが、少しだけ顔つきが変わった。
そんな気がしただけかもしれない、僕の言葉を待ってくれた。
「この前、夜、たまたま見かけたんです。ミドリ先輩が、知らない男の人と歩いてて」
涼香さんが目を少し開いた。
「男の人と?」
「はい。背が高くて、髪が短くて、知らない人でした。距離が近くて、なんか、慣れてる感じで」
シャーロットも驚いた顔をしていた。
「それは、初耳じゃ」
「初耳ですか」
「うむ。ミドリからそんな話は聞いておらぬ」
涼香さんが少し考えてから言った。
「ミドリから、なんとなくは聞いてたの。男性に対して、自分でもよく分からない反応が出るって。でも、誰か特定の男性と会ってるとは聞いてなかった」
「そうなんですか」
「うん。その話はちょっと驚いたかも」
僕は葉水の手を止めた。
「僕、それを見て、最初はショックだったんです」
「ショック?」
「はい。でも、男の人と一緒にいたことというより」
「というより?」
「僕が嫌われてたのかなって。咄嗟にそう思えて、それがショックで」
言葉にしたら、胸の奥が少し痛かった。
でも、前にソラに話したときより、痛みが小さかった。
「涼香さんたちに男性全般って聞いてたのに、あの距離で歩いてたから。じゃあ男性全般じゃなくて、僕だけなのかなって」
シャーロットが首を振った。
「本当にそうかの」
「え」
「妾はミドリの気配をずっと見ておるが、レンを嫌っている気配はない。一度もない」
「でも、実験中止って」
「それと嫌いは別じゃ」
涼香さんもうなずいた。
「レンくん、私もそう思う。ミドリはレンくんを嫌ってないわ」
「そうですか」
「本当のところは私にも分からない。でも、ミドリがレンくんを避けてるのと、誰か別の男性と歩いてたのは、別の話かもしれない」
「別の話」
「うん。繋げて考えたくなるのは分かるけど、別かもしれない」
僕は少し黙った。
「でも、そう感じたこともないこともないんです」
「そう感じたことも?」
「嫌われてるかもって。前から、あまり目を合わせなかったし」
涼香さんが少しだけ首を傾けた。
「ふふ、そう言えばそうかも」
「はい。目が合うと逸らしたり」
「ほう」
シャーロットが笑った。
「お主、それは勘違いというものじゃ」
「そっか、じゃあいっか」
涼香さんが小さく笑って、それから少し真剣な顔になった。
「レンくん。私からもう一回、ミドリに聞いてみるわ」
「はい。でも、無理に僕に伝えなくてもいいですから。もう大丈夫です」
「ううん。今回は、少し聞き方を変えてみる」
「聞き方」
「うん。ミドリが誰かと会ってるっていう情報があるのとないのとでは、聞き方が変わるから」
「涼香さんにお任せします」
「うん。任せて」
シャーロットが立ち上がって、僕の肩をぽんと叩いた。
「レンはええ人間じゃ。それを知ってれば良い」
「シャーロットはいくつですか」
「女子に歳を聞くもので無い。そういうとこじゃぞ」
「シャーロット」
「うむ」
「ありがとうございます」
「うむ。15じゃ」
「え、年下ですか」
「うむ。これからはリードするのじゃぞ」
僕はシダの方を見た。シダは何も言わなかったけど、なんとなく、葉が揺れた気がした。
帰り道、空は少し赤かった。
「ソラ」
「はい」
「話せた」
「はい」
「全部じゃないけど、話せてなんかスッキリした」
「そうですか」
「ソラにも、ありがとう」
「私は何もしていません」
「整理してくれたから話せたんだよ」
「それはレンさんが話すと決めたからです」
「……うん、そうだね」
空の赤は、少しだけ深かった。




