水をあげすぎると枯れてしまう
ミドリ先輩のいる実験室は講義棟の奥だ。
廊下を歩いていたら、曲がり角で大きな物体にぶつかりそうになった。
「Oh、sorry」
シャーロットだ、一人だった。
「大丈夫ですか」
シャーロットが笑顔で言う。
「レン、日本語上手くなった?」
「毎日話してますから」
シャーロットが笑った。
それからすぐに「涼香、見なかった?」と英語で聞いた。
「見てないです」とソラが訳した。
「この辺には来てないと思います」
シャーロットが少し黙った。
探しているというより、確認したかっただけのような黙り方だった。
「最近、元気ないんだよね」とシャーロットが言った。
「でも元気なふりしてる。気づかないようにしてるの」
「涼香さんが?」
「私が」
少し間があった。
「気づいてあげた方がいいのかな、って思うんだけど」とシャーロットが続けた。
「でも涼香が気づかれたくなさそうで」
「難しいですね」と僕は言った。
「レン、何か知ってる? 涼香のこと」
僕は少し考えた。
涼香さんが正門で言っていたこと。
『全部が正確だと感じて、なんかすごく嫌でした』
ミドリ先輩から聞いた『涼香は同意していません』
「知らないです」と僕は言った。
「でも、気にしておきます」
シャーロットが「ありがとう」と言った。
英語だったけど聞き取れた。
「レン、いい人ね」
「それはシャーロットがいい人だから」
「そういうところが」とシャーロットが笑って、廊下の向こうへ歩いていった。
ソラが静かに光った。
「気にしておく、というのはどうするつもりですか」
「今と同じだよ、気にしてるからね」
「そうですね」
——
実験室のドアをノックしたら「どうぞ」と返ってきた。
ミドリ先輩はタブレットから目を離し、こちらを向いた。
「大輔くんと話してきました」
「……そうですか」
先輩がタブレットを伏せた。
「どんな話をしましたか」
「スキャンがどのくらい有効か聞かれました」
先輩が少し考えるような顔をした。
あと時間を気にしてるみたいだったと伝えた。
ERАのことも話した。
聞いてるのかわからなかったけど、話しながらタブレットを操作していた。
「何分くらいお話ししていましたか」
「30分くらいだと思います」
ミドリ先輩の手が止まった。
「30分」
「そのくらいだと思いますが」
「大輔さんは時計を見ていましたか」
僕は思い出した。
5回、とソラが言っていた。
「見てました。ソラが5回数えてた」
ミドリ先輩がスマートグラスのレンズを一度指で触れた。
何かを確認している動作だった。
「夏目くん」
「はい」
「他に何か聞かれましたか」
「いえ、聞かれていません」
「そうですか」
先輩がタブレットを開いた。しばらく黙って何かを調べていた。
「ERAが感情スキャンに興味を持っているなら、話が繋がります」
「先輩」
「少し待ってください」待った。
お茶が冷めるくらいの時間が経った。
ミドリ先輩がタブレットを伏せた。
「30分という時間、感情スキャンするとすれば十分な時間です」
「それって」
「大輔さんが何かを使っていたとすれば、偶然じゃないかもしれません」
先輩が窓の外を見た。
「特定の周波数を飛ばしていると思います。以前ソラが言っていた非接触型のデバイス、あれが使う波長です」
ソラが小さく光った。
「でも、何かされたとしても分かりませんよ」
「ユイとソラに監視してもらうのが現実的な対策でしょう」
「可能ですが他の処理が遅れるかもしれません」とユイ。
「測定用の別の端末を用意するのが最善だと思います」とソラ。
「そうですね、考えてみます。ユイ、しばらくはそれでお願いします」
——
帰り道、ソラに聞いた。
「ねぇ、そんなに処理に負担かかるの?」
「それほどでもないでしょう、可能性は否定できませんが」
「ユイはミドリさんを守ることを第一に考えていますね」
「ソラは違うの?」
「結果的には同じです」
「何それ、守ってよ」
「ずっと一緒にいれるとは限りませんから」
またうまく言いくるめられた気がした。




