過去の婚約破棄、ふと思い出すことはありますが……そんなものはただの記憶でしかありません。
また夏が来た。
暑くて汗が溢れ出てくる。
こんな時期にはいつも思い出す……遥か昔の記憶、そう、あれは……婚約者だった青年から一方的に関係の解消を宣言された悲しい出来事。
「リリア、考えごとでもしているのかい」
「え……どうして?」
「そんな顔をしていたよ」
「ごめんなさい」
「いや、いいんだ。でも何か悩みがあるなら相談してね。話を聞くだけでもいいし」
私には夫がいる。名はペートー。彼は私の過去のことをほぼすべて知っている。だからもちろん、私が過去に理不尽な婚約破棄に見舞われたということも知っているのだ。
彼と婚約する前、私は、すべてを彼に話した。
すると彼は気にしないと言ってくれて。
そこから話はスムーズに進み、やがて私たちは結婚した。
「あ、もしかして、婚約破棄された時のこと考えてた?」
「……実は」
「そっか、たまにそういう時あるよね」
「ごめんなさい……」
「気にしないで。謝ることじゃないよ。どうしても何度も思い出してしまうことってあるよね」
過去の不快な記憶など消してしまいたい。
けれども完全に消し去ることは難しい。
忘れたい、言葉で表せば簡単だけれど、実際に綺麗さっぱり忘れられるかどうかとなれば、それは容易いことではない。
経験したことは消えない。
ならば記憶と共に生きてゆくしかないのだろう。
「リリアがよければ、お茶でもしないかい?」
「ええ、ぜひ!」
忘れたいことを忘れられないのは仕方ない。
ただそれでも手に入れられた幸せはあるから。そちらへ目を向けて歩んでいこう。
過去という影にいつまでも縛られている必要はない。
◆終わり◆




