シグウェル防衛戦 その1
話として長くなりそうなので、サブタイトルを連番にします。
まずは伯爵に兵力を確認する。人口1万のシグウェルの街に常駐する騎士は100人ほど。20人ごとの中隊4つと偵察隊に分かれている。
中隊長4人が、伯爵のもとで報告を整理していた。
「民兵として志願してくれるのは923名、槍は何とかなりますが防具は胴部分の簡単な物しか無理そうです」
「5つ目の野営地が判明しました。徐々にシグウェルに近づいている模様」
「物見櫓は七割ほど、既に一人は監視が置けるようになっています」
「防柵はまだ二割にも満たない長さで、強度も足りていません」
防衛に向けた幾つかの報告に、それぞれが頭を悩ませる。
現在のところ、敵の規模もわからず、野営地に仕掛けるにも人手が足りていない。
まずは穀倉地帯の西に防柵と櫓を作って、守りを固めている段階だ。
民兵として志願した者も、物資の不足や元々の仕事もあって、軍としては機能していない。
幸いな事は、銀山の開発が進んだおかげで、金銭的には余裕があることだろう。
「傭兵は雇いたくないしな」
伯爵がつぶやく。
戦を請け負う流れの兵士、戦力としては頼りになるが、素行が悪い者が多く、駐屯させると町民との摩擦が生じやすい。
「各員、それぞれに作業を進めてくれ」
「「ははっ」」
騎士隊長達は、各自の持ち場に戻っていった。
伯爵のところで現状を確認した俺は、自宅へと戻った。そこにはセイラとルカが何やらヒソヒソと話している。
「どこ行ってた意気地なし」
「は?」
「ルカさん、しーっ」
いつの間にかルカと仲良くなったのか、セイラが何かを相談していたらしい。様子から俺も関わる事なんだろう。
ただ、今はそれよりも優先すべきことがある。
「ルカもいるなら丁度いい、実は……」
オーガの侵攻計画からシグウェル防衛戦について説明した。
「なるほど、森の中を魔物が侵攻か」
「あのクラスのオーガが5匹となると、かなり大変ね」
説明を聞く間に、二人はゲーマーとしてのスイッチが切り替わっていた。
「まずは情報が大事だな。野営地を張り直しながら近づいているとして、あと何日の猶予があるか」
「街の戦力も明確にはわからないわよね。隊長クラスの実力を知りたいわ」
「メイを借りるぞ。森の中を探索する。お前は最初の街に行って、暇そうな冒険者を見つけてこい」
言うなりルカはメイを連れて席を立つ。
「私も伯爵に会いに行って、戦力の確認をしてから、街に行くわ」
セイラも走っていった。
俺はとりあえず唯一の知り合いであるマーカスのショップへとやってきた。
日本サーバーと違って、競合他社が無い分繁盛しているらしい。
『動く人形』の周りに人だかりができていた。最新の衣装を人形に着せて、接客させるのはかなりの集客力らしい。
当のマーカスは、男性キャラクターの採寸を行っていた。ゲーム内なので、ある程度は勝手にフィットするはずだが、ある種のこだわりなのだろう。
「あ、ケイちゃん。いらっしゃい」
採寸が終わって顔を上げたマーカスと目が合った。仕方なく小さく手を振ると、周囲から歓声が上がった。
「Slver Pristin!」
「Very cute!」
何やらコスパーとして認識されたらしく、映像結晶を構えた男達に囲まれた。
「Stop! She is my guest. don't take a picture!!」
マーカスが割って入って、俺を連れ出してくれた。俺を囲んでいた客達も、マナーは良くてすぐに映像結晶をしまってくれた。
「僕の店で勝手はさせないぉ、キリッ」
白い歯を見せてのサムズアップ。まあ、今は確かに格好いいところなのだろう……が、どこか滑稽さを伴っているのがマーカスか。
「サユリ、カヨコ、パターンシグマ。フォーメーションデルタ」
「了解、マスター」
『動く人形』に指示を出して、マーカスは俺を連れて店の奥へと引っ込んだ。日本サーバーにはなかった接客スペースが用意されていた。
「で、何か用事なんだぉ?」
「用事ではあるんだけど、よく考えたらマーカスはレベルダウンしてるのよね」
マーカスは悪魔として覚醒したシリカを取り戻そうとして、途中でレベルドレインを受けたらしい。戦闘のメインスキルであった槍のスキルは1にまで落ちて、戦闘力がなくなった。
それから多少はレベリングをしていたはずだが、かつての強さには程遠いだろう。
「う〜ん、思ってた以上に本職が忙しくて、戦力としてはケイちゃんより弱いと思うぉ。いったい、どうしたん?」
今拠点にしているシグウェルの街が、魔物に襲われそうな事を説明した。
「なるほど、人数を集めたいならすぐだぉ。店の客に頼んだら一発だぉ」
「え、でも、知らない人達だし、外国の人だし……」
「無問題、みんな紳士なのだぜ。プリスティンの願いは誰も断らないぉ」
プリスティンというのは、今着ている衣装の元キャラなのだろう。さっき叫んでる客もいた。
「ネトゲなんだし、困ったときは助け合うものだぉ」
良い笑顔で諭されると、頷くしか無かった。