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杏の思い出  作者: 神井
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4



夕礼拝が終わり、家路に着いた彼方。



「ただいま。」



返ってくる声はない。



「はあ。」



彼方はため息をついた。



リビングを覗くと、



まだ小学生の和也がいた。



「和也。」



和也は黙々と机に向かい、宿題をしていた。



彼からは小学生特有の輝きが感じられない。



伝わってくるのは無機質さと



どうしようもない暗さばかり。



「お母さんは?」



「病院に行ってる、美月を看に。」



和也はこちらを向かず、淡々と答えた。



母親の話題になるといつもこうだ。



母は病気の妹の世話や仕事精一杯でほとんど自分を構ってくれないからだろうか?



「そう。なら今日もきっと泊まりだね。着替えたらご飯作るから鍋の支度して。」



彼方は和也たちの母親とは血の繋がりがない。



彼方の父はオーケストラの指揮なども務める音楽家で、実母はピアニストだった。



父は彼方が生まれる前から、彼女を音楽の道へ教育するつもりだったらしい。



彼方が2歳になったら声楽を習わせ



3歳の誕生日からは一日中ピアノの前に縛りつけ



それはそれは厳しい練習をさせていた。



実母はそれを残酷だと嘆き、父に抗議したことから夫婦仲が険悪になった。



最終的に父は「そんなに嫌なら出ていけ」と吐き捨てて、母は泣く泣く家を出ていった。



彼方が4歳のときだった。


その3年後、父は再婚した。



彼方と15しか違わない若い女と。



彼女の目には甘え下手で無愛想な彼方は「可愛くない子供」と映った。



彼方は彼方でこの新しい母に違和感を持った。



それで親子らしい関係を築けるわけはなく、



二人は同じ屋根の下に居ながらお互いを避けていた。



先天性の心臓病を持つ妹、美月が生まれてからはさらに面倒なことになる。



義母は美月の世話で手いっぱいになり、



自然に和也の面倒は彼方がみることになった。



当然、和也は義母より彼方に懐く。



義母はそれが面白くなかった。



なぜ自分が腹を痛めて産んだ息子を赤の他人の彼方にとられなければならないのか。



そんな矢先、父親が飛行機事故で亡くなった。



ウィーン出張の帰りでのことだった。



このとき彼方は中学2年生。



本当ならここで二人は手を取り合わなければならない。


一家の大黒柱である父が亡くなったのだ。



不和になっている場合ではない。



…しかし、この家庭は逆だった。



今まで間にいた父がいなくなったことで、



お互いの不満にブレーキが効かなくなった。



ある日、義母が和也の破れた体操着を繕おうとしたときのことだった。



和也は「彼方の方が上手いから彼方にやってもらう」



と言った。



この言葉に義母は怒りを爆発させた。



怒りの矛先は和也ではなく、台所で夕飯の支度をしている彼方に向いた。



義母は家が壊れそうな勢いで台所に突っ走り、鬼のような形相で彼方に怒鳴りつけた。



「あんた、赤の他人のくせに何様なの!?なんで母親の私が和也にこんなことを言われなきゃならないのよ!あんたが和也をそそのかしたんでしょ!あんたは私から和也を盗った!この盗っ人ギツネ!」



この義母の言葉に彼方は頭に血が昇った。



何を言ってるんだ、この人は。



なんて理不尽な。





ぶちキレた彼方は



手に持っていた果物ナイフを思いっ切りザクッとテーブルに突き刺し、



ツカツカと自分の部屋へ退いて行った。



この様には和也もわなわな震えていた。



これきり彼方と義母は口を利くことはなかった。



彼方の中に、ありありと憎しみが湧き、



絶対和也をあの女に渡すもんか、と胸に誓った。





彼方にとって家庭は安らぎの場所ではなかったのだ。








続く。

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