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1章ー7 異形な力

牢獄には男とエメラ、ダンテの2人と1匹だけになった。

 

 扉の閉まる音が消えると、静寂が落ちた。遠くで水が滴る音。松明の炎が揺れる音。それだけが、この空間に残された音だった。

 

「それで? 俺に会いたかった理由は何なんだ? 何を話してくれるんだ?」

 

 男はエメラをじっと見つめた。

 

「旦那、あんた……ただの冒険者じゃありませんねぇ」

 

 その言葉を聞き、エメラの表情がわずかに曇る。エメラの悪い癖だ、すぐ顔に出てしまう、とダンテは肩でそのやりとりを聞いていて思った。

 

「何だって?」


 エメラは平静を装い聞き返す。

 

「いやぁね、旦那の魔術の使い方」

 

 男は興味深そうにエメラを見つめた。

 

「今の主流になっているものと違いましてねぇ。札を使う、魔法陣を使う。簡略化され、マナを使い魔術の行使は瞬時に行われる。それが現代の魔術師の常識ですねぇ」

 

「旦那は……どこで、その、詠唱術を学んだんですかい?」

 

 男の目が鋭くなった。

 

「そして、なぜ魔法陣を使わずに魔法を行使できるんですかねぇ? あの地這い蛇、種弾……見てはいやせんが回復まで。あれは明らかに高度な魔術でさぁ。しかも、魔法陣なしで、詠唱だけで発動させた。普通じゃありやせん。旦那は……何者なんですかい?」

 

 牢の中に沈黙が落ちた。

 

 エメラは答えるべきか、黙っているべきか、迷っていた。ダンテはエメラの足元で、じっと男を見つめている。

 

「……答えられない、ということか」

 

 男はそうつぶやくと、小さく笑った。

 

「まあ、無理に聞き出そうとは思いやせん。誰にでも秘密はありやすからねぇ」

 

 牢獄の中で沈黙の時間が過ぎていく。

 

 おもむろに男が話し始めた。

 

「これはあっしが以前出会った冒険者の話でして。そうですねい、若いころは見分を広めるため各地を回って魔獣討伐依頼を受けたり、遺跡を回ったり、傭兵みたいなこともやってましてね。まあ、いわゆる特段変わりない普通の冒険者生活を送っておりやした。魔術師という職を選ぶ位なので知識欲は人一倍ありましてねい。魔術に対する知識や、世界の歴史等も結構造詣が深いとは自負しておりやす」

 

「それを前置きとして」

 

 男は一度間を置いた。

 

「あっしが今からする話は、大体20年ほど前にさかのぼります。その時はトレシアの街にいましてねえ、分かりますかい? セレスヴァルト大陸西方の港町ですがねい」

 

「……いや、行ったことはないな」

 

「そうですかい、まあ、いいところですぜい。食い物も酒も美味いし、治安もしっかりしてまさあ。特にオススメの観光スポットはですねい」

 

「食い物?」

 

 ダンテが突っ込む。

 

「耳ざとい猫ちゃんですねい。ともかく、あっしがそこで滞在中に魔獣の群れがいきなり出現したんでさあ」

 

 エメラとダンテの顔色が変わった。2人は顔を見合わせた。

 

「通常なら街に常駐している警備隊、国から派遣されている兵士達で対処するんですがねえ。一つ一つの個体が異常な強さでしてねえ。警備の部隊が壊滅してしまい、国からの追加の軍隊が派遣されるまでの時間稼ぎとして、あっしら冒険者が集められて戦線に投入されたんでさあ。緊急の集結にしては結構な数の冒険者と強者たちがそろったと思いやすぜ」

 

「しかし」

 

 男は拳を握りしめた。

 

「魔獣の群れは強かったんでさあ」

 

 目を閉じ、当時の光景を思い出すように語り始めた。


 


◇ ◇ ◇

「くそっ、また1人やられた!」

 

 弓使いの男、ロイが叫ぶ。矢筒の中はもう空だ。

 

「なんなんでいあいつらは!!」

 

 若かりし日の魔術師は吠えた。手元に残った札はあと数枚。魔獣たちの数もさることながら、一体一体が異常な強さで、集まった冒険者たちを次々に薙ぎ払っていった。

 

「エイル・セル・イグナ(火炎連弾)!」

 

 魔術師は札を投げ、火球を放つ。魔獣の一体に命中し、怯ませる。だが、致命傷には至らない。

 

「ちっ、硬えな!」

 

 50人ほど集められていた冒険者たちで二本の足で立っているものはもう半数にも満たない。地面には倒れた仲間たちが転がっている。死んでいる者、瀕死の者、様々だ。敵の数も減らしはしたが二割程度。単純計算で全滅するのは時間の問題だ。

 

「右から来るぞ!」

 

 槍使いの男、オルガが叫び、魔獣に突きを繰り出す。だが魔獣は槍を牙で噛み砕き、男の肩に爪を叩き込んだ。

 

「ぐあああ!」

 

 男が倒れる。

 

「しっかりしろ、オルガ!」

 

 重装備の女戦士が駆け寄り、大盾で魔獣を弾き飛ばした。

 

「まだ動ける! 心配すんな、ベルタ!」

 

 オルガが歯を食いしばって立ち上がる。

 

「魔術師、何か状況を打開できるような広範囲の魔術はないのか?」

 

 そう話しかけてきたのは剣士だ。長剣を構え、魔獣と渡り合っている。血まみれだが、その動きはまだ鋭い。忘れたが確か二つ名がつく程度には有名で、武勇もいくつか聞いたことがある。「疾風の刃」とか、そんな名前だったか。

 

「手持ちの札はあらかた使いきってしまいやしたぜい。魔法陣を書く隙もありやせんし、そもそもマナが殆ど空っぽでさあ」

 

「マナが無い魔術師なんてクソの役にも立たないわね」

 

 後ろから声がする。短剣を両手に持った女冒険者だ。顔は可愛かったから名前は憶えている。確か……そうだ、リエリだ。

 

「面は可愛いのに言動は可愛くないですねい」

 

「事実を述べたまででしょ」

 

 リエリが魔獣の目を短剣で突き刺し、飛び退く。

 

「で、どうすんの魔術師のおっさん。この状況、打開策とかはないわけ?」

 

「ん~……尻尾巻いて逃げるのはどうでしょうかねえ。このままじゃあ間違いなく全滅しますぜい」

 

「それは駄目だ」

 

 剣士が魔獣の腕を切り落としながら言った。

 

「俺たちの受けた依頼は魔獣たちの殲滅。逃亡してしまったら依頼放棄とみなされ、冒険者家業が続けられないだけではなく、違約金、最悪投獄もありえるぞ」

 

「あーあ、やだやだ。だから国からの依頼って嫌いですぜ」

 

「バカなんじゃないの? オーウェン! このまま死んじまうよりマシでしょうが!!」

 

 リエリが叫ぶ。

 

 そうだ、疾風の刃、オーウェンだ。

 

「生きてりゃなんとかなる! 撤退だ!」

 

 ベルタが盾で魔獣の攻撃を受け止めながら叫んだ。

 

「待て、まだだ」

 

 オーウェンが言った。

 

「まだ、希望はある。時間を稼ぐんだ。援軍の狼煙はあげている。それに元々は国軍が編成されるまでの時間稼ぎさ。もう少し耐えれば、きっと援軍が来てくれるはず!」

 

「もう少しっていつまでよ? 見渡しても水平線のかなたのどこにも援軍のエの字も見えないわよ!?」

 

 リエリが叫ぶ。

 

「……」

 

 魔術師は何か深慮しているようだ。周囲を見渡し、仲間の配置を確認し、残った魔獣の数を数える。少し間を置き、口を開く。

 

「みなさん、散開せずに固まってくだせえ。そして、なるべく敵さんを一か所にまとまるように誘導してくだせえ。虎の子の魔術を使いやす」

 

「マナが空っぽだってさっき言ってたじゃねーか!!」

 

 オルガが叫ぶ。

 

「イヤあね、マナはほぼ空っぽなんですがね、まだ逃げるためのマナは残ってやして。これを振り絞って一発どでかいのをお見舞いしてやろうかねと。うまく行けば敵は減らせやすが、マナも体力もすっからかんになっちまいまさあ。なので、後のことはよろしく頼みますぜみなさん」

 

 そう言うと、力を振り絞り、全身にマナを張り巡らせた。体が淡く光り始める。

 

「わかった! 俺が合図をする。みな、まとまるんだ!」

 

 オーウェンが号令を出す。散り散りに戦っていた者たちが、魔術師を中心に固まり始めた。ベルタが盾を叩いて音を立て、魔獣の注意を引く。リエリも短剣を振り回し、魔獣を挑発する。

 

 魔獣たちが冒険者たちに向かって殺到する。一か所に集まってくる。

 

「いい感じだ! もう少し引きつけろ!」

 

 魔獣の爪がオーウェンの腕をかすめ、血が飛ぶ。

 

「まだか!?」ベルタが盾を構えながら叫ぶ。盾に魔獣の爪が叩きつけられ、金属が軋む音がする。

 

「まだだ! もう少し! 今だ! 撃て!!!」

 

「あいよ、灰になれ! エイル・ヴァン・セル・イグニス!!(上級放出火炎魔法)」

 

 魔術師が全身のマナを込めて叫ぶと、手に持った札から燃え盛る炎が飛び出した。それは単なる火球ではなかった。龍のように蠢く巨大な炎の奔流が、魔獣の群れに向かって一直線に放たれた。

 

 炎は魔獣たちを飲み込み、大地を焼き、空気を焦がした。轟音と共に爆風が広がり、冒険者たちは思わず地面に伏せる。

 

 熱波が吹き荒れる。草木が燃え上がり、地面が赤く染まる。炎の竜巻が天に向かって立ち上り、黒煙が空を覆った。


 爆風が徐々に収まり、煙が晴れていく。

 

 だが——数は減れども、まだ健在な魔獣たちが姿を現す。半分ほどは倒れているが、残りはまだ立っている。

 

「て、撤退を……」

 

 ふらつきながらオーウェンに伝えた。一匹の魔獣がこちらへと突進してくる。大きな傷を負いながらも、その勢いは衰えていない。

 

 皆疲弊しきっており、全員の脳裏に全滅の文字が浮かんでいた。

 

 もう、誰も動けない。

 

 魔獣がこちらへと爪を振り下ろそうとした、その時——

 

 戦場に突風が吹いた。

 

 突風はどうやら突進してきた魔獣にピンポイントで直撃し、巨大な体が吹き飛ぶ。まるで木の葉のように、何十メトルも先に叩きつけられた。

 

「悪い悪い、遅れちまって」

 

 声が聞こえた。

 

「教会が回復要員を出し渋りやがってよ。結局何人か強制的に拉致って連れてきたぜ」

 

 声の主はどこだ。姿が見えない。右、左、前、後ろ——違う。

 

 上だ。

 

 まさかと思い上を見上げると、青年が空中に浮いていた。よく見るとその後ろでぐったりとした人が5人ほど、同じく宙に浮いている。白いローブを纏った、教会の神官たちだ。

 

「回復できる人をとりまあの場にいる人たちをかたっぱしから連れてきたぜ」

 

 青年が軽い口調で言った。

 

「あ、あんたは何者でさあ?」

 

 魔術師が尋ねる。

 

「俺? 俺は——自己紹介は後だ。おい、あんたら、起きてくれ」

 

 青年はそう言って、ぐったりとした神官たちを叩き始める。

 

「う、うう……」

 

「ここは……?」

 

「状況は見ての通りだ。回復魔術を頼む」

 

「え、え!? 私たちは教会で待機していたはずでは——」

 

「そんなこと言ってる場合じゃねえだろ。ほら、あそこ見ろ」

 

 指差す先には、傷だらけの冒険者たちと、まだ健在な魔獣たちがいる。

 

「わ、わかりました!」

 

 神官たちが慌てて詠唱を始める。淡い光が冒険者たちを包み込む。傷が塞がり、体力が回復していく。

 

「さて」

 

 青年は空中で短剣を構えた。

 

「俺も本気出すか」

 

 そして——詠唱を始めた。

 

「塵は舞い、風は目覚める。我が身に宿れ、蒼穹の息吹。血脈を巡れ、暴れよ嵐——骨を駆け、肉を裂き、我が内に天の渦を刻め。目覚めよ、風の核。」

 

「詠唱魔術……?」

 

 魔術師はその異様な光景をまじまじと見た。空中に浮遊しながら、手を掲げて詠唱する青年。その姿は、まるで神話の中の魔法使いのようだった。


「どうした? なんかハトが豆鉄砲くらったような顔してんぜ」

 

 リエリが魔術師の肩を叩いた。

 

「いやあね、あっしら魔術師の常識には詠唱魔術なんて今は滅多に使うもんはいやしません」

 

「今の時代の主流は、魔法陣を使うか、札を使うか……体内のマナを直接変換して術を行使するのが一般的でさあ。詠唱なんて、時間がかかりすぎて実戦じゃ使えねえんですよ」


「確かに、知ってる魔術師で詠唱しているやつなんでいなかったな」

 

「じゃあ、あいつは何やってんだ?」


 オーウェンが問う。

 

「それが……わからねえんでさあ。だが、1つだけ確かなのは……」

 

 詠唱が進むたびに、青年のマナが膨れ上がっていくのを感じる。空気が重くなる。まるで目に見えない圧力が、戦場全体を押さえつけているようだ。


「詠唱が廃れた理由はもう1つ……威力がマナを込めた分だけ際限なく高められる聞く」


「つまりこいつは……やばいですぜ」

 

 冒険者たちがあまりにも異常なマナの奔流に戸惑っている間にも、術はすすんでいき……


「蒼き嵐よ、我が内で吼えろ——塵風蒼嵐!」

 

 青年が術を唱え終わると、可視化できるレベルの蒼白いマナが青年の体内から溢れ出した。まるで微細な風の刃が無数に舞うように、マナは青年の全身を螺旋状に包み込む。髪が逆立ち、衣服が激しく翻る。周囲の空気が渦を巻き、青年の体から発せられる風圧が、こちらまで届いてくる。

 

「いっくぜー!!」

 

 魔術師は青ざめた。青年は続けて詠唱を始めている。

 

「みなさん、防御態勢をとってくだせえ!」

 

 冒険者たちが防御の姿勢をとる——敵の攻撃ではなく、味方の魔法の威力に対する防御の姿勢を。オーウェンは身構え、ベルタは大盾を地面に突き立て、オルガは槍を地面に刺して身を低くし、リエリは近くの岩陰に飛び込んだ。神官たちは慌てて防御の魔術を展開する。

 

 そして——詠唱が完成した。

 

「吹き荒べ、蒼き怒号よ。天を裂き、地を巡れ。牙を成せ、虚を纏え——風は刃、空は断罪。渦を穿ち、万の肉を削ぎ落とせ。逃げ場なき旋獄をここに刻む。——嵐牙千断」

 

 詠唱が終わった瞬間、空気そのものが軋んだ。

 

 地を這っていた微風が、唐突に一点へと収束する。術者の周囲で砂塵が逆巻き、足元の小石が音もなく浮き上がった。

 

 次の瞬間——圧縮された大気が解き放たれた。

 

 爆ぜた。

 

 轟音は雷鳴にも似て、しかし光はない。あるのは純粋な暴風。見えない刃が幾重にも重なり、進路上の樹木を捻じ切り、岩肌を削り取る。風は流れではなく「質量」となり、触れたものを押し潰し、裂き、薙ぎ払う。

 

 魔獣たちが、その暴風に飲み込まれる。

 

 巨体が、まるで紙切れのように吹き飛ばされる。悲鳴を上げる間もなく、体が引き裂かれ、四散した。

 

「う、うそだろ……」


 オルガが呆然と呟く。

 

 空が歪む。雲が円環状に裂け、蒼天が覗く。遅れて衝撃波が地表を走り、地面が波打つように震えた。呼吸を奪うほどの負圧が一瞬生じ、冒険者たちは吹き飛ばされまいと膝をつく。

 

 それでも風は止まらない。術が直撃した部分を中心に、巨大な柱が天へと伸びた。竜の咆哮のような唸りを上げながら、暴風は戦場を横断し、すべてを等しく蹂躙していく。

 

 魔獣たちの姿は、もうどこにも見えない。

 

 ただ、血と肉片が風に舞っているだけだ。

 

 やがて魔力が尽きた瞬間、嘘のように静寂が落ちた。

 

 残されたのは、削り取られた大地と、直線状に抉られた破壊の痕跡だけだった。

 

「……」

 

 冒険者たちは、誰も言葉を発することができなかった。ただ、呆然と、その破壊の痕跡を見つめている。

 

 青年は、ゆっくりと地上に降り立った。

 

「ふう……終わったかな? さて、みんな無事か?」

 

「ぶ、無事……じゃない……です……」神官の1人が震える声で答える。

 

「よかった、生きてるな。じゃ、治療の続き頼むわ」

 

 青年は笑顔で言った。


 魔術師は、ただ青年を見つめていた。

 

「こいつは……一体何者なんでさあ……」

 

 小さく、呟いた。

 

「魔獣の群れが出現したって情報がこっちにも来て、冒険者たちが先に戦場へ駆り出されたって聞いてさあ」

 

 青年は軽い口調で話し始めた。

 

「経過を見ていたら、軍のやつらの準備が遅くてさあ。出動準備まではしてるのにそっから何も動かないの。このままだと手遅れになるねって思ってさ。回復要員さらって、文字通り飛んできたのさ」

 

「さらったって……」


 ベルタが呆れたように言う。

 

「あんた、いったい何者なんだい? 冒険者ではないのかい」

 

 魔術師が尋ねる。

 

「昔は冒険者もしてたけどねー。今の肩書は商会の会頭だね」

 

「商会の会頭……」

 

 オーウェンが何かに気づいたように顔を上げた。

 

「まさか……あんた、風来のジル?」

 

「世間ではそう呼ばれてるね」

 

 青年——ジルは、にっこりと笑った。

 

「風来のジル……誰ですかい?」

 

 魔術師がきょとんとした顔で尋ねる。

 

「あんた知らないの!?」


 リエリが驚いて叫んだ。

 

「世界最大の商業連合のジルヴェント商会の会頭さ! 世界一の金持ちで神出鬼没! 基本的には副会頭に任せっきりで、滅多に公に姿を現さない」

 

「噂では何十年も、いや、もっと前から生きていると噂されている、ある意味伝説の魔獣より伝説みたいな人物よ!!」

 

 リエリが興奮気味に言った。

 

「ほえええ、見た目こんなに若そうなのにねい」


 魔術師は感心したように呟いた。

 

「まあ、色々あってね」


 ジルは曖昧に笑った。

 

「色々で済ませないでよ。若さの秘密は魔道具なの? 教えてよ私にも!」

 

 リエリがぐっと身を乗り出す。

 

「私も知りたいわ!」


 ベルタも負けじと続いた。

 

 世界最大の商業組合の会頭を前にして、まるで酒場の常連に話しかけるような調子だった。普通なら王侯貴族ですら腰が引ける相手というのに。その様子を少し離れた場所から見ていたオーウェンが、苦笑混じりに呟く。

 

「……あいつら、本当に怖いもの知らずだな」

 

「相手が誰か分かってるのかね。あの人、各国の王と平然と取引してる大人物だぜ?」

 

「それでも聞きたいもんは聞く、って顔してるな」

 

 オーウェンは肩をすくめた。

 

 当のジルは2人の勢いに困ったように笑いながら言う。

 

「そうだねー、若さを保つ秘訣は教えてあげれないけど、この街を救ってくれた君たちにうちの商会のとっておきの美容の魔道具をプレゼントしてあげるよ。後でうちの部下に持たせるね」

 

「ほんと!?」


 リエリの目が輝く。


「美容系!?」


 ベルタも目を丸くした。

 

「やったー! 言ってみるもんだね、リエリ」

 

「そうね、ベルタ。しばらくはあの町の宿にいるからね、あたしたち」

 

 さっきまで死闘を繰り広げていたとは思えないほど、2人はすっかり浮かれていた。

 

 その様子を見て、オーウェンが小さく笑う。

 

「元気だな……さっきまであの化け物達と殺し合いしてたってのに」

 

「それがあの2人の強さよ」

 

 オルガは槍を肩に担ぎ直した。

 

「恐怖も疲れも、全部笑い飛ばす。だから生き残ってきたんでしょうねい」

 

「とにかく助かった!!」

 

 オーウェンが深々と頭を下げる。

 

「しかし、軍の方には抗議に行かないとな! 何で揉めてんだよ!!」

 

「それは分かんなかったなー、何で揉めてんのか」

 

 ジルは首を振った。

 

「でも、うちの商会からも言っておくよ」

 

「結構発言権強いからね、俺たち」

 

 ジルは自信満々に言った。

 

「商業連合が動けば、軍も無視できねえだろうしな」

 

「助かります」

 

 オーウェンが感謝の言葉を述べる。

 

「いやいや、当然のことをしただけさ」

 

 ジルは手を振った。

 

 そうこうしているうちに、後方で治療をしていた神官たちの1人が駆け寄ってきた。

 

「ジルさん! ここにいる生存者の回復完了いたしました!」

 

 教会から拉致された者で最年長であろう人物——白髪混じりの髪に、深い皺が刻まれた顔をした神官が報告する。

 

「おお、早いな。さすがだ」

 

 ジルが頷く。

 

「それで、重傷者は?」

 

「3名おります。内臓損傷が酷く、完全回復にはまだ時間がかかりますが、命に別状はありません」


 「残りの者は残念ながら……こちらとしても何名派遣されているのかは把握していないため、後ほど部隊が遺体を回収にくるよう手配をかけておきます」

 

 神官が答える。

 

「そっか。じゃあ、その3人も俺が街まで運ぶわ」

 

「え? お1人で?」

 

 神官が驚く。

 

「ああ。浮遊魔法使えるからな。あんたらみたいにまた街まで飛んでってやるよ」

 

 ジルはニヤリと笑った。

 

「それに、街に戻ったら軍に文句言いに行かなきゃならねえし」

 

「そ、そうですか……」

 

「あの、ジル様」

 

 神官は困惑した表情を浮かべ、言いにくそうに続けた。

 

「私たちを、その……拉致したことについては……」

 

「ああ、悪かったな」

 

 ジルはあっさりと謝った。

 

「でも、緊急事態だったからさ。許してくれよ」

 

「まあ、結果的に多くの命が救えたのですから……」


 神官はため息をついた。

 

「ですが、次からは正規の手続きを……」

 

「はいはい、分かってるって」

 

 ジルは軽く手を振った。

 

 魔術師は、そのやり取りを見ながら苦笑していた。

 

「こりゃあ、とんでもねえ人物に助けられたもんですねい」

 

「本当にな……」

 

 オーウェンも同意する。


 話が終わるとジルは重傷者3人と連れてきた神官達を浮遊魔法で浮かび上がらせた。

 

「じゃあな! また困ったことがあったら、商会に連絡してくれよ。ただし、正規の依頼料はもらうけどな」

 

 そう言って、ジルは文字通り風のように飛び去っていった。

 

 残された冒険者たちは、しばらくその姿を見送っていた。

 

「……すごい人だったな」

 

「ああ……」

 

「あの威力……忘れられねえですねい」

 

 男が遠い目をした。それが20年前のことだった。


 


◇ ◇ ◇


 牢の中で、男は語り終えた。


「それが……あっしが見た、詠唱魔術を使う男でさあ」


 フーチは静止している。全て真実だ。


「ジルヴェント商会のジル……」


 エメラがポツリとつぶやいた。


「そのジルってやつのフルネームは聞いた? どんな風貌だった? 使用した属性は話の内容的に風属性か?」


 男の回想を黙って聞いていたエメラが初めて反応した。声に、抑えようとして抑えきれていない何かが混じっていた。


「そういやあフルネームは聞いてませんでしたねえ。まあ、有名人でしょうから、調べたらすぐにわかるもんじゃないですかね。属性は、浮遊魔術を使ってたし、敵を殲滅させたのも圧縮させた風でしたので間違いなく風の属性の魔術の使い手でしょう。とにかくすさまじい威力でしたねえ。話した感じは軽薄そうにも感じましたが、なんせ一言二言しか話してません。あまり外見は憶えてはおりやせんがなかなかの色男にみえましたねぃ。髪の色は銀色で短い髪でしたね」


「ジル……なのか?」


 エメラは小さく呟いた。魔術師が語る特徴は、エメラの記憶にある1人の人物と重なっていく。ジルコット・フロー。銀色の短い髪、風属性、詠唱魔術——。


 ダンテもまた、険しい表情でエメラを見ていた。その目に何かが宿っている。


「旦那の魔術を見た時……思い出したんでさあ。あの時のジルさんを」


 男は真剣な目でエメラを見た。


「旦那は、その青年と同じ術式を使っている。ということは……旦那もまた、とんでもない力を秘めているってことでさあ」


「……」


「だから、気をつけてくだせぇ。その力は、諸刃の剣でさあ。使い方を間違えれば、旦那自身が危険に晒される。そして……」


 魔術師は声を潜めた。


「ファスの背後にいる組織は、間違いなく旦那のことを警戒するでしょうねぇ。詠唱術を使う者なんて、今の時代ほとんどいやせん。それだけで目立つ」


 エメラは深く考え込んでいた。いや、半分心ここにあらず、という感じにも見える。


「……ありがとう、その話を聞けてよかった」エメラは静かに言った。


「忠告も、受け取った」


「どういたしましてですねぇ」


 魔術師は小さく笑った。


「旦那には世話になりましたからねぇ。カールを救ってくれた。それに、あっしの命も結果的に救ってくれた。せめてもの恩返しってやつでさぁ」


 エメラは立ち上がった。


「もう聞きたいことは?」魔術師が尋ねる。


「もう、十分だ。いや、一つだけ教えてほしい、魔術師、あんたの名前はなんて言うんだ」


「トルク、トルク・エジンですぜ旦那」


 魔術師は名を名乗ると、にやりと笑う。


「トルク、貴重な情報をありがとう。これについてはお礼を言うよ。そして……後は警備隊長達に任せるよ」


 エメラとダンテは牢を出た。


「……分かりやした」


 魔術師は一度深く息をついた。その表情は、どこかすっきりしているように見えた。


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