給料
扉を開き、靴を脱ぎまして、玄関と和室を隔てる珠暖簾を潜りますと、自分の嫌な部分と目が合いました。
「そういえばまだ片していなかったな」
その自分の嫌な部分とされる物は先程とは打って変わり、私に極上の幸せを与えず、極上の疎ましさや極上の不安を与えました。私はその視線に耐え、俯きながら彼女を右脇に抱え、服を左手左脇へと抱え持ちそっと扉を開け、丁寧に仕舞い込みました。
「先程まで最高峰の気分だったのだな。人とは単純だな」
独り言はいくら言っても只です。故にいくら言ったって構わないのです。寧ろ虚しさが付いてくるのでお得です。
仕舞い終わり、畳の中心で大の字で寝転がっていますと、お見合い話について思い出し、笑みが零れてきます。お見合いには何を着ていきましょうか。お見合いでは何を話しましょうか。そんな事ばかりが脳を駆け回り、ちっとも振られるだなんて考えようとすらしません。私は正に、人生最大の有頂天でございます。
「子供は二、いや、五人は欲しいな」
ですが不思議と、このような妄想をしていると私は、まるで真人間になれたかのような気になるのです。勿論心の奥底では達観している自分もおります。お前は真人間ではない、自惚れるな。と言っている自分もおります。ですが今は浸りたいのです。真人間になりたいのです。普段生き辛い私なのです。こんな時くらい、有頂天にバカを見て、癒されたって良いではありませんか。
妄想を拡げておりますと眠気が襲ってきまして、私は気付けばコロンッと眠りについておりました。そんな私を起こしたのは一つの電話でした。
「もしもし。なんだい、こんな夜中に」
「何バカなこと言ってんだい。もう朝の8時じゃないか。どこが夜中だってんだよ」
電話の相手は、私の数少ない友人でございました。
「ありゃ、そりゃ失敬。てっきり4時くらいかと」
「お前は本当に怠け者だな。時間くらいちゃんと確認しときな」
「へいへい。そんで、用件はなんだい」
私は一つ欠伸をし、そう続けました。
「何って、前の手伝いの報酬だよ。用意できたから取りに来てくれ」
「もうできたのかい。早いね。明日になるって言ってたのに」
「出来が良かったからな、すぐ売れたんだわ。どうだい、取り来れるかい」
「ああ、すぐに向かうよ。おそらく、10時には着くと思う」
「おう、待ってるぜ。鍵はいつもの所に入れてあるから、取って開けてくれな」
「承知承知」
電話が切れまして、私は荷物を準備し、急いで家を跡にしました。




