99.僕たちのグラフィティ
「本当に弟は、行くのかい?」
「うん。僕には、帰る場所ができた。だから、行くよ」
姉の部屋に、ミモザとブロンデ。いつもの二人と一機で訪れた。
父と母は、エリクシルで若返った。
何て言うのかな、本人達からしたら、嬉しい誤算になったと思う。そういえば、ずっと虹色宝箱にしまっていたから、変質していたのかな。失敗したな。
「でもイブキ君、せっかく元通りにした家じゃないか。本当にいいのかい?」
「幸彦さん、姉さんと一緒にいてくれるんでしょ? シルバとカルパもここに住むからさ、さすがに手狭だと思うよ。それに、僕らはまだ見足りないんだ。ずっと忙しかった気がするし」
「そうか、寂しくなるな……」
強烈な違和感に、目を擦る。
「あの……幸彦さん、耳の位置なんだけどズレてきていない?」
「そうだね。ちょっと位置が上がった気がするよ」
あれから数日。
テレビとかラジオとか失われたままで、相変わらず世界は静かなままなんだけれど、ずっと穏やかな風が吹いている。きっと地球は、大丈夫なんだと思う。
「お尻の辺りもちょっと痒くてさ、僕も何となくだけれど、人間じゃなくなるのかもしれないよ」
もしかしたら、幸彦さん。ずっと姉と生きていられるのかな。そんな予感がして、ちょっと嬉しくなった。
姉を、ひとりぼっちにせずに済む。僕が姉の言葉で救われたあの日の、恩返しになるかな?
「戻ってきた時が、楽しみだね」
「それは何だろう。でもそうだね、それまで僕が桃華の隣にいるよ。約束する」
「ゆ、幸彦は、何でそんな恥ずかしいこと平気で言えるんだい……」
真っ赤になった姉が、とても幸せそうだった。
「おう篤輝、行くんだな」
「郷田さん――」
家を出て、草木に埋もれた平地に出た。
父と母、それに郷田夫妻が、さっそく畑の開墾を始めていた。手を振る父と母に、ミモザが駆け寄っていく。
「どうして防護服を?」
「そりゃおめえ、便利だからに決まってるだろう」
隣で香津美さんが振るった鍬が、根本を超えて地中に埋まる。そして軽く引き寄せると、大きな土塊が引き起こされた。
「柏崎クン、寂しくなっちゃうわね」
「たまに、郷田さんちにも顔を出すよ。しばらくは、この地球を歩いてみたいんだ」
「しばらくって事はよ、その先は宇宙進出とか言い出すんじゃないだろうな?」
「もちろん。ゆくゆくはね」
「冗談じゃねえ事は、顔見りゃ分かる。まあ、たまには篤紀と芽依にも、顔見せてやれよ?」
「すごいわね。お土産、楽しみにしているわ」
ミモザと母が抱き合っている。
ふと、離れた父と目が合う。頷き、突き出した拳に、僕も拳を返した。
「後ろ、乗れるけれどいいの?」
「私はですね、この思い出の赤いバイクが、唸る音を聞きたいのです」
隣で併走するブロンデの髪が、風に流れている。
旅のお供は、5人乗りの乗用車にした。
みんなで乗って移動すればいいのかなって、そんな軽い気持ちだったんだけど。
「いいじゃない。この世界に導いてくれた、バイクよ。ブロンデも、楽しそうに整備していたし」
「整備って言うか、魔改造な」
「正統進化と、訂正をお願いします。ちょっと大型化した程度ですよ」
もうそこに、小型バイクだった頃の面影はない。でも、いいかなって。各所に見え隠れする色は、確かに僕のバイクだ。
そして、ミモザの希望で、僕がハンドルを握る車も真っ赤。母の車を譲って貰った。
道だけが残っていて、他は綺麗に自然に埋もれている世界を、ゆっくり駆けていく。
人も動物もいない、それこそ生まれたばかりの世界に、何だかワクワクする。
もっとも各地にシェルターはあるし、そこに暮らす人々がいる。方舟が世界各地を回り始めたけれど、まだまだ先の話だから。
僕らの冒険は、これからだ。
「何だか楽しそうだけど、最初はどこに行くのかしら?」
「富士山かな。このまま五合目まで走って、そこから歩こうか」
「何かあったかしら」
首を傾げるミモザの頬を、花びらを乗せた風が通り過ぎる。花びらはそのまま、僕の側を通ってブロンデの髪に止まった。
赤い花びらが、ブロンデの髪に揺れている。
「もしかしたらですが、トレント様ですか?」
「いるかなって。いてくれたらいいなって、その程度だけれど」
「いいわね、行ってみましょう」
そうして僕らは、誰もいない高速に乗り、ひた走る。
まだ見ぬ未来を夢見て。
おしまい。




