75.荒廃した星
駆逐艦が大気圏をかき分けて、ゆっくりと降下していく。小粒のドラゴンが、吹き飛んで星になっていった。
「上空5000メートルで、一時停止。滞空モードに……おや、何か艦底に刺さりましたか?」
『ふふふ、ナニコレ。意味が分からないんですけど――』
ブリッジにて。僕らは貴賓用の特別シートに座っている。
キャプテンシートに座ったブロンデが、意気揚々と機人に指示を出している。全方位モニターが映し出した船底は、潰されて半分くらいになった山が、盛大に崩壊しながら崩れ落ちている光景だった。
地図を確認して、思わず苦笑い。
「地形が、地球と一緒なんだっけ?」
「確かそうね。だとすると、あの映っている山は……エベレスト?」
「降下しただけで地形を変えるとか、笑える」
『あわわわわ、あわわわわ』
さて、まずは星には侵入できたけれど、これは……ひどいな。
このナナナシア星が、僕たちがいた時代からどのくらい、過去や未来に離れているのか知らない。
でもあの月から青く見えていた星が、ただ青く見えていただけなんて。
「大気の成分を分析。酸素が、ありませんね。主成分は水素とヘリウムですか。青く見えていたのは、メタンのいたずらのようです」
「だから大地が赤茶けていて、完全な荒れ地なんだな。緑なんて、かけらもない」
「この分だと、海だってあるのか怪しいわよ」
『ふええぇぇ……こんなの、聞いていないですよぉ……』
もう、ルナリアが見ていられない。さすがに可哀想になったのか、ミモザが抱きしめて頭をなで始めた。
いやしかし、目的地はどこになるんだろう?
『ほほ、北極か、もしくは南極に。い、いると思います』
「北極なら、10分ほど。南極でも、ここからなら30分ほど飛べば着きますが、どうします?」
「うーん……」
さすがに、ちょっと駆逐艦級の宇宙艦はやり過ぎだっただろうか。艦底は確かに海抜ベースで5000メートルまで降りたけれど、艦の上部は未だ宇宙空間なんだよな。何なら艦首と艦尾も宇宙空間なんていう、超暴力仕様。
だって、ナナナシア星は丸いんだもの。
この時点で、僕らは間違っている。何がとは言わないが。
「そもそもこのまま、動いて大丈夫なの?」
「ええ、もちろん駄目ですね。今は山体崩壊で済みましたが、前後に少しでも動けば空気抵抗で嵐が巻き起こります。最悪ですと、星体崩壊待ったなしでしょう」
「駄目じゃん」
「物理法則ぐらい、魔法で何とでもなるわよ。それより船首ってもしかして北極に近くないかしら?」
「そう言われれば、そうですね。ブリッジベースで距離換算していましたから、船首からまっすぐ下降すれば、北極点です」
「いや、もっと駄目じゃん」
『うぇええ、意味わかんないんですけど』
もう少し、小ぶりの宇宙船を頼むべきだったかな。
まあ、やりきった感はあるんだけれど。
「さて、ルナリア。僕らは何をすればいい?」
『は、はい。極地にある管理施設のどちらかに、アンジェリーナさんか、レイジさんがいると思います。そこで、たぶん拘束されているはずなので』
「レイジさんは……イブキの父親だっけ?」
『え、そうですが? 何ですか、私をからかっているんですか?』
「僕はね、イブキだけれどイブキじゃないんだよ」
『……それ、何なんですか。もう、お腹いっぱいですよ』
つまり、北極点か南極点に何らかの施設があって、その中に『イブキ』の両親が居る。まずそこに向かうことが、大目的ってことか。
自分でも忘れがちだけれど、僕は柏崎イブキ篤輝。ミモザのためにイブキを名乗っているけれど、僕は篤輝なんだ。
だから、だからこそ、イブキの。そしてミモザの失われた記憶にきっといるその『家族』は、僕の責任。
「じゃあさ、南から行こう。たぶん北は本命だろうし」
「それいいわね、イブキらしいわ。それならダンジョンの本気を見せてあげるわ」
「艦尾を起点にして、方向転換しましょう。届くはずです」
『もう……この人達、おかしいわよ……』
そうして星を脅かす暴力機関が、ゆっくりと旋回を始めた。
まあ、山はみんな削れたけどね。
そのかわり、星は無事だったよ。さすがミモザ、ブロンデの極上ペアだ。
全長1キロの小型船に乗り換えて、艦首近くのドックから降下する。
落下が始まった――はずが、想定以上にゆっくりと下降していく。いやまて、降下速度とか遅すぎやしないか?
「強烈な大気摩擦が発生していますからね。現在も船体底部は7万度の高温に晒されていますよ」
「船体丸ごとダンジョン化してあるから、何も問題ないわよ」
『もう驚かないって、さっき誓ったばかりなのに……』
遠い目をしているルナリアに苦笑いを返して、じっとモニターを見つめる。
極地だけあって、中央のメインモニターに映る視界は、完全にホワイトアウトしている。もっとも、その隣にある魔力カメラでは、はっきりと南極大陸が見えていた。
海は、ある。でも記憶の海と色が違うような気がして、首を傾げた。
何て言うかな、基本が真っ黒。
でも時折、光を反射してか銀色に煌めいている。
うん。海の色、違うわ。
「水素の海よ。物理的には、あり得ない現象ね。恐らくだけれど、魔法的な何かが影響していると思うのだけれど」
「現在の外気温は、マイナス130度です。海は、金属水素に似た性質ですが、本来なら超高圧、及び超高温環境下のみに見られる現象ですね。いわゆる、魔法を使って物理で殴る、みたいな状態でしょうか」
「ブロンデ、それ絶対に使い方間違っているやつ」
海面すれすれを飛ぶと、さざ波だけが広がっていく。この海、本当に重いんだな。
ちなみにだが、ルナリアが文鎮化した。
「あったわ。巨大なタワー」
「推定ですが、直径は1キロメートル。地上高も恐らく2キロメートルはあるかと」
その巨大建造物に乗ってきた小型船を横付けした。長さだけなら、同じなんだよな。この、何というか無駄なサイズ感。
そして、いざ降りようと思って立ち上がったタイミングで、壁が開いて何だか懐かしいものがお目見えした。船員機人が、台座ごと押して僕らの前まで運んでくる。
「こんなこともあろうかと、過去にこの小型船に複製しておいた、お二人の防護服になります。もちろん、防護ロボコンもありますよ。やっと、お目見えです」
「まあ無理よね。こんなに巨大な小型船、乗る機会なんてないもの」
「巨大な小型って、何だよ。いや、言い得て妙で笑えるけど」
何だか久しぶりの防護服に、思いのほか胸が躍る。
さっそく装着する僕とミモザを、ブロンデが何だか優しい視線で見ていた。
防護ロボコンは、乗降口前の部屋にあるらしい。
「ここからは、ちょっと危険な外出になると思う。みんな準備はいい?」
「そんなの、知っているわよ。だから、そうね。ご安全によ」
「ええ、ご安全にです」
「ああ。ご安全にだ」
懐かしいフレーズに、笑みが漏れる。
全員でグーサインをぶつけ合って、ブリッジを後にした。
『あの……私の分の、防護服とかは……ないのでしょうか?』
文鎮から戻ったルナリアが呟いた言葉が、無人のブリッジに寂しく響いていた。




