13.迂遠な道程
「これ、すごいわね。相模湾の箱船? これがほんとに、飛ぶの?」
「ミモザ、何見てるの?」
「ほら見て、ほーむぺーじ? ここに向かっているんでしょう?」
灰が降りしきる道を、車は走っていた。
県道を下りて国道へ。交差点で姉が指さした方へハンドルが切られた。
廃町を抜け、大型シェルターの脇を通過。再び、廃村を抜ける。
目的地は東京湾の浮島らしい。そこから連絡船が相模湾沖に建造されている箱船に向かって出ている。
そんな説明が、ミモザが持っている携帯電話に表示されていた。
違う、そうじゃない。
「ちょっと待って、電波が届くの? なんで?」
「ああ。弟よ、それはわたしだな。この体になってから、携帯電話の電波の増幅程度訳ない。さすが機械神の名が付く種族なだけはある」
「え、火山灰で電波障害起きるから、大型トラックサイズの電波増幅器が必要なはずじゃなかった?」
「何なら、電波ジャックすらもお手の物さ。東京湾に直行せずに、わざわざ遠回りに迂回しているのも、政府の検問を避けているからなんだよ。弟よ」
姉が、チートな件について。
そういえばここまで二回、車を変えている。それも、廃村の奥とか、廃町の放棄された地下駐車場とか。人がいないのにもかかわらず、あえて人目を避けるように。時に除灰車が先を走り、旧道を時間がかかるのも厭わずゆっくりと走る時もあった。
言われて初めて、理由があったんだって気づかされた。
あらためてミモザの携帯電話を覗く。
箱船のあゆみ、なるページを見始めていた。
数年前から、第二の東京都計画として、東京湾内に建造されていてた建造物『新東京都』が、箱船の前身らしい。
増える人口と、不足する土地。10年前には既に、東京の街は限界が来ていたようだ。
こうして始まった一大プロジェクト、新東京都。震災に強く、多様な生産設備も内包。海上の移動すら可能な、まさに理想郷を目指して、鳴り物入りで建造されていた。
あの日、太平洋の巨大海底火山が噴火し、押し寄せる津波に関東一円は水没した。
その時唯一、津波に飲まれても無事だったのが、建造中の新東京都だった。
「すごいわね、津波って恐ろしいのでしょう?」
「まず水が、綺麗じゃない。黒く濁った海水が、瞬く間に水位を上げて平地を埋め尽くすんだ。当日の映像はネット上にあるけれど、とても恐ろしいもんだよ」
「後で見てみるわ」
「まあ、本当に恐ろしいのはその後も大小の津波が、数日おきに押し寄せて来ていることかもしれないけれど」
そして新東京都は、エリクシルの発明とともに、箱船へと改造されていく。
この辺りを境に、東京湾から相模湾に移動しているらしい。
「エリクシルが、こんな大きい建造物を飛ばせるの?」
「無限電力らしいから、束ねて……何とかする? なんで飛ばせるんだろう」
「知らないわよ。こっちが知りたいんだから」
その新東京都の技術を転用して、日本各主要都市にシェルターが建造さるのは、海底火山噴火から一ヶ月あたりからだそうだ。
それは同時にそのまま、技術として世界に提供された。当然無償で。人類にとって本当の意味で死活問題だったしね。
海底火山はなおも噴火を続け、地上は火山灰に埋もれた。今も継続して届く津波が海岸線を浚い、今も地形が変わり続けているとか。
積もり続ける火山灰に、植物は枯れ、動物や昆虫ですらも死に絶える。
海洋は溶け込んだ火山灰の影響で、爆増した植物プランクトンによって、生態系が壊滅。まもなく海から、生き物が消えた。
かくして地上は、ある意味で世紀末を迎えた。
「そんな経緯があったのね」
「ちなみにだが、弟の持ち込んだ黒紫蝶からエリクシルを開発したのは、わたしなんだよ。黒紫蝶の震動と、ナノマシンの受動の掛け合わせで、無限機関の完成さ」
「それがどうして体の治療に結びついたのかしら?」
「細胞は電子伝達で再生されるんだけれど、黒紫蝶が再生を司っていてね。修復しながら細胞に成り代わる。仕組みなんて実は、簡単なものなのだよ」
「へぇ……わかんないわね」
安定の、ミモザさんだった。
そして夜になり僕らは、廃村の奥に車を隠し、身を潜める。
別に隠れる必要なんて微塵もないんだけれど、何かみんなノリノリだった。
綺麗な廃屋(?)の玄関扉。手をかざして鍵を開けて、扉が開いたら全員でグータッチ。奥の部屋で防護服を脱いで、身を寄せ合い液体食料を食べる。それだけなのに何だか楽しくて、みんな目がキラキラしていた。
まあ一名、ヘルメット脱げなかったけれど。
そして翌日、旧道の峠道を上る。
峠を抜ければ関東平野。東京廃都はもう目前だ。
「なるほど、ここでフラグが回収されるのか」
「え、何のこと。姉さん?」
傾斜が緩やかになって峠のてっぺん辺りで、先導の除灰車が止まるのに合わせて、僕らの乗る車も止まった。
扉を開けて、姉が車から降りていった。
「ほう。白狼か、何故今頃になって遭遇する? 私の出番だな、行こう」
「え、楢崎教授。危ないですよ!?」
姉に続いて、楢崎教授まで車を降りていった。ここまで来れば僕にも見える。
除灰車の向こう側に白い巨大な狼が、道を塞いでいた。
そして僕は、ただただ動けなかった。
白狼の威容が視界に入った途端に、呼吸が浅くなる。耳元で聞こえる心臓の音が、ゆっくり聞こえるようになる。
それは畏怖。
心が拒否する。魂が萎縮する。そんな、根源的な怖さを、感じた。
よく物語とかでフェンリルが可愛い、みたいに書かれていたけれど、これはそもそもそんなレベルの話じゃない。存在の基準が違いすぎる。
「ち、くしょう……あ、篤輝。いい、いざという時は、俺がたたた……」
そして、沈黙する郷田さん。
運転席から無理に動こうとして、そのまま横に倒れた。たぶん、気絶したんだと思う。
「えっと……アツキ、大丈夫?」
「……」
ミモザが僕の顔を見上げてくるけれど、もう声が出なかった。
じっと、こっちを見られている感覚。だけど実際には、首を下ろして多分、姉と楢崎教授を見ている。僕なんて視界にすら入っていない。
そんな畏怖の感覚が、フッとやわらいだ。
体に力が入っていたんだと思う。大きく息を吐いた途端に力が抜けて、椅子の背もたれに崩れるように背中を預けた。
どうなったんだろう。全く嫌な予感しかしないんだけど。
「待たせたな、弟よ。案の定、フェンリルだったぞ」
「行き場が無いようだから、私が預かることにした。名前は、まだ無い」
そして何事も無かったかのように、二人が戻ってきた。楢崎教授の腕の中には、白い小狼が抱きかかえられている。
調伏してきちゃったのか、楢崎教授。ドラコニアンだもんな、フェンリルですら存在値で勝てないとか。チートじゃん。
てか、なんでお約束。可愛いじゃん、フェンリル。
そんな無理イベントを経て、僕らは峠を越えた。
視界と足下が悪い中、夕方になってやっと地図の上での東京都に入った。
恐らく郊外の、大型ショッピングモール跡。その立体駐車場に入り、また車を乗り換えた。
ここから先は、RV車輌出ないと動くことができない。
そんな郷田さんの話を聞きつつ、ぬかるむ灰と泥を巻き上げながら、僕らは廃都『旧東京都』の都心に走り出した。




