12.姉、柏崎桃華
姉だけが、完全に人外だった。
体型は確かに女性の面影を残してはいる。
肌は陶器のように白く、頬には対称に直線が走り、蛇腹状の首は黄金色に輝いている。半袖から見える両腕も白く、完全にロボットの関節だ。
表情筋がないからか、いつもの全力の笑顔が何だか薄くて、知らない人が見たらほぼ無表情に見えると思う。
「どうした弟よ。わたしの顔には、目と鼻と口しか付いていないぞ」
「モモカさんの目には、何が見えているのかしら?」
「おお。ミモザ氏……は、黒紫蝶コアと出ている、どうやらまだ種族的なものは不確定のようだ。恐らくだが、成長過程なのではないかな」
「姉さん……」
「そう悲観するでない、弟よ。これで弟をひとりぼっちにさせずに済むんだ。安いものだろう?」
数秒。言葉の意味に気づいて、目頭が熱くなった。
そうか僕は、ハーフエルフらしい。
だとすれば寿命が普通の人間より遙かに長いはず。親は先に亡くなったとして、じゃあ家族は? 友人は? となった時に、知っている顔は間違いなく老い、そして自分は取り残される。
「まあ、神の名を冠していても、権能なぞ無さそうだがな。せいぜいが、ちょっとした異能程度か。今後に期待さ」
姉は、僕の頭を愛おしげに撫でると、テントを出て行った。
いつの間にか、他の教授3人もいない。
「さすが、アツキのお姉さんね」
「……さすがって、ん?」
「アツキと同じで、ちゃんと頭がおかしいわ」
「それ、褒めてないし」
「当たり前じゃない。褒める要素は何もないもの」
ずっこけた。
教授4人が『揺らぎ』の中から戻り、ともあれ揺らぎの研究自体は続けられるらしい。
本格的に国が参入するようで、自衛隊のみを残して一時撤退。機材をそろえ、各企業から有志を募り、表向きは『黒紫蝶』の群生地の保護観察。確かにここに、黒紫蝶の群生地はあるから間違いじゃない。
揺らぎ。
官邸と電話をしていた楢崎教授が、その有用性と可能性みたいな話をしていた。そもそも日本が既に、中央統治の機能が八割方落ちている。各都市のシェルターのまとめ役としては健在だけれど、あくまでも調整役。中枢としては弱い。
今回の案件は、その権能強化の意味でも有効だと判断されたらしい。
「やっぱり、権力ってどこの世界でも面倒くさいのね」
「なにが?」
「半月よ。いっぱい機材並べて、あれってかなり専門的な機械なんでしょう?」
「そうだね。エリクシル電子の最新鋭機器みたいだから、性能はお墨付き。ただそれでも分からなかった感じだけれど」
「でも、さらに調べるんでしょう? 本来、魔力とか霊力とか、神力、妖力。陰陽や呪術の領域の話なのよ。そこまで伝手があれば別だけれど」
「そうなのか? そんな、オカルトな話なんだ」
「向こうでも、王宮とかにに専門の魔術部署があって、魔法以外の案件とかに対応していたもの」
どこ知識なんだろう、ミモザのこれ。
あぁ、リアルタイムの検索結果か。いやしかし、使い倒しているな。いつの間にか身長も、携帯電話より大きくなっているし。
それにしても、身長伸びたな。この感じだと、もう腰元の容器に入らないんじゃないかな?
「ふむ。その件も追加で連絡しておこう。なに、政府なら普通に伝手がある」
「うわっ、びっくりした……」
「ね、面倒くさいわ。巻き込まれないだけましだけれど」
もう誰もいないと思っていたら、後ろに楢崎教授がいた。
順次、信濃大学に向けて出発していて、津田教授と僕らはしんがり、一番最後に出発する手はずだ。そもそも一番最初に向かったはずの楢崎教授がいるとか、何で?
「津田教授と変わって貰ってね。柏崎教授と併せて話がしたかったのだよ。構わないかい?」
「大学に戻るだけですし、問題はないです」
「ありがとう。ではまた後でだな」
颯爽と去って行くんだけれど、未だに脱げない防護服ヘルメットに、哀愁を感じた。まあ、帰りも防護服着るから、問題ないっちゃ問題ないんだけど。
僕も立ち上がって、防護服の装着を始めた。
ちなみにミモザ。
案の定、収納容器に入りきらなかったから、肩に腰掛けて貰うことにした。
運転手は安定の郷田さんだ。まあ、しんがりだしね。
最後部に僕とミモザが乗り込み、真ん中に楢崎教授と姉さんが乗った。楢崎教授の角が天井に刺さっているのは、見なかったことにした。
「篤輝君は、もう箱船の手続きは終えたかね?」
「はい。両親とミモザで、申し込みましたが」
「おや、弟よ。わたしは数に含まれていないのかね?」
「合計で四名までだし、どうせ姉さんは手配済みなんでしょ」
「もちろんさ。百瀬も強制だ。あいつがいないと、わたしの生活全般に支障が出るからな」
ごめん、まだ顔も知らない百瀬さん。末永く、姉のお世話をお願いします。
和やかに移動が進んでしばらく、急に車内が静かになった。
「さて。今後だが、我々を含めた6人は、そのまま箱船に乗船することになった」
目を見開く。
いや、角が引っかかってて振り返れないの、何だかシュールだからやめてください。
「今回の件の、情報規制ですか?」
「それもあるが。なにより、現場に人材が不足しているんだ。一億人の定員に対し、現在2000万人が確定している状況なのだ」
「数ヶ月前より、世界中から受け入れを表明していてね、すでに小型移民艦で各国からの受け入れが始まっているけど、芳しくないって話だね」
「だから、篤輝君は確実に確保しておきたいのだよ」
「いや、乗船は予定していますし、僕は逃げたりしませんよ?」
僕の苦笑いに、姉さんは頭を振る。楢崎教授は一緒に頭振ろうとするのやめて欲しい。首を揺らす度に天井が抉れて、笑いそうになる。
「だが当初の予定よりな、時間がないのだよ」
「観測の結果だけれど、あと半月。海底大火山が、噴火の兆しを見せているってね。それも前回よりも規模が大きい。だから政府は今回の件で急いでいるし、わたしたちも揺らぎの研究から手を引いたのさ」
衝撃の事実。
要約すればもう、星を発たないと間に合わないレベルの危機のようで、計画は全て前倒し。
その火山大噴火の際に発生するだろう、想像を絶する規模の大津波で沿岸部が壊滅する恐れがあって、それを防ぐために『揺らぎの先』の研究が急務なのだとか。
もちろん黒紫蝶から生産されるエリクシルも、切実に望まれている。
「それと僕が、何の関係が?」
「まあ間違いなく弟は、監禁されるね。わたしが政府なら、弟の身柄確保を最優先に動くだろうね」
「だがそれは、私が丁重にお断りしたがね。この車両は信濃大学に戻らず、直接『箱船』へ向かう。東京湾が目的地だ」
「……うそん」
まあ、それほど必要なものなんて大学に置いてないし、問題はないと思う。
もちろんシェルターに用意された僕のルームには、布団と季節外れの服があるけれど別にいいか。ゲーミングパソコンは勿体ないけれど、考えてみれば最近起動していないからまあいいか。
「姉さんは準備、いいの?」
「わたし? もう箱船に数ヶ月いるね。百瀬ももちろんだ」
「あー、百瀬さんすみません」
「何でそうなるのさ。まったく、失礼な弟だね」
火山灰が降り続ける。
夜に向かって車は、首都跡。箱船へと南下する。
一抹の不安を乗せて。
「まああれね。何かあっても魔法で何とかなるわよ」
「そういえば、魔法。使えるんだった」
ほんと、不安しかない。




