11.異種族と僕
相変わらずどんよりと曇った空から、火山灰が降り続いている。
足場の踊り場には、今も陽炎のような揺らぎがある。正直、気づいたら消えていやしないか、毎日ドキドキしながら見ていたな。
その周りには防爆仕様の透明なついたてが立てられて、等間隔に並べたセンサーが何かを拾っているのかな。昨日、何か拾ってるのかと思って、機材を操作していた助手さんに聞いてみたんだけれど、特に何も拾えていないって言っていた。
その後にもまた新しい機材が追加されていたから、何か拾えていればいいけれど。
「ねえアツキ。予定は、今日なのよね?」
「何を基準に13日なのか分からないけれど、まあ今日辺りからしっかり観察していれば数日中に――」
揺らぎが激しく波打つ。
スパークが弾けて、ついたてに当たって爆発する。足場が大きく揺らいだ。
いや、何だこりゃ。
いきなりイベントが始まったぞ?
「来たわね」
「いや、何が!? でも何となく分かるけど!」
遙か下の地面から一条の光が床面を突き抜け、遙か上空まで伸びていき、一気に膨らんで足場を包み込んだ。上を仰ぐと青空が、記憶の中では半年前に見た青空が丸く口を開けていた。
周りの黒い雲が渦を巻く。
巻き起こった荒れ狂う風が、火山灰を上空に吹き上げて、周囲を真っ白に染め上げる。
僕の前でドヤ顔していたミモザの顔が、途中から驚愕に染まった。
キャンプ地から上がる悲鳴が、風の唸る音にかき消えた。
怒号が、建物のきしむ音が、遅れて始まった雷鳴に飲まれる。
「ど、どうなってるのミモザ?」
「さささ、さすがに、わたしにもわかんないわよ!」
揺らぎから、赤黒いドロリとした何かが滲み出てきて、踊り場の床に着くや否や、轟音とともに立ち上がり巨大な門に変わった。
光が外側に向かって一気に爆ぜた。
広範囲の火山灰が、煌めきながら空気中に融けて消えていった。
風が、音が消える。青空が渦に飲まれて、元の沈んだ灰色の空に戻った。
静寂。
「……」
「……」
ミモザと無言で視線を交わす。
ふと下を見下ろすと、崩れた建物とひっくり返った車が見えた。幸いなことに、全員が活動中かつ防護服を着用していたためか、微かに聞こえるざわめき以外に、喫緊の事態なんかは感じられなかった。
『ギギギギィィ――――』
両開きの巨大門が、ゆっくりと開いていく。
「確かに一瞬で通過できたな。」
最初に大柄な人が出てきた。直後に、強烈な破砕音とともに、防護服のヘルメットから2本の角が突き出た。
この声は多分、楢崎教授だ。
「みたいだな。しかし特に体に変わ……いや待て、何だ? 視界が低い。うおおおっ――」
二人目は、その半分くらいの身長。手足がブカブカの防護服に引っかかって、前のめりに転んだ。床面にヘルメットがぶつかる直前に、後ろから伸びてきた植物の蔓(?)に絡め取られて転ばずに制止する。
「もう。芳宏さん。なんでそんなに小さくなっているのよ」
二人目は津田教授の旦那さんの方、芳宏さんか。三人目は、多実子さんの方の津田教授だな。
こちらも扉から出た直後に大きな破砕音がして、ヘルメットから木の枝が2本突き抜けてきた。先端に若葉が芽吹き蕾が付いて花が咲いた。
もう、この時点で3人とも人間やめているじゃんね。
多分だけど、最初が龍人。次がドワーフ? それから、樹人とかじゃないかな。
「なるほど。通過するだけで、体が別の何かにごっそり換装される仕組みか。非常に興味深い揺らぎだな……おや?」
最期のこれは姉か。でも見た目は変わっていなさそうな……ヘルメットの中に何か明滅しているけど、何なんだろう。
いや待って、間違えてもそんな仕組みない気がするよ?
そもそも空間の揺らぎ自体が何だか分かっていないのに。分かっているのって、ミモザが異世界だって言ったことだけだし。
「弟じゃないか。わたしには一瞬だったが、多分弟の側は、13日か14日経過していると予測しているが、どうだろうか?」
「どうだろうか、じゃないよ、姉さん。助手の人に何やらせてるんだよ」
「わたしなら、弟に揺らぎの中に行くと言われたら止める。つまりそういうことだな」
やっぱり、この4人。頭おかしいよね。
全員が出たからなのか、巨大門の扉がゆっくりと閉じていき、閉まった一瞬で消えた。再び残ったのは、なんとも言えない空間の揺らぎだけ。
もう、理解できない現象は考えないことにした。
足場を下りると、キャンプ地は酷いものだった。
箱物は八割方が倒壊、テントは当然折り重なっているし。助手の人たちや、自衛隊の人たち。エリクシル電子の社員さんも合わせて、慌ただしく動いている。
ひっくり返った自動車を、二人がかりとはいえ軽々と戻しているのを見ると、防護服の性能を思い知る。
「怪我人が数名のみと?」
「ああ。何が起きたのか、理解ができんがな。何だよあの超常現象はよ。光って、暴風の後、四散消滅とか。まあ、後で詳細に報告書は書くが」
「その辺りの環境的な異状が、今後の課題と言ったところか」
険しい顔の郷田さん。ただ、視線の先は楢崎教授の頭上だ。
「して楢崎さんよ。そのヘルメットから突き出てる角は、何なんだ?」
「これかね。実は揺らぎから出て、首が動かせなくて困っていたんだが、郷田君には何が見えている?」
「角……だな。あれだ、鹿の角が見た目一番近いかもしれん」
「ほう……角か。脱げそうかね?」
「強化ガラス割るしか無理そうなんだが。ここじゃあ割れんぞ、メーカー行きだ」
こういう時のためのテントなんだろうな。
最初に設置されていた数のテントは、あっという間に立ち上がった。密閉性の高いテントは、幸いにも空気清浄機が生きていたため、中で防護服を脱ぐことができた。
楢崎教授は、やっぱり無理だったけれど。ヘルメットを脱ぐ津田教授の、枝が中に引っ込んだ時はさすがに二度見した。
「でさ、姉さん。あなたは一体、何ものなの?」
「どうやら体組織が全て生体機械化している感じだね。これは便利だな、携帯電話経由で入る情報が全て脳にロジックされていくぞ。そして、鑑定眼が開眼すると」
「姉さんのそれ、機械なの?」
「ふむこんな感じに見えるんだな……弟は、ハーフエルフか」
「ハーフ……エルフ?」
「楢崎氏はドラコニアン、津田芳宏氏はヘパイストス、津田多実子氏はユグドラシルか。ならばわたしはさしずめ、デウス・エクス・マキナと言ったところか」
なんだか嬉しそうに笑う姉に、頬が引きつる。
どうしてこの多神教の神々みたいな布陣なのか。僕だけが普通なのは納得できないんだけど。いや、問題はそこじゃないな。
「姉さんたち、人間やめたの?」
「どうやらそうらしい。なに、ちょっと性能が向上した程度で、もともと我々は普通ではない変人だからな。変わらんだろう」
「自分で変人認定したし!?」
カラカラと笑う姉から視線を外して、他の三人を見る。
楢崎教授は、なるほど龍か。縦長の瞳孔は、頭部の角と合わさって龍神なのだろう。首にも鱗状の模様が浮かんでいる。
津田教授夫妻、多実子さんはなるほど植物か。角は木の枝で葉が茂り、花も咲いている。耳が緑色の葉なのは分かるけれど、肌はちょっと色素が濃くなったかな程度。
体型ドワーフな芳宏さんは、足が動かないのかな、車椅子に乗っている。短い手足に樽のような体。燃えるような真っ赤な髪がすごく目立つ。
「今の科学なら、義足は容易だろう。まあ、現場じゃ無理だろうが」
不自由なはずなのに、芳宏さん本人はあっけらかんとしたものだった。




