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『追放悪役令嬢の発酵無双 〜腐敗した王国を、前世の知識(バイオテクノロジー)で美味しく改革します〜』  作者: 杜陽月
科学の王国と支配の聖女

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最後の治療

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

アルフレッドの命を賭した忠誠。そして、その犠牲に応えるかのように絶対的な『秩序』をその『不屈の魂』で内側から打ち破ったギムレック。 仲間たちが繋いだ、最後の希望。イザベラは、ついに世界の歪みの中心コアユニットへと、その身を投じました。 ついに最後の戦いが始まります。

「――行けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 ギムレックの魂の咆哮が玉座の間を震わせた。


 それは秩序と混沌の激突の合図だった。


 黄金色の内なる(・・・)溶鉱炉(・・・)の光をその身に纏ったギムレックが、セラフィナへと突進する。


「消えなさい、異物(バグ)!」


 聖女セラフィナの完璧な計算が、この予測不可能な『混沌』を排除するために作動する。黒曜石の床が再び無数の槍と化し、ギムレックを串刺しにせんと襲いかかる。


 だが今のギムレックには通じない。


()えんだよ(・・・・)!」


 彼がその戦斧を(あるいは、もはやただの鉄の塊と化したそれを)振るうたび、セラフィナが生み出す『秩序』の槍が、まるでただのガラス細工のように粉々に砕け散っていく。


 計算ではない。


 理屈ではない。


 ただひたすらに目の前の壁を叩き壊す。


 ドワーフという種族のそのあまりにも純粋で原始的な()()()が、神を名乗る冷たい『秩序』を圧倒していた。


 私はその神話のような戦いを背中で感じながら走っていた。


 アルフレッドの温もりさえまだ残る床を踏みしめて。


 涙は出なかった。


 いや、流すことを自らが許さなかった。


(……今私がすべきことは、ただ一つ)


 目指すは玉座の間、中央。


 巨大なガラスのシリンダー。その内部で赤黒く不気味に脈打つ、あの歪んだ二重螺旋。


 この世界を狂わせている全ての元凶。


 『エデン』システムのコアユニット。


 私が胸元の白衣の裏に隠し持っていた最後の一片。


 アルフレッドが私の『万が一』のために用意してくれていた最後の『希望』。


 『星の癒し手(アステラ・ヒーラー)』の小さな小さな母株(マザー-ストック)を、強く握りしめる。


(……待っていてください、アルフレッド。あなたのその完璧なまでの忠誠心。……決して無駄にはいたしませんわ)


 だが敵の心臓部は無防備ではなかった。


 私がコアユニットに数メートルまで近づいた、その瞬間。


 赤黒い螺旋がまるで外敵の侵入を感知したかのように、激しく脈動した。


 そしてそのシリンダーの周囲の床から、あの忌まわしい沈黙(・・)()災厄(・・)が溢れ出したのだ。


 灰色のナノマシンの泥。


 それが私の足元にまるで無数の亡者の腕のように絡みついてくる。


「……っ!」


 冷たい。


 生命の温もりを根こそぎ奪い去っていくような、絶対的な虚無の冷たさ。


 それは私の足を拘束するだけではない。


 私の科学者としての自信。


 私のイザベラとしての記憶。


 私の茅野莉子としての魂。


 その全てを内側から解析し、分解し、無価値な情報へと変換しようとしてくる。


(……これが教皇の……『秩序』の正体……!)


 抗えない。


 この絶対的なシステムの前では、個人の意志などあまりにも無力。


 私の意識がこの灰色の虚無の海に沈められていく――


「――嬢ちゃん(・・・・)()()して(・・)やがる(・・・)!」


 ギムレックの怒声が私の遠のきかけた意識を強引に引き戻した。


「てめえは科学者だろうが! こんなわけのわからねえ泥んこ遊びに付き合ってんじゃねえ! てめえの仕事をしやがれ!」


 そうだ。


 私は科学者。


 この現象には必ず理由がある。


 このナノマシンが私の精神に干渉できる理由が。


(……そうか。周波数(・・・)だ……!)


 このナノマシンは特定の微弱な電磁パルスを放出している。それが私の脳の思考パターンと共鳴(・・)することで私に絶望を見せているのだ。


 ならば。


 私はその共鳴を断ち切ればいい。


 私はもはやためらわなかった。


 自らの舌を強く噛み切った。


 鉄の味が口いっぱいに広がる。


 その強烈な痛み。


 そのあまりにも原始的で混沌(カオス)とした生命のシグナルが、ナノマシンの秩序(・・)ある(・・)パルス(・・・)を打ち破った。


「……はっ……! はぁ……!」


 灰色のナノマシンの拘束が緩む。


「……私の科学は……。私の生命は……! あなたのその空っぽな『秩序』なんかに支配はさせない……!」


 私はシリンダーのガラス壁に手をついた。


「……開かない……! このガラス……! 防爆仕様の強化ガラス……!」


 だが、どうやってこの最後の壁を破る……!


「――今だ(・・)、イザベラ!」


 その声はギムレックとセラフィナの激しい戦闘の渦の中から聞こえた。


 ギムレックはセラフィナのナノマシンの嵐のような猛攻を、そのボロボロになった体一つで受け止めながら笑っていた。


「……てめえは計算違いをしたなあ、聖女様よぉ……!」


「なんですって……!」


「てめえは俺をこの場で釘付け(・・・)()した(・・)つもりだろうが……。それこそが俺の()()だった(・・・)とは思うまい!」


 ギムレックはセラフィナのナノマシンの腕が自らの体に深く食い込むのを構うことなく、そのありったけの力を足元に込めた。


「……俺たちドワーフの本当(・・)()仕事場(・・・)はなあ……! てめえらのその綺麗な床の上じゃねえ……!」


 彼がその鋼鉄のブーツで床を踏み抜く。


「――()()!」


 地鳴り。


 ギムレックが踏み抜いたその一点から、黒曜石の床に巨大な亀裂が走った。


 その亀裂はまっすぐに私の足元。


 コアユニットのシリンダーのその真下へと到達する。


 ガシャン!


 完璧な強度を誇っていたはずのシリンダーのその土台(・・)|が、ギムレックのただ一撃の衝撃波(・・・)|によって粉々に砕け散ったのだ!


「……親方……!」


「行けっ! 嬢ちゃん!」


 土台を失った巨大なガラスのシリンダーが、ゆっくりとこちらへと傾いてくる。


 私はその崩壊の瞬間を逃さなかった。


 シリンダーが床に激突し、その分厚い強化ガラスが砕け散る。


 中から赤黒い冒涜的な二重螺旋(・・・・)の本体が、粘液質のおぞましい脈動と共に転がり出た。


「……これが……本体……!」


 私はもはやためらわない。


 アルフレッドの命。


 ギムレックの魂。


 ハンナの未来。


 そしてレオンハルト様の待つ明日。


 その全てをこの小さな一欠片に込めて。


 私はその赤黒く脈打つ混沌(・・)()()のその中心へと、私の科学(・・)()()――『星の癒し手(アステラ・ヒーラー)|』の最後の一片を深く、深く突き立てた。


「――さあ。最後の治療を始めましょうか!」


 閃光(せんこう)


 赤黒い混沌の塊が、突き立てられた青白い秩序の光を拒絶するかのように激しく明滅を繰り返す。


 赤。青。赤。青。


 二つの相反する生命の設計図が今、この玉座の間で互いの存在を賭けて激突する。


「……やめなさい……。やめろ……! 私の完璧な秩序を……! この世界を……汚すなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 セラフィナの聖母のような仮面が剥がれ落ち、初めてその人間(・・)らしい(・・・)剥き出しの憎悪が迸る。


 だが、もう遅い。


「……イザベラ! 終わらせろ!」


 ギムレックが最後の力を振り絞り、セラフィナを羽交い締めにする。


 私はその二つの相反する光の渦の中心で叫んだ。


 それは科学者としての私の最後の祈り。


「――上書き(オーバーライト)しなさいっ!」


 世界から音が消えた。


 赤も青も黒も、全ての色が、一つの絶対的な()()()に飲み込まれていく。


 そのあまりにも清浄な光の中で私は確かに聞いた。


 私の腕の中で息絶えたはずのアルフレッドのその穏やかな声を。


《……お見事です、お嬢様》

最後までお読みいただき、ありがとうございます。 ついに、『最後の治療』が始まりました。ギムレックの不屈の魂がイザベラへの道を切り開き、彼女はついに世界の歪みの中心であるコアユニットへと清浄な生命の設計図を打ち込みました。 赤黒い『歪み』と青白い『調和』。その二つを飲み込む、絶対的な白い光。


次回「世界が、生まれ変わる日」。全てが終わります。


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