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執行官、覚醒

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

イザベラたちは、ついに反撃の兵器『星の癒し手(アステラ・ヒーラー)』の量産化に成功しました。科学と魔法、そして技術の融合が、不可能を可能にしたのです。

しかし、その勝利すらも、教皇ヴァレリウスの掌の上だったとは……。彼が語る、最終計画と『執行官』の正体とは、一体何なのか。物語は、フェーズ2の、最後の戦いへと突入します。

 テル(・・)アドリエル(・・・・・)の地下深くに建造された、巨大な培養プラント。そこは、今やこの星の未来を紡ぐ、希望の心臓部だった。

 エルフの古の歌声が、ドワーフの技術が生み出した『超音波励起装置(ソニック・ブースター)』によって増幅され、心地よい振動となって十基の『生物反応槽(バイオリアクター)』を満たしていく。その中で、私たちが『星の癒し手(アステラ・ヒーラー)』と名付けた特殊微生物は、まるで星空のように、淡く、そして力強い光を放ちながら、爆発的な速度で増殖を続けていた。


「……素晴らしい。このペースなら、あと十日もあれば、黒鉄山の汚染を完全に浄化できるだけの量を確保できますわ」

 観測機器が示す、驚異的な増殖率のデータを見ながら、私は満足げに頷いた。私の隣では、議長エララとギムレックが、同じように誇らしげな顔で、自分たちの仕事の成果を見つめている 。



「うむ。我が同胞たちの歌声が、これほどまでに力強いものだったとは、このエララ、改めて思い知ったわ」

「へっ! てめえらのひ弱な歌だけじゃ、こうはいかねえぜ。俺たちの『ブースター』があってこそ、だ。まあ、お嬢ちゃんの科学がなけりゃ、どっちもただのガラクタだったがな」

 憎まれ口を叩きながらも、ギムレックの顔には、満面の笑みが浮かんでいる 。種族も、価値観も違う私たちが、一つの目的のために、それぞれの最高の技術を持ち寄り、奇跡を成し遂げた。その達成感が、この地下プラント全体を、温かい光で満たしていた。



「最初のロットが、間もなく完成します。完成次第、すぐに黒鉄山へと輸送し、浄化作戦の第一歩を開始しましょう。アルフレッド、クラウス副官、輸送部隊の準備は?」



「はっ。いつでも出発できます、お嬢様」

「ドワーフの戦士たちとの連携も、問題ありません」

 全てが、順調だった。あまりにも、順調すぎた。

 その、一瞬の油断。それこそが、敵が待ち望んでいた、最高の好機だったのだ。


 遥か西方、聖アグネス神聖法国。

 教皇ヴァレリウスは、水晶盤に映る、我らの培養プラントの光を、静かに、そして、満足げに、見つめていた 。



「……素晴らしい。実に、素晴らしい。あの娘は、我らの想像を、遥かに超える速度で、答えにたどり着いた。……だが、それも、全て、()計画(シナリオ)(うち)よ」

 彼の傍らに控える聖女セラフィナが、冷たい声で問う。

「……猊下。いよいよ、最終段階へ?」

「うむ。彼らが、希望の全てを、あの地下プラントに集約させた、今こそが、好機。……執行官(エクゼキューター)を、目覚めさせよ」

「御意」

 セラフィナは、恭しく頭を下げると、大聖堂の、さらに地下深くへと続く、螺旋階段を降りていった。

 そこは、教皇ですら、滅多に足を踏み入れない、禁断の聖域。古代文明が遺した、巨大な球形の装置が、壁一面に埋め込まれた、不気味な部屋だった。

 セラフィナは、その中央に立つと、自らの手のひらを、儀式用の短剣で、躊躇なく切り裂いた。溢れ出す、聖女の血。彼女は、その血を、床に描かれた複雑な紋様――古代文明の、起動シーケンス――に、滴らせていく。

「目覚めなさい、古の鉄槌。主の御名において、汝に命じる。東の地に巣食う、異端の叡智を、その源泉ごと、地の底深く、葬り去るのです」

 彼女の祈りに呼応するように、部屋全体が、地鳴りのような振動を始めた。壁に埋め込まれた球形の装置が、一つ、また一つと、不気味な赤い光を灯していく。

 それは、エデン(・・・)システムとは、全く異なる、もう一つの、古代文明の遺産。

 世界の秩序を乱す『バグ』を、物理的に、そして外科的に『除去(・・)』するためだけに設計された、自律型の、対拠点殲滅兵器。

 そのコードネームは、『執行官(エクゼキューター)』。


 テル・アドリエルの地下プラントを、最初の揺れが襲ったのは、まさにその時だった。

 |ゴゴゴゴゴゴ……!

 それは、地震のような、自然の揺れではなかった。もっと、規則的で、機械的で、そして、明確な悪意を感じさせる、冒涜的な振動だった。

「な、なんだ!?」

 ギムレックが、壁に手をついて、体勢を立て直す。

「地震か!? いや、違う! この揺れは、まるで、巨大な何かが、この下から、岩盤を削りながら、上がってくるような……!」

 彼の、職人としての直感が、脅威の正体を、正確に捉えていた。

 エララ議長とエルフたちが、顔面蒼白になる。

「……結界が……! 外からではない! ()から(・・)、何かが、我らの魔法の壁を、喰い破ろうとしている……!」

 次の瞬間、プラント全体を、耳をつんざくような、金属の軋む音が、支配した。

 プラントの中央、最も固い岩盤でできているはずの床に、巨大な、そして、完璧な円形の亀裂が、灼熱の光を放ちながら、走り始めたのだ。

「全員、退避!」

 クラウスの絶叫が響き渡る。だが、もはや手遅れだった。

 円形の岩盤が、まるで巨大な蓋のように、持ち上がる。そして、その下から現れたのは、この世の、いかなる悪夢よりも、おぞましいものだった。

 それは、生き物ではなかった。黒光りする、未知の合金でできた、巨大な、多脚型の機械。その体は、昆虫のようでもあり、蜘蛛のようでもあったが、その動きは、生き物のようなしなやかさを一切持たない、冷徹な、機械のそれだった。その、無数の複眼のような赤いレンズが、一斉に、我々の希望の心臓部――十基のバイオリアクターへと、向けられた。

「……あれが……『執行官』……」

 私は、その姿を前に、呆然と呟くことしかできなかった。


「野郎ども! 構うな! 俺たちの『希望』を、こんな鉄クズに、くれてやるな!」

 最初に動いたのは、ギムレックだった。彼は、魂の雄叫びと共に、その巨大な戦斧を手に、執行官へと躍りかかった 。



 ガキィィィィン(・・・・・・・)

 ドワーフの王が鍛えた最高の戦斧が、執行官の脚の一本に叩きつけられる。だが、その黒い装甲には、傷一つ付かない。逆に、執行官は、まるで邪魔な虫を払うかのように、その脚を薙ぎ払い、ギムレックの巨体を、壁際まで、いとも容易く吹き飛ばした。

「ぐっ……はっ……!」

「親方!」

 ドワーフたちが、悲鳴を上げる。

「森の精霊よ! 我らに力を!」

 エララ議長とエルフたちが、癒しの魔法と、植物の蔓を操る魔法を、一斉に放つ。だが、執行官の体表を覆う、微弱なエネルギーの膜が、その全てを、霧のようにかき消してしまう。自然の理に基づく魔法は、この、理の外にある存在には、届かないのだ。

「怯むな! 隊列を組め! イザベラ様を、お守りしろ!」

 クラウス率いる騎士たちが、盾を構え、私と、そして培養槽の前に、最後の壁として立ちはだかる 。



 だが、執行官は、彼らには、目もくれなかった。

 その目的は、ただ一つ。

 その体の中央部が、音もなく開き、内部から、眩いほどの光が、溢れ出す。それは、全ての生命を、原子レベルまで分解する、純粋なエネルギーの奔流。

 その砲口が、まっすぐに、中央のバイオリアクターへと、向けられた。


(……ダメ……! アレを撃たれたら、全てが、終わる……!)

 私の脳が、絶望的な状況下で、最後の答えを弾き出す。

「アルフレッド! ハンナ! 『母株(マザー・ストック)』を! あの、最初のシャーレだけを、確保して!」



 プラントが失われても、この森が滅んでも、あの、最初の希望の種さえあれば、いつか、必ず、やり直せる。

 アルフレッドとハンナが、私の絶叫に応え、研究室へと走る。

 そして、私は、私の科学者としての、最後の、そして最大の賭けに出た。

「クラウス! 全員、伏せて!」

 私は、懐から、一つの、小さなガラス瓶を取り出した。中には、私がヴェルテンベルクで、密偵に『わざと(・・・)』盗ませた、あの、不安定な状態の、硫酸塩還元菌が入っている 。



 私は、その瓶を、執行官の、エネルギーが集中する、その砲口へと、全力で投げつけた。

 ガラス瓶が、砲口の縁で砕け散る。

 次の瞬間、執行官が放った、純粋なエネルギーの奔流が、私の投げつけた微生物と、接触した。

 そして、世界から、音が消えた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ついに、教皇の切り札、『執行官』が覚醒しました。その圧倒的な力の前に、仲間たちの希望は、風前の灯火です。

絶望的な状況下で、イザベラが放った、最後の、そして最も危険な一手。それは、奇跡を起こすのか、それとも、全てを無に帰す、破滅の引き金となるのか。


次回「混沌の連鎖反応」。フェーズ2、衝撃のクライマックスです。


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