↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『追放悪役令嬢の発酵無双 〜腐敗した王国を、前世の知識(バイオテクノロジー)で美味しく改革します〜』  作者: 杜陽月
発酵と侵蝕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/75

親方の矜持

観察対象——連鎖する混沌。

世界から、音が消えた。

 執行官(エクゼキューター)が放った、純粋なエネルギーの奔流が、私の投げつけた小さなガラス瓶――不安定な状態の硫酸塩還元菌を満たした

 最後の切り札――と接触した、その刹那。

 爆発は、起きなかった。


 代わりに、プラント全体が、太陽の内部で生まれたかのような、目を焼くほどの純白の光に包まれた。音もなく、熱もなく、ただ、全ての色彩を奪い去る、絶対的な光。

 それは、ほんの一瞬の出来事だった。

 そして、光が収まった時、そこに現れたのは、地獄だった。


「……な……んだ……こりゃあ……」


 壁際で瓦礫に埋もれていたギムレックが、呻くような声を上げた 。


 執行官の、黒光りしていたはずの装甲が、まるで酸に侵されたかのように、どす黒く、ぬめりを帯びた何かに覆われ始めていた。

 そして、その表面からは、ぷつり、ぷつりと、不気味な泡が、腐った沼のように湧き上がっている。

 私の投げつけた、硫酸塩還元菌。

 彼らは、執行官が放った、純粋なエネルギーを『(かて)』として、本来ならば数百年かかるはずの進化を、たった一瞬で、強制的に遂げてしまったのだ。


 そして、その異常進化した微生物たちは、自らの増殖に必要な触媒――鉄分を求め、執行官の、未知の合金でできた装甲そのものを、猛烈な勢いで喰らい始めた。

 ジュウウウウウウウウ……!

 肉が焼けるような、嫌な音が響き渡る。執行官の装甲が、黒い液体となって、滴り落ちていく。

 そして、プラント全体に、鼻を突き、呼吸を奪う、強烈な腐卵臭――硫化水素の匂いが、充満し始めた。


「……イザベラ様! これは……!」


 クラウスが、盾を構えながら、私の名を叫ぶ 。


「ええ……! 私の、計算を、超えています……!」


 私は、目の前の光景に、戦慄していた。

 これは、もはや私の知る科学ではない。私の制御を離れた、混沌の連鎖反応チェーン・リアクション。私が、この世界に解き放ってしまった、新たな怪物だった。


 執行官は、自らの体が、内側から喰われていくという、想定外の事態に、混乱しているようだった。

 その巨体が、痙攣するように震え、無数の赤いレンズが、狂ったように明滅を繰り返す。

 ギギギ……ガガガガガ……!

 機械の断末魔のような、耳障りなノイズが、プラントに響き渡る。


「森の精霊よ! 我らを守りたまえ!」


 エララ議長が、残された魔力の全てを振り絞り、植物の蔓を操って、執行官の動きを封じようとする。

 だが、蔓は、その腐食した装甲に触れた瞬間、同じように黒く変色し、崩れ落ちていく。


「ダメだ! あの黒いドロドロに、魔法が効かねえ!」


「親方! ご無事ですか!」


 ドワーフたちが、瓦礫の中からギムレックを助け出す。

 その、阿鼻叫喚の地獄絵図の中で、私は、ただ一点を、見つめていた。


(……砲口……! あのエネルギー反応は……!)


 執行官は、最後の力を振り絞り、再び、その中央の砲口に、エネルギーを集中させようとしていた。だが、その内部回路までもが、すでに微生物に侵食されているのだろう。

 エネルギーは、制御を失い、その砲口の周りで、危険な火花を散らしていた。


(……まずい。このまま、暴発すれば……!)


 この地下プラントごと、このテル・アドリエルの都が、吹き飛ぶ。


「全員、伏せてええええええええええええっ!」


 私の絶叫が、響き渡った、まさにその時。


「お嬢様!」


 研究室の方向から、アルフレッドの声がした。

 彼とハンナが、私の指示通り、こちらへ走ってくる。

 最初の希望の種――『星の癒し手(アステラ・ヒーラー)』の母株(マザー・ストック)が入った、特別なガラスケースを必死に抱えて。


「確保しました!」


「よくやったわ、二人とも!」


 希望は、まだ、失われていない。

 だが、その希望を守るための、時間が、なかった。

 執行官の砲口が、臨界点を示す、甲高い警告音を発し始める。


 もはや、万事休すか。

 私が、奥歯を噛み締めた、その瞬間。


轟然(ごうぜん)という、世界が砕ける音と共に――。


 世界は、再び、光に包まれた。

 だが、それは、執行官が放った純白の光ではない。

 自らのエネルギーの暴走に耐えきれず、その巨体が、内側から、弾け飛んだのだ。


 衝撃波が、プラント全体を揺るがす。天井の岩盤が、巨大な塊となって、落下してくる。

 私は、アルフレッドとハンナが抱える、ガラスケースの上に、自らの体を投げ出して、覆いかぶさった。


(……ここまで、なの……?)


 薄れゆく意識の中で、私は、自分の科学者としての、無力さを、呪った。


 どれほどの時間が、過ぎたのだろうか。

 私が、ゆっくりと目を開けると、そこは、静寂に包まれていた。

 私の体の上には、巨大な岩盤が、今にも落ちてきそうな形で、静止していた。


 いや、違う。その岩盤を、下から支えているものが、あった。


「……親方……?」


 ギムレックが、その鋼のような両腕で、落下してきた岩盤を、一人で、支えていたのだ。その口からは、血が流れ、その巨体は、限界を超えて、震えている。


「……へっ……。ドワーフの、石頭を……なめるんじゃ、ねえ……。お嬢ちゃんの、希望の種は……このワシが、命に代えても……」


 彼の周囲では、エルフたちが、緑色の光を放つ魔法で、他の場所の崩落を、必死に食い止めていた。

 クラウスの騎士たちは、盾を構え、私たちを、さらなる落石から守っている。

 誰も、諦めてはいなかった。

 私は、ゆっくりと体を起こす。幸い、大きな怪我はないようだ。アルフレッドとハンナも、無事だった。

 そして、彼らが守り抜いた、ガラスケースの中の『母株』もまた、静かな光を放ち続けていた。


 私は、立ち上がると、破壊された執行官の残骸へと、歩み寄った。

 その、黒焦げになった残骸の中心部。そこに、私は、あるものを発見した。

 それは、執行官の動力炉の、一部だった。だが、その構造は、ただのエネルギー発生装置ではない。

 周囲の岩盤の振動を増幅させ、特定の周波数で共振させる、指向性の、地盤兵器。


 私の脳裏に、レオンハルトからの、あの報告が、雷鳴のように蘇った。


『……山が、泣いている、と』


「……そうか……。そうだったのね……」


 私は、全てを理解した。

 教皇ヴァレリウスと聖女セラフィナ。彼らの、本当の狙い。

 執行官の目的は、このプラントを破壊することだけではなかった。それは、陽動。


 本当の目的は、この動力炉で、このテル・アドリエルの地下にある、巨大な地質学的な断層を刺激し、大規模な地殻変動を誘発すること。

 この森を、心臓の大樹(ハートウッド)ごと、物理的に、地の底深く、埋葬すること。

 彼らは、古代の叡智の存在を、知っていた。そして、それを、何よりも、恐れていたのだ。


 私の科学ではなく、この星に残された、最後の希望そのものを、彼らは、根絶やしにしようとしていたのだ。

 その、あまりにも恐ろしく、そして、あまりにも冒涜的な計画の全貌を前に、私の胸に宿ったのは、もはや怒りではなかった。

 ただ、絶対的な、科学者としての、闘志だった。


「……あなた方の、思い通りには、させませんわ」


 私は、静かに、しかし、地の底から響くような声で、呟いた。


「この星の生命が、何億年もかけて紡いできた希望を、あなた方のような、愚かな支配者のために、終わらせてなど、あげませんから」

連鎖は止まらない。


面白いと思っていただけましたら、ブックマークや☆での評価をいただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。