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反撃の量産計画

いつもお読みいただき、ありがとうございます。

ついに、イザベラたちは、古代の叡智を解読し、『沈黙の災厄サイレント・カラミティ』に対抗する、生ける兵器を生み出すことに成功しました。絶望の淵で掴んだ、大きな、大きな希望です。

しかし、シャーレの中の勝利と、世界を救うことの間には、まだ大きな隔たりがあります。イザベラの、次なる挑戦が始まります。

 シャーレ(・・・・)の中の勝利。それは、あまりにも小さく、しかし、この星の未来を照らす、何よりも尊い光だった。

 心臓の大樹(ハートウッド)(うろ)は、もはや絶望の会議室ではない。人間、エルフ、ドワーフ。三つの種族の最高の知性が集う、前代未聞の作戦司令部と化していた。


「……美しい……。何度見ても、生命の神秘そのものですわ」

 私は、ドワーフの技術とエルフの魔法が生み出した『記録解読器(アーカイブ・リーダー)』が映し出す光の螺旋を、感嘆のため息と共に見上げていた。その傍らでは、助手のハンナが、目をきらきらと輝かせながら、必死にその光景をスケッチブックに写し取っている。彼女のこの記録は、未来の科学者たちにとって、何物にも代えがたい宝となるだろう。

「お嬢ちゃん。見とれてる場合じゃねえだろ」

 ギムレックが、その厳つい顔に、しかし隠しきれない興奮を滲ませて、私の隣に立った 。



「シャーレの中で勝ったところで、あのデカい山や、この気取った森を救うことはできねえ。問題は、どうやって、このちっこい『兵士』を、億、兆の単位まで増やすか、だ。……そのための『設計図』は、お前の頭の中にあるんだろう?」



「ええ、もちろんですわ、ギムレック殿」

 私は、仲間たちに向き直った。その顔ぶれは、もはや私の知る、どの研究室のチームよりも、頼もしく、そして異質だった。誇り高きエルフの議長エララ。最高の技術者であるドワーフの親方ギムレック。忠実な騎士であるクラウス。そして、私の科学を信じ、支えてくれるアルフレッドとハンナ 。



「これより、対災厄(アンチ・カラミティ)特殊微生物スペシャル・マイクロオーガニズム――コードネーム『星の癒し手(アステラ・ヒーラー)』の、量産化計画を開始します」


 私が広げた新たな羊皮紙には、テル・アドリエルの都の地下に、巨大な培養プラントを建造する、壮大な計画が描かれていた。

「心臓の大樹の真下には、豊富な地下水脈と、ドワーフの方々が言うところの『地熱溜まり(ジオ・ポケット)』が存在します。この二つを利用すれば、微生物の培養に必要な、清浄な水と、安定した温度を、半永久的に確保することが可能です」

「そして、このプラントの心臓部となるのが、ヴェルテンベルクで成功した『生物反応槽(バイオリアクター)』を、さらに発展させた、超巨大培養槽です。ギムレック殿、あなた方の力で、これを十基、建造していただきたい」



「がっはっは! 任せておけ! このギムレックの槌が、ただの飾りじゃねえことを見せてやる!」



 だが、計画は、それだけではなかった。

「しかし、ただ培養槽を作るだけでは、前回の二の舞になります。聖女セラフィナが放った『赤蝕病』のように、外部からの汚染――コンタミネーション(・・・・・・・・・)は、我らの最大の敵です」



 私は、エララ議長へと向き直った。

「議長殿。あなた方エルフの、古の『結界魔法(けっかいまほう)』の力をお借りしたいのです。培養プラント全体を、外部のいかなる微生物の侵入も許さない、清浄な『聖域(サンクチュアリ)』として、守っていただくことは、可能でしょうか」

「……なるほど。お主の言う『科学』の城を、我らの『魔法』の壁で守る、か。面白い」

 エララは、その美しい顔に、挑戦的な笑みを浮かべた。

「よかろう。森の賢者たちを集め、我らが持ちうる、最高の守護の結界を、約束しよう」


 科学と、技術と、魔法。三つの力が、再び、一つの目的のために、動き出した。

 だが、量産化への道は、平坦ではなかった。

 最初の巨大バイオリアクターが完成し、アステラ・ヒーラーの初期培養を開始してから、三日目のことだった。

「……ダメだ、お嬢ちゃん! 増殖速度が、計算の十分の一にも満たねえ!」

 ギムレックが、観測窓を覗き込み、悔しそうに叫ぶ。

 彼の言う通りだった。シャーレの中では、あれほど力強く災厄を喰らっていたアステラ・ヒーラーが、巨大な培養槽の中では、まるで元気を失ったかのように、その活動を鈍らせていたのだ。

「……なぜ……? 栄養素の配合は、完璧なはず。温度も、pHも、計算通りに制御されている。エルフの結界のおかげで、雑菌の混入も見られない。一体、何が足りないというの……?」

 私は、壁に書き殴った計算式を、何度も、何度も見直す。だが、どこにも間違いは見当たらない。

(まさか……スケールアップに伴う、未知の阻害要因……? これでは、世界を救うどころか、この森一つ救えない……!)

 焦りが、私の冷静な思考を、蝕んでいく。研究室に、重苦しい沈黙が流れた。

 その、絶望的な空気を破ったのは、私の隣で、じっと培養槽の中を覗き込んでいた、ハンナの、素朴な一言だった。


「……おねえちゃん。この子たち、なんだか、寂しそうだよ」

「……寂しい?」

「うん。シャーレの中にいた時はね、みんなで、きらきら光って、歌ってるみたいだった。でも、この大きなお風呂の中だと、みんな、一人ぼっちで、迷子みたいに見えるの」

 ハンナの、子供らしい、詩的な表現。

 だが、その一言が、私の脳内に、天啓のような閃きをもたらした。

(……歌……? そうか! そうだったのよ!)

 私は、エララ議長の元へと、駆け出した。

「議長殿! 教えてください! あなた方が、心臓の大樹を目覚めさせた、あの『歌』! あれは、ただの儀式ではなかったはずです! あの歌声そのものが、マナに、そして生命に、直接働きかける、何らかの力を持っていたのではありませんか!?」

 私の、あまりにも突飛な問いに、エララは、一瞬、驚いた顔をしたが、やがて、全てを理解したように、深く頷いた。

「……いかにも。我らの古の歌は、生命の根源たる『響き(・・)』。マナを調律し、生命の活動を、最も理想的な状態へと導く、究極の魔法。……科学者よ。お主は、あの微生物たちもまた、我らの歌を、必要としていると申すのか」

「はい! 彼らは、心臓の大樹の『免疫システム』から生まれました! いわば、彼らは、あなた方の森の、子供たちなのです! 栄養豊富な食事だけではない。彼らが、その力を最大限に発揮するためには、母なる森の『歌声(ララバイ)』が、必要なのですわ!」


 その日の夜。

 巨大な地下培養プラントは、前代未聞の、荘厳なコンサートホールと化していた。

 エララ議長を始めとする、エルフの最高の歌い手たちが、十基のバイオリアクターを囲むように立ち、あの時と同じ、古の、魂を揺さぶる歌を、紡ぎ始めた。

 そして、ギムレックたちドワーフは、響振石を使った新たな装置――歌声を、アステラ・ヒーラーの活動を最も活性化させる周波数へと変換し、培養液の中に直接響かせる、『超音波励起装置(ソニック・ブースター)』を、稼働させていた。

 科学と、技術と、魔法。その、三度目の融合。

 そして、奇跡は、再び、起きた。

 歌声が、培養槽に響き渡った瞬間、それまで沈黙していたアステラ・ヒーラーたちが、一斉に、あの希望の光を、放ち始めたのだ。

 培養液全体が、まるで天の川のように、淡く、そして力強く、輝き始める。観測機器の、増殖速度を示すメーターが、信じられない勢いで、振り切れるほどに、跳ね上がっていく。

「……やった……」

 私は、その場に、へなへなと座り込んだ。

「……やったわ……! これで、勝てる……!」

 私の頬を、安堵と、そして喜びの涙が、伝っていく。

 その私の肩を、アルフレッドが、そっと支えてくれた。彼の目もまた、赤く潤んでいた。


 反撃の兵器は、ついに、量産化の軌道に乗った。

 だが、その時、私たちはまだ知らなかった。

 遥か西方の神聖法国で、教皇ヴァレリウスが、水晶盤に映る、我らの培養プラントの光を、静かに、そして、満足げに、見つめていたことを。

「……素晴らしい。実に、素晴らしい。あの娘は、我らの想像を、遥かに超える速度で、答えにたどり着いた。……だが、それも、全て、()計画(シナリオ)(うち)よ」

 彼の傍らに控える聖女セラフィナが、冷たい声で問う。

「……猊下。いよいよ、最終段階へ?」

「うむ。彼らが、希望の全てを、あの地下プラントに集約させた、今こそが、好機。……執行官(エクゼキューター)を、目覚めさせよ。あの忌まわしき、古代の叡智ごと、全てを、地の底深く、葬り去るのだ」

 彼の言葉に、セラフィナは、深く、恭しく、頭を下げた。

 その唇に浮かんでいたのは、もはや、微笑みではなかった。

 ただ、絶対的な、無慈悲な、破壊の意志だけだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

ついに、イザベラたちは、反撃の兵器『アステラ・ヒーラー』の量産化に成功しました。科学と魔法、そして技術の融合が、不可能を可能にしたのです。

しかし、その勝利すらも、教皇ヴァレリウスの掌の上だったとは……。彼が語る、最終計画と『執行官』の正体とは、一体何なのか。


次回「執行官、覚醒」。物語は、フェーズ1の、最後の戦いへと突入します。


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