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『追放悪役令嬢の発酵無双 〜腐敗した王国を、前世の知識(バイオテクノロジー)で美味しく改革します〜』  作者: 杜陽月
発酵と侵蝕

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喰らう者たちの進撃

観察対象——解読されゆく未知の構造。

 心臓の大樹(ハートウッド)(うろ)の中は、荘厳な静寂と、知的な熱狂が同居する、奇妙な空間と化していた。

 私たちの目の前には、ドワーフの技術とエルフの魔法が映し出した、光の二重螺旋(にじゅうらせん)が、ゆっくりと回転している。

 それは、この星の、全ての生命の歴史と未来を刻み込んだ、究極の設計図。古代の叡智そのものだった。


 そして、その美しい螺旋を無慈悲に解体し、自らと同じ無機質な結晶パターンへと『上書き』していく、黒い棘――『沈黙の災厄サイレント・カラミティ』の

 可視化された脅威。

 だが、私たちは、絶望だけを見ていたのではなかった。

 その視線は、螺旋の中でも、一際複雑な構造を持ち、黒い棘の侵食を、頑なに弾き返している、ある一点に集中していた。


「……これこそが、私たちの、唯一の希望ですわ」


 私は、震える指で、その光り輝く一点を指し示した。


「ナノマシンの分解酵素を中和し、自己増殖を阻害する――生命が何億年もかけて進化させた、究極の防御機構ですわ」


 私は、震える声を抑えた。


「これが、私たちに残された、最後の希望(きぼう)なのです」


 私の言葉に、その場にいた誰もが、固唾を呑む。

 エルフの議長エララも、ドワーフの親方ギムレックも、この小さな光の塊に、自分たちの、そして世界の未来が託されていることを、直感的に理解していた。


「だが、お嬢ちゃん。どうやって、この『希望』とやらを、取り出すってんだ?」


 ギムレックが、最も現実的な問いを、口にした 。



「こいつは、光の絵だ。手で掴むことも、槌で打ち出すこともできねえ。これじゃ、絵に描いた餅と同じじゃねえか」

「ええ、その通りですわ、ギムレック殿。だからこそ、私たちは、この『絵』を、現実の世界に『写し取る』のです。この、生命の設計図を、私たちの手で、再構築(さいこうちく)するのですわ」


 私の、あまりにも大胆な宣言に、その場の空気が、再び緊張した。


「再構築……ですと?」


 エララ議長が、訝しげに問う。


「はい。私の専門は、農芸化学。そして、その根幹を成すのは、目に見えぬ小さな生命――微生物を、理解し、育て、そして、私たちの望む働きをしてもらう、バイオテクノロジーですわ」


 私は、壁際に設置した、私の研究道具が並ぶテーブルへと歩み寄った。そして、一つの、雪のように白い菌糸が満たされたシャーレを、手に取る。


「この子たち――魔法機械(グレイ・ダスト)を分解する、白い放線菌 。彼らは、古代文明の遺物に適応する、類稀なる能力を持っています。ならば、彼らの遺伝情報に、あの『免疫システム』の設計図を、教え込むことができるかもしれない」



「……菌に、物事を教え込む、だと……? 小娘、お主は、いよいよ神の領域にでも足を踏み入れるつもりか」


 エルフの長老の一人が、畏怖の念を込めて呟いた。


「いいえ、神の領域などでは、断じてありませんわ。これもまた、科学。生命の理に基づいた、地道な、実験の積み重ねです」


 私は、仲間たちに向き直り、前代未聞の、共同研究の計画を、明らかにした。


「まず、エララ議長。あなた方エルフの、古の『(ひかり)(うた)』の力が必要です。あの光の螺旋の中から、免疫システムの部分だけを、共鳴させ、他の部分よりも、強く輝かせることはできますか?」

「……難しい相談だ。だが、心臓の大樹の鼓動が戻った今、森のマナは、我らの歌に、以前よりも素直に応えてくれるはず。……やってみよう」

「ありがとうございます。次に、ギムレック殿。あなた方ドワーフには、新たな機械を、急ぎで開発していただきたい」


 私は、羊皮紙に、走り書きで、新たな装置の設計図を描き出す。


「これを、『光情報転写装置(ライト・シーケンサー)』と名付けます。エルフの歌で増幅された、特定の光のパターンだけを、寸分の狂いもなく捉え、」


 ギムレックは一拍置いた。


「その三次元的な構造と、エネルギーの周波数を、水晶板の上に、焼き付けるのです。あなた方の、精密なレンズ研磨技術と、歯車の連動機構が、不可欠となりますわ」



「……へっ! 面白い! 光を、石に刻み込め、か! ドワーフの技の見せ所じゃねえか!」


 ギムレックの瞳に、職人としての、挑戦の炎が宿った 。



「そして、最後に、私の仕事ですわ」


 私は、白い放線菌のシャーレを、掲げてみせる。


「ドワーフの機械が転写した、光の設計図。その情報を元に、私は、この子たちが、その免疫システムを、自らの体内で『再現(さいげん)』するための、」


 私は一同を見渡した。


「最適な環境――特殊な栄養素を配合した、新しい『培地(ばいち)』を、開発します。いわば、菌のための、英才教育ですわね」


 科学と、魔法と、技術。

 三つの、決して交わることのなかった力が、今、生命の設計図を解読するという、一つの目的のために、再び、融合しようとしていた。


 それからの日々は、まさに戦いだった。

 エルフの歌い手たちは、エララ議長の指揮の下、交代で、心臓の大樹の洞にこもり、古の光の歌を、紡ぎ続けた。それは、精神力を極限まで消耗する、過酷な儀式だった。

 ギムレックの工房では、ドワーフたちが、不眠不休で、巨大なシーケンサーの建造にあたっていた。

 カン、カン、という、規則正しい槌の音が、森の中に、希望のリズムを刻んでいく。


 そして、私は、彼らから送られてくる、断片的なデータを元に、来る日も来る日も、培地の配合を、試行錯誤し続けた。

(……ダメ。このアミノ酸の配合では、免疫システムの定着率が、0.1%にも満たない。もっと、特殊なミネラルが必要……?)


(そうか、あの響振石に含まれていた、微量元素……!)

 失敗の連続。だが、その度に、私は、仲間たちの顔を思い浮かべた。一人ではない。この戦いは、私一人の戦いではないのだ。


 そして、運命の、十日目の夜。

 ついに、光情報転写装置が、完成した。エルフたちの歌声が最高潮に達し、光の螺旋の中で、免疫システムの部分が、まるで太陽のように、眩い光を放つ。

 ガション! という、重々しい音と共に、シーケンサーが作動する。

 ドワーフが磨き上げた、巨大なレンズが、その光を、一点に集束させ、純白の水晶板の上に、叩きつけた。


 水晶板の上に、焼き付けられたのは、息を呑むほどに美しい、複雑な、光の紋様だった。


「……やった……! やったぞ、お嬢ちゃん!」


 ギムレックの、歓喜の雄叫びが、洞に響き渡った。


 私は、その水晶板を、震える手で受け取ると、すぐさま、私の研究キャンプへと持ち帰った。

 そして、その光の紋様が示す、複雑なエネルギーパターンを元に、最後の調整を加えた、究極の培地を、完成させた。

 ガラスのシャーレに、その黄金色の培地を満たす。


 そして、その中央に、私の希望の全てである、白い放線菌を、そっと、植え付けた。

 最後に、私は、懐から、小さな、黒い結晶片を取り出した。ドワーフの山から持ち帰った、『沈黙の災厄』の、サンプルだ。

 私は、その死の欠片を、シャーレの端に、そっと置いた。


 集まった、エルフと、ドワーフの仲間たちが、息を殺して、その様子を見守っている。

 シャーレの中で、二つの、相反する力が、対峙する。

 黒い結晶から、目に見えないナノマシンが、じわり、と、その侵食を開始する。


 だが、その侵食が、シャーレの中央に到達しようとした、その時。

 白い放線菌のコロニーが、まるで意思を持ったかのように、その姿を変え始めた。菌糸の先端が、淡い、しかし、力強い光を放ち始めたのだ。

 それは、あの、生命の設計図が放っていた、希望の光と、同じ色だった。

 そして、光る菌糸は、侵食してくるナノマシンに向かって、まるで白い軍隊のように、前進を開始した。


 黒と、白。

 死と、生命。

 二つの力が激突した境界線で、黒い侵食が、ぴたり、と、止まった。


 いや、止まっただけではない。白い菌糸が触れた部分から、ナノマシンが、その構造を維持できなくなり、まるで砂のように、さらさらと、崩壊していく。


「……喰っている……」


 誰かが、畏敬の念に満ちた声で、呟いた。


「……あの白いカビが、災厄を、喰っている……!」


 それは、まだ、このシャーレの中で起きた、あまりにも小さな、勝利だった。

 だが、それは、この星の生命が、自らの手で、反撃の兵器を生み出した、歴史的な、第一歩だったのだ。

設計図を手に入れた。次は、組み立てる番。


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