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後編

結果として、僕達の10年目の挑戦は、準優勝という結果で幕を閉じた。


優勝者の名前が読み上げられた瞬間に僕が思ったことは、これから東京湾に沈められるという恐怖が3割。


隣で泣くまいと必死に堪えている相方と、もう二度と漫才が出来ないのだ、という喪失感が7割だった。



「準優勝、おめでとうごさいます!」


「ありがとう、ございます」


マイクを向けられた僕は、出来る限りの精一杯の笑顔を作って答えてみせた。


まさかこのインタビュアーも、これから僕が東京湾に沈められるとは思っていないだろう。


「しかし、昨年、今年と順位をあげているということは…来年は、やはり優勝狙いですか?」


そう話しながら、インタビュアーは僕の隣で涙を堪える相方へとマイクを向けた。


「いやあ!私達は元々、結成10年以内に優勝出来なければ解散する、という約束で出場していたので…」



現組長の娘とだけあって、クミさんは外面を取り繕うのが上手い。


今ここに立つクミさんはどこからどう見ても、少し気の強いただの女性にしか見えない。



とても、これから実家の極道を継ぐ次期組長には見えない。



「そうなんですか。残念ですが、仕方ないですね」


何も知らないインタビュアーの言葉に、僕達はただ笑うことしか出来なかった。





「私は、ここの組のひとり娘なんだ」


「それは知ってますけど、何ですか急に」


僕達が漫才コンビを組んで3年目の事。


僕の部屋でネタ作りをしていると、突然クミさんがそんな話をした。


この頃には僕も肝が座ってきたもので、あれだけ恐ろしかったクミさんに対しても、比較的フランクに話せるようになっていた。


「あ、もしかしてそれを漫才に組み込みたいとか、そういう話ですか?」


「それもいいかもしれねえが…その結果私が極道の娘だとばれたりなんかしたら、お前の寿命が縮まるだけだぞ」


「すみませんごめんなさい二度といいません許してください」


「私に謝ってどうする。つうか、久々に見たなその感じのお前を」


苦笑しながら、クミさんは持っていたペンを置いて軽く伸びをした。


「この組は、代々うちの家系の者が継ぐことが決まっているんだ」


「え、てことは…」


「そう、次にここを継ぐのは私だ。私の将来は、この家に生まれた瞬間から決まっているんだよ」


そう言って笑うクミさんは、とても寂しそうだった。


「色んな事をやらされてきたよ。まだ年端もいかないガキの頃から、お父様に裏の世界での生き方を叩き込まれてきた」


普通に考えれば、いくら護衛をつけてるとはいえ、成人した男の元に年若い娘を取り立てに行かせるなんて狂っている。


クミさんは、そういった事を当然のように受け入れて実行するような、そういう育て方をされてきたのだろう。


「でもな、カケル」


「へ…?は、はい…」


僕の名前をクミさんがちゃんと呼んだのは、これが初めてだった。


「私は本当は、組長になんてなりたくない。だって私は…」


その先の言葉を告げる前に、クミさんは黙ってしまった。


極道の娘である自分が、そんな事を言うべきではない、と思っているのだろう。


だから僕は、クミさんの言葉を引き継いだ。


「漫才師になりたかったから、ですか?」


クミさんがどうしたかったかなんて、ずっと側にいれば自然と分かった。


「…ああ、そうだ」


あの時彼女が、あんな提案を僕に持ちかけた理由も。


「だから、私は一つお父様に約束を取り付けた。私が見込んだ奴とコンビを組んで、漫才のアマチュア大会で10年以内に優勝できたら、組長でなく別の道を歩ませてほしいってな」




大会が終わって早々に、僕達はクミさんの側近が運転する車で自宅へと向かっていた。


「残念でしたね、お嬢、カケルさん」


「はあ…まあ、そうですね」


僕は苦笑いをしつつ、彼の労いを受け取った。


この10年間でクミさんの側近とも随分親しくなり、今では彼にさん付けで呼ばれるようになった。


「でも、楽しかったですよ、僕は」


不意に口をついて出た言葉は、強がりでもなんでもない本心だった。



どうしようもないクズだった僕が、一人の女性の『漫才をやりたい』という夢を叶えることが出来た。


あのまま死んでいたかもしれない、と思えば、かなり充実した人生を送れたのではないだろうか。



「それで…僕はこれからどうなるんですか」


一旦家に帰るのだろうか。


それとも、このまま道中で東京湾に沈められるのだろうか。


僕と側近が話している間も、クミさんは車中で一言も発する事なく、窓の外をぼんやりと眺めている。


「その事なんですがね…旦那様からひとつ提案をされていまして」


「…提案?」


車に乗ってから、初めてクミさんが口を開いた。


僕は少し緊張しながら、側近の次の言葉をじっと待つ。


「カケルさんを、クミさんの側近にしないかと」


私ももう年ですからね、といかつい顔を緩め、側近は笑みを浮かべた。


僕とクミさんは、思わず顔を見合わせた。

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