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前編

「本当にすいません!」


「謝って済むなら警察はいらねえんだよ、てめえ!」


目の前の美女は怒鳴りながら、その美しい足で近くのゴミ箱を蹴りつけた。


美女の正体は、僕が借金をしている極道の組長のひとり娘で、名をクミさんと言う。


僕は、ただただ震えあがって土下座することしか出来ない。


「100万だぞ、100万!いい年して100万ぽっちも用意出来ねえのかこのクズ野郎が!」


「本当に、おっしゃる通りでございます…」


「まあいい…今日はてめえにいい話を持って来たんだ」


クミさんが、煙草を咥えながら先程蹴り転がしたゴミ箱に腰掛けた。


すかさず、クミさんの側近であるいかつい大男が、彼女の煙草に火をつける。


僕のすぐ目の前で腰掛けているため、今顔を上げればスカートの中が見えそうだ。


当然、そんな事をする勇気なぞ、一ミリもありはしないのだが。


僕は恐怖で彼女の顔も見れないまま、頭を下げ続けた。


「顔あげろ、クズ野郎」


クミさんの声に、僕はすばやく顔を上げる。


彼女の機嫌を少しでも損ねたら最後、夜の東京湾に沈められるのは目に見えている。


「これに、私と出ろ」


目の前に突き付けられたのは、1枚のチラシだった。


「アマチュア漫才王決定戦…優勝賞金100万円!?」


「そう…てめえの借金と同じ、ぴったり100万円だ」


クミさんは妖艶に微笑み、僕を見据えた。


「この大会で優勝して、賞金の100万を私によこせ。そしたらてめえは晴れて自由の身だ」


やるか?やらないか?


彼女がそう言い終える前に僕は懇願するように叫んだ。


「やります!やらせてください!」


「…なら、明日から私と特訓だ」


クミさんは立ち上がると、側近の大男に命令した。


「部屋の退去もろもろ、後は任せた」


「御意」


クミさんは大男に満足そうに頷くと、僕を見下ろして言った。


「てめえは私と来い、クズ野郎」


「は、はい…」


有無を言わせない態度に、逆らう気なんて毛頭なかった。


僕は彼女に促されるまま、恐らく二度と戻れないであろう長年過ごした部屋を後にした。



クミさんの運転するスポーツカーに乗せられて約1時間。


到着したのは、大きな和風のお屋敷だった。


それこそ、ドラマなんかで極道が住んでいるような…。


「極道のお屋敷みたいだ…」


僕が思わず呟くと、クミさんは「そりゃ、極道のお屋敷だからな」とさらりと言った。


「入れ。お父様には話はつけてある」


それともお父様に会いたいか?なんて言われて僕は慌てて否定する。


彼女の言うお父様こそ、僕が借金をしている張本人である。


「さっさと着いてこい。ぐすぐずするな」


先導するクミさんの背中を追うように、僕は大きなお屋敷へと足を踏み入れた。



「ここがてめえの部屋だ」


生活スペースとして、クミさんの部屋の隣だという一室をあてがわれた。


「布団と、テレビと、筆記用具。他に必要なもんがあれば検討する。飯は毎日3回部屋まで組員が運んでくる」


「…分かりました」


「さて…と」


クミさんが、僕の前に腰を下ろす。


視線でてめえも座れ、と言われるたので慌てて畳の上に腰を下ろした。


「これに目を通せ」


放り投げられたノートを拾い、ページを捲る。


「漫才の…台本」


「台本って言うな。ネタ帳って言え」


「ネタ帳…」


「それが、私達のやる漫才だ。てめえにはこれを1ヶ月で完璧に覚えて貰う」


当然、逆らえる訳もない。


僕は彼女の言う『ネタ帳』を読みながら「はい…」と小さく呟いた。





あれから10年が経った。


「ここはもっと動きを大きくした方がいいですよ、クミさん」


「はあ?んな事言ったってこれ以上どうしろってんだ!」


「例えば、大きく振りかぶって僕の頭を叩くとか…」


「それじゃあ、私らの持ち味が半減しちまうだろうが」


深夜の公園でネタ合わせをする僕らを、塾帰りの学生やらサラリーマンやらがチラチラと気にしている。


「じゃあ、動きはそのままで、少し声を大きくするとか…」


「いいじゃねえか、それ採用」


白Tシャツにスラックスとラフな格好の黒髪の男と、少し派手な洋服に身を包んだ金髪美女。


そんな2人が、夜中に公園でネタ合わせをしている。


端から見ればただのどこにでもいる若手漫才師だろうが、実際は少し違う。


僕達はプロではなくアマチュア漫才師で、しかも僕は彼女とのひとつの契約によって生かされているからだ。


『アマチュア漫才王決定戦に出られるのは結成10年までだ。10年で優勝出来なきゃ、11年目にはお前は東京湾の底に沈むことになる』


初めてクミさんの書いたネタを読み終わった後に告げられた、僕の命のタイムリミットだ。


先日行われた9年目の大会では、僕らは3位に終わった。


今年優勝出来なければ、僕はクミさんに…相方に、殺されるのだ。


「おい、ぼーっとすんな。カケル」


「あ、すみません…」


この9年間で、クミさんは僕を名前で呼ぶようになった。


目の前のこの人が、昔はとても恐ろしかったはずなのに、今ではほとんど恐怖を感じない。


「ええと、ここはこう動くべきか…」


真剣に動きを合わせるクミさんを見て、僕は心の中で改めて誓う。


今年こそ優勝して、絶対に11年目もクミさんと漫才をやるんだ、と。

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