私『は』待遇改善いたしました。
最長四年だが、逆に言うと『外国就労』を使えるのはそこまでである。
とは言え、アガタはそこで素直にエアヘル国に戻るつもりはない。だから勉強とサマンサの店での調理、あとパーサに頼まれている、料理や武器、あとは防具への精霊の加護の付与を頑張って、何とかダルニア国に永住出来ればと思っていた。
……そう、過去形である。
四年と言わず一年経たないうちに、連れ戻されないようにと警戒していたエアヘル国が、ダルニア国の従属国となったのだ。
(まあ、パーサの言った通りダルニア国の狩人さん達って本当、有能だったから)
仕事の合間の昼休み。サマンサとメルとの三人で、まかないを食べながらアガタは少し前に聞いた話へと思いを馳せた。
彼らとしては元々、ダルニア国でもやっていたことなので、人や建物があってもそれらを傷つけることなく魔物を狩った。おかげで平穏が戻ったが、狩られても魔物が減ることはない。むしろ、今まで結界に守られていた反動か、魔物は餌を求めるようにエアヘル国に集まってくる。
それ故、味を占めた国王は狩人の数を増やすように求めたし、王都だけは結界で守られていたがそれ以外の、大きな街や村に通いではなく住まないかと言ってきた。全員ではないが頷く狩人はいたし、狩人だけではなくダルニア国にいた、魔物を捌いて肉や素材にする解体技術者や、その素材を求めるダルニア国の商人もやってきた。おかげで狩人が定住した街や村は活気づき、それを見た民達は思ったのだ。
(何も出来ない国王や神官や貴族にじゃなく、国のことはダルニア国に任せた方が良いんじゃないか?)
結界は、魔物は通さないが人は通す。ダルニア国などからの捧げものを、受け取る為だ。
結果、反乱を起こした民達が貴族や神官を、そして国王達が住む王城を襲撃した。パーサが教えてくれたが殺されこそしなかったが縛られ、冷たい床に座ることを強要されたらしい。その前に、民達からの嘆願書を『口実』にしてやって来たダルニア国王が現れて言ったそうだ。
「他国だが、民からの声は放っておけませんからな。何、貴き王族や貴族や神官の皆様の生活は、私が保証いたします。難しいことは我らに任せて、心穏やかに過ごして下さいませ」
微笑みながらそう言うと、そこで「もっとも」とダルニア国王は控えていた聖女と神官長に目をやった。
「本来、狩人達に結界は不要なのですが、それですと神殿の皆様がお困りになるでしょうから……貴き皆様には王都の一角に居住地を用意して、そこにだけ結界を張れば良いのでは? それくらいなら、聖女様や神官の皆様も今ほどの負担はないと思われます」
「「…………」」
ダルニア国王の言葉に、王太子の新たな婚約者である聖女・マリーナと神官長が、救われた表情で頷き合ったのをハーヴェイは黙って目を逸らすことしか出来なかったと言う。
……最初はただ、安心安全の為にダルニア国の狩人を使おうとしたハーヴェイだったが国に戻り、マリーナに会いに神殿に向かったハーヴェイは、アガタから聞いた通りに生命力を削られ、すっかりやつれてくたびれた婚約者を見て愕然とした。
調べてみたら、聖女とは女性神官の中でも生命力に溢れた者が選ばれてきたらしい。そうなると粗食で育った平民より、富裕層や貴族の令嬢が選ばれる可能性が高いのは当然である。そして名誉職のように王妃となるが、表に出るのは結婚式や世継ぎのお披露目の時くらいで、それ以外は結界維持に専念したそうだ。
ハーヴェイの母は聖女ではなかったので、ハーヴェイはこのことを知らなかった。だから狩人が魔物を狩るのなら、聖女であるマリーナが苦労することが無くなるのではないかと思ったらしい。他の神官は、完全にオマケである。
最初はマリーナ達もそう思い、泣いて喜び合ったそうだが──結界を全く張らず、生命力を得られなくなった下級精霊達が、夜ごと日ごとにマリーナや神官達に恨み言を訴えたらしい。おかげで、一度はそれぞれ家に戻って健康を取り戻したが、再び青白い顔で目の下に隈を作った状態で、少しでも結界を張りたいと懇願してきたのである。
「本当は結界以外でも、加護の付与だけで精霊に対価を払えるんだけどな……俺の母親もアガタ程じゃないけど、生命力が多い上に貴族でも男爵位だったから他の連中の分まで結界を張る仕事を回されて酷使されてたんだよ。だから陛下はあえて教えないで、神殿の奴らをジワジワ苦しめてんだ」
「そう……」
「最初は王族に与えられた屋敷で、一緒に暮らそうとしたんだけど……生命力を与えるのに、魔法陣で祈るのをハーヴェイに止められるのが煩わしくて、神官達の住む神殿で暮らすことにしたらしい。ハーヴェイが離縁しないから王妃のままだけど、民の安寧を祈るって名目で聖女は続けるそうだ。今までの聖女みたいに、放っておけば良かったのにな」
以上が先日、全てが決まった後に久しぶりに週替わり定食を食べに来たパーサから、サマンサが用意した個スペースで聞いた事の顛末である。話を聞き終わったアガタは、確かにと思った。それこそアガタにしていたように、一部屋与えて放置までではなくても黙認していれば一つ屋根の下で暮らせたのだ。まあ、アガタと違って婚約者に対して思い入れがあると難しいかもしれないが。
「ダルニア国王は、そこまでは考えていないかもしれませんが……王族や貴族、あと神官達が住まうなら、これからも精霊の加護を持つ者は生まれるでしょうから。その一角は、下級精霊達の為の餌場になりますね」
もっとも今まで程の生命力は得られないので、下級精霊は更に弱ってそこから離れられなくなるでしょうけど。
一緒にハーヴェイの話を聞いた後、厨房で二人きりになったメルはそう話を締め括ったのだった。
※
(メルとしては……だからもう、大丈夫だから気にしなくて良いって言いたかったのかな)
淡々と話していたメルを思い出して、アガタは考えるのをやめた。自分には関係ないし、これからまた午後の営業が始まるからである。
「アガタちゃん、ランさんが来てくれたわよ。日替わり定食一つね。奥の部屋に通すから、出来たら運んであげて」
「はい」
「……アガタ姉様、僕も行きます」
そして、店に出ていたサマンサからの言葉に頷くと、メルが眉を顰めてそう言った。
気兼ねなく話せるようにとランの場合は夏以外でも寛げるように、サマンサはパーサとランが来たら、個スペースに招くようになっていた。店を抜けて、居住スペースに入る前の一角にテーブル一つと椅子を二つ置いただけだが、二人にとっては十分、ありがたいらしい。
とは言え、メルは二人がアガタに会うのを嫌がるようになった。そして、人型の姿を少しずつだが成長させるようになった。もっとも、まだ一年経っていないので本当に多少だが。
(血は繋がってないけど、姉弟って名乗ってるし家族だから……お姉ちゃんを取られるのが嫌ってやつなのかな?)
パーサとランが聞いたら「違う」と言いそうなことをアガタは考えた。もっとも実際は、藪蛇になっても嫌なので今のところ二人はメルの、アガタへの執着や保護欲については口にしていない。
彼らもまた、しがらみがなくなっても真面目に勉強も仕事も加護の付与を頑張るアガタのことを気に入っているのだ。恋愛対象とまで言わなくても、これ以上、ライバルを増やしたくはないと思うくらいには。
「ランさん、いらっしゃい。今日の週替わりメニューは、肉団子のトマト煮込みです」
そしてそんな男性陣の思惑には全く気づかないアガタは、いつものように料理を完成させてメルを連れ、フードを脱いだランへと週替わり定食を運ぶのだった。
完結しました。ここまで読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m




