表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
姫は愚者だが、領主は平和を望む  作者: LAST STAR
リテーレ領とゲレーダ領
7/44

第7話 リテーレ領軍事長官、現る

「あ、えっと……君は?」

「あ!? テメェが呼んだんだろうが!?」


執務室に突如、現れた少女は俺の問いかけに噛み付くように答える。

その姿はまるで獣だ。


その一方、廊下に投げ出されたルカはヨロヨロと立ち上がり、殺気を漲らせた形相で近づき、その少女の後頭部を思いっきり叩いた。


執務室の仲に『バシッ!』とイイ音が響き渡る。


「痛っ……! ルカ姉、何すんだよ!?」

「ミレット! 領主様に無礼は許しません! すぐに謝りなさい!!」

「だって、ルカ姉! いつまで経ってもコイツがアタシを呼ばねぇのが悪いんだよ!」


『ミレット』と呼ばれた少女はビシッと俺を指差す。


「ミレット……そういう問題ではありません……! 謁見の順番は私が決めていたんですよ? 領主様に突っかかるのは筋違いです!」


ルカは額に手を当てて呆れながらも説教を続けるが、その子……ミレットは食い下がる。


「だ、だとしても、何でアタシが最後なのさ! 私はリテーレ領の軍事責任者だろ? そんなアタシが何で! なんで最後なんだよ!!」

「いい加減にしなさい! 領主様に謝らないなら師妹(してい)の契りを解消しますよ!」

「はぁ!? いや……あの、そ、それだけは……勘弁してぇ! ルカ様、仏様ぁぁぁ!」

「もう知りません! あれだけ言いつけておいたのに約束も守れない者は私の弟子ではありませんから!」

「そんなぁ……」


ルカの“師弟の契りを解消する”という言葉でミレットの勢いが完全に止まった。

俺は黙ってルカとミレットの唐突なやり取りの様子を混乱しつつも見ていたが、ルカとは親しい関係のようだし、少しくらい助け舟を出してやろう。


「まあまあ、ルカ。それくらいにしてやったら……?」

「はぁ……申し訳ありません。私の監督不行き届きで。とりあえず、今日はここまでですね。この子はすぐに追い出しますので……」


ルカは俺に謝りつつ、眉間にしわを寄せている。完全に怒っているようでミレットの首根っこを捕まえて連れて行こうとする。


「え!? い、嫌だぁ~~!」


ミレットがドアに掴まって激しく抵抗するが、ルカは不敵な笑みを浮かべて三節の言葉を紡ぐ。


「<天の理・我が脈動を以って・祝福せよ!>」


その刹那、ルカの手の甲に一瞬、黄色い六芒星が灯る。


恐らく、アレは魔術だろう。

『魔術』というモノを見たのは初めてだが、きっとアレは身体強化系の魔術だ。

ルカの引っ張る力が圧倒的に強くなり、必死にドアに貼り付くミレットが今にも引き剥がされそうになっている。


「往生際が悪い! 早く手を離しなさい!」

「うぅっ!! い~や~だぁ~!」


ミレットはまるで助けを求めるように涙目で俺を見てくる。


「(はぁ、しょうがないなぁ……)」


そんな目で見られると放っておけない。


「ルカ。今、ミレットを連れて行かれると軍事に関わることで聞きたいことも聞けなくなるんだけど……」

「っ……! そ、そういえばそうでしたね……はぁ…………」


俺の指摘にルカは本来の目的を思い出したのか、さらに盛大なため息を放った。

ルカは手の力を緩めてドアに張り付いているミレットに鋭い視線を送る。


「ミレット……? きちんと領主様に謝るならすべて水に流して許しますよ? どうします……?」

「わ、わかったよ! 謝ればいいんだろ!?」


その視線にミレットは縮こまるどころか突っ張る。だが、ルカが目を細めて笑みを浮かべたらミレットは「ヒィ……!」と声を上げて大人しくなったのだった。


それからは……というと――。


俺は「しなくてもいい」と言ったのだが、ルカが半ば強引にミレットを床に跪かせて謝罪をさせ始めた。


「領主様? この度の……無礼……? お許しください……」


ミレットは後ろをチラチラっと見ながら俺に謝っているが、率直に俺よりもルカに謝った方がいいのではないかと思う。ミレットが謝罪したのを見届けたルカは三度目のため息を付いた。


「はぁ……本当に申し訳ありません。私の弟子とはいえ、教育不足でした……」

「いやまぁ、そのことはいいんだけど……弟子ってどういうことだ?」


そう、さっきからずっとそのことが気になっていた。ルカはリテーレ家直系の姫であり、リテーレ領の中核とも言える存在だ。あくまでミレットは部下にしか過ぎないはずなのに親しい上に弟子と来るからにはぜひ、その関係を聞いてみたかった。


「うーん……簡単に言いますと、私はミレットの魔術指南をしているんです」

「え……? でも、歳は変わらないように見えるけど……?」


そんな事を言ったせいか、ルカの怒りスイッチが再度、入った。


「領主様。レディーに年齢の話を出すときは注意した方がよろしいかと……? 闇討ちに遭いたいならば話は別ですが……?」

「ごめん、ごめん……。あまりにも仲がいいから弟子の関係には見えなくてさ」

「弟子には歳の差なんて関係ありません。私は16でこの子よりも2つ上なんですから!」


明らかに機嫌を損ねたようだ。ルカの視線が険しい。


「……要するにルカはミレットの魔術講師ってことか」

「まぁ、そういうことになりますね。ただ、この子は……口と態度が悪いのが玉に瑕で……。すすが、決して悪い子ではないので気軽に接してあげてください」

「オマエは、アタシの保護者か!?」


俺とルカの会話を黙って聞いていたミレットが最後に口を出したが、ルカにスコーンと頭を上から叩かれて沈黙した。


そこから先は当初の予定通り、ミレットによる報告が始まった。

ミレットは終始、タメ口で話していてルカの筆圧音がガリッと音を上げたり、机にペンでトントンと音を出される度にぎこちない敬語に矯正される風景が続いた。


とりあえず、そのミレットの話から重要な部分を抜き取ると軍部の状況がいろいろと見えてきた。


兵士の中には一年半前と半年前の敗北で士気が落ちている者も多く居るため、今から攻めたり、攻められたりするというのは厳しいという事。そして、ゲーレダ領の軍が三回目の侵攻に向け、戦争の用意をしている可能性が高いことが報告された。


「ゲレーダの件はアタシが直々に交易商人の首根っこを捕まえて聞き出した情報だから、まず間違いないな……! 確実にゲレーダは攻める用意をして――」

「ふ~ん……」

「し、している……かと思います!」

「……そうか。分かった。もう猶予はない……か」


俺は緊張感を持ちつつ、ミレットに返事を返す。

領土防衛のためには軍部の再建も早急にやらなくてはならないだろう。


「(……というか、交易商人にそんなことをするから売却レートを低くされてるんじゃないのか?)」


渋い目で俺はミレットを見つつ、「リテーレ領で動員できる兵数はどのぐらいか」や「武装はどのようなものがあるか」など実戦で必要になることを次々、尋ねた。


ミレットは考えながらも『1万人くらいの兵力は確保できること』や『主な武装は刀や盾、弓であるが、魔術が主体の戦い方がリテーレ領は得意だ』ということを話してくれた。どうやら、この世界には『銃』と言う概念はまだ無いらしい。


そして、ミレットはあらかた話を終えるとルカの指示通り、一礼して出て行こうとしたが、出口近くで不意に振り返った。


「ちなみにだけどなぁ? ゲレーダ軍は軽く三、四万の兵を簡単に用意できちまうんだぜ? 何か対策を練れよ! アンタが領主なんだから!」


そうバーッと言い放ってサッと執務室を出て行った。

そんなミレットの様子にルカはガクッと頭を下に落として「フフフ」と薄ら笑いを浮かべていた。だが、そんな状態も一瞬で切り替わり、ルカは笑みを浮かべる。


「これで担当官たちとの謁見は終わりです。お疲れ様でした!」

「ああ……お疲れさま……?」


ルカの変わり身の速さに俺は苦笑いを浮かべつつ、夕日に染まっている屋敷の庭を見る。


「(なんやかんや色々、ありすぎた一日だったけど、あっという間の一日だったな……)」


一人、俺はそう感傷に浸るのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ