第8話 リテーレ領の方針
各担当官たちとの謁見を終えた俺とルカはしばらくの間、担当官たちから得た情報をまとめる作業を始めた。作業を開始してから約10分も経たないうちに太陽が沈み始め、執務室の中が徐々に暗くなる。
ルカは部屋の明るさを保つため、執務室にあるキャンドルやランタンにマッチで火をつけていく。幻想的な雰囲気に包まれる中、俺はその後ろ姿に声を掛けた。
「そろそろ、今後の方針について擦りあわせをしたんだけどいいか?」
「はい。ちょっとまってください?」
ルカは自分の机に駈け寄り、自分でまとめたであろう紙を持って俺の元にやってきた。その紙には何が書いてあるか分からないが、ぎっしりと文字が書いてある。
「とりあえず、ルカは何が一番、リテーレ領の問題だと思う?」
「うーん……」
ルカは自分の持つ紙を回し見てからやや視線をずらしながら話し始めた。
「……やはり、一番の問題は『不作』だと思います。これが改善されれば間違いなく、領土運営がうまく行きますし、兵士の賃金も上げられます。そうすることで新たに兵を増員することも夢では無いかと思いますので」
「(視線をまた逸らしたってことは……ルカも領主だった頃、いろいろと試したんだろうな……)」
ルカの視線を見て俺はそう思考を走らせる。
確かに今のリテーレ領がすべき事は『不作を豊作へと導き、領土の経済破綻を回避すること』で間違いはない。
だが、俺にはその解決手段が分からなかった。
いくら大学に入る頭があっても、経済や農業は守備範囲外だ。俺の専門はあくまで児童福祉、それも相談支援技術だ。はっきり言って畑が違いすぎる。
それにルカはこの問題ともっと前から向き合ってきたはずだ。そんなルカですら、解決方法が見出せていないのに俺が解を見出せるわけが無い。
しかし、ここで立ち止まるわけにも行かないのもまた事実だった。
ゲレーダ領によるリテーレ領への侵攻は、いつ発生するかわからない以上、手遅れになる前に領土を立て直しつつ、領土の防衛のために何かしらの手を打たなくてはならない。
「……俺も概ね同じ考えだ。とりあえず、当面は不作の問題に当たりながら軍事規模の拡大に努めて行こう。さっそく明日の朝から各村を視察をしようと思う。だから、そのつもりでルカも行動してくれ」
「は、はい! 承知いたしました。では馬車はこちらで手配しておきます」
ルカは俺の言葉を聞いて、紙にメモを走らせる。
「あ、あとルカ、この視察の件はなるべく伏せておいてくれ」
「えっ? どうしてですか?」
俺の発言に虚を突かれたかのようにルカの手がピタッと止まった。
「あの納税官たち……緊張のせいもあるんだろうが、すごく様子がおかしかったんだ。実際は見積もりよりも収穫量が相当、少ないなんてこと考えられるだろう?」
「……確かに。否定は出来ませんが、そこまでする必要があるでしょうか?」
「いや、何ていうか……俺という人間を知らないなら、どう反応されるか、わからないって考えるのが普通だろ? だから、あえて伏せたまま突然行って、状況を見たいんだ」
そう俺が言うとルカは微かに頷く。
「……なるほど。では、こっそり手配をしておきます」
「あと、この視察にはルカにも同行してもらうからな?」
「え!? 私も……ですか?」
ルカは驚いたように目を見開く。
「当たり前だろ? 俺一人で視察に行ったら丸め込まれかねないんだから……それとも嫌だったりするか?」
「い、いえ! そのようなことは……ただ、私が一緒に行ってもいいのかなと思っただけで……」
「……? ルカ。何か――」
「すみません、私、夕食の用意をしてきますっ!」
ルカはまるで、気取られまいと慌てた様子で紙を自分の机に置くとバタバタと執務室を出て行った。本当に隠していることが分かりやすい子だ。
「(多分、俺を信用できないんだろうな……少しずつ、少しずつでいいからリテーレ領の事やルカたちの事を理解できるようになればいいな)」
ルカに隠し事をされていると分かっているからか、どこか悲しい思いになる。だが、まだ出会って一日も経っていないのだから信用しろという方が難しいのは俺にも良く理解できる。
「(信用されるようにしっかりしないとな……)
俺は胸のうちでそう呟きながら自分の机に目線を落とす。
そう決意したものの、今は特にやれること少ない。
「(食堂に行ってみるか……ルカの料理、心配だしな……)」
『二度ある事は三度ある』なんていう言葉もあるくらいだ。
俺は早速、食堂へと足を向けたのだった。




