第36話 策略と混沌
「アルビレス、確かにお前の描いた絵は完璧だった。だが、お前は致命的なミスを犯した。それは“奴隷”を使ったことだ」
ミルドはアルビレスに堂々とそう語った。
「ミルド、それは一体、どういうことだ?」
状況が読めない俺はミルドに視線を送る。ミルドはどう話したものか悩んでいたが、ゆっくりと話し始めた。
「まぁ、順番に話すと長くなりますが……簡単に説明するとアルビレスはリテーレ領内に自分の息の掛かった奴隷商を放ち、奴隷による内乱に見せかけて一気にリテーレを手に入れようとした……と言うわけです」
「えっ……ということは」
俺は後ろで勝利に沸き立っている兵士たちのほうを向いた。
「お察しの通り、ここにいる大半は奴隷から解放された人たちです」
その話で合点がいった。だが、どうしてこの奇襲にミルドは気付けたのか、それが分からなかった。
「でも、どうして今回の奇襲にミルドは気付けたんだ?」
「それはですね~……奴隷にされていた者たちが結束してサクリファイスの裏をかいて色んなところで情報を流していたからですよ」
「情報をながしていた……だと!?」
アルビレスはそんなバカな! とでも言いたそうな顔をしていた。
「……達也さんもご存知かとは思いますが、サクリファイスは条件に従う限り、死ぬ事はありません」
「っていうことは……条件の盲点をついて情報をリークしてきたって言うのか?」
「ええ、そうです。今回、襲撃に加担した奴隷商がつけていた条件は敵対の禁止、虚偽報告の禁止、そして、逃亡の禁止をつけていたようです。……ですが、それが間違いだった。やるなら徹底的に発言も禁止させるべきだったんですよ」
「ミルド……すまん、訳が分からなくなってきた」
俺がそう言うと『それもそうか……』という顔つきになり再び、話し出した。
「要は、千人規模の奴隷を街中に配置するとなれば、街中を運搬しなくてはならない。……ということは運搬する人間が長距離を移動することになり、休憩を取らざる終えなくなる。しかし、運搬するモノがモノですから同業者と同じ場所で止まったりするわけで……。そこで別の業者の奴隷に情報をリークし、情報を拡散するように頼んだわけですよ」
「なるほど……理解はできた。でも、敵対の禁止に抵触してサクリファイスが起動する可能性だってあったわけだろう? よくそんな危ない橋を渡ったな……」
「まぁ、それだけ彼らも必死だったんですよ。なにせ、その奴隷の大半がアンカル領の領民だった人間なんですから――」
俺は一瞬、固まった。
「ア、アンカルの領民………!? じゃあ、コイツは領民にサクリファイスをかけたっていうのか?」
「ええ。そうですよ! だからこそ、こんな大それた攻撃が出来たんです」
憤るようにミルドは声を荒げ、アルビレスの胸ぐらを掴む。
この世界情勢では領地同士の戦争が起こってしまうことは仕方ないにせよ、己の野心のためだけに領民まで巻き込むのは頂けない。俺はミルドの肩をポンッと叩き、アルビレスとの間に割って入った。
「さて、アルビレス。そんなお前も一応、領主だ。ここで選べ、領地を全てこちらに渡すか、ここで死ぬかを――」
「ケッ……! わかった! わかりましたよ! 領地はお前にくれてやる。だが、おれの解放が条件だ」
アルビレスはふてぶてしい態度を取る。
だが、所詮は負け犬の戯言にしか過ぎない。
「笑わせるんじゃねぇ……! 勝者は俺で、お前は敗者だ。そんな条件を呑めると思うな……!」
俺はアルビレスをにらみつけた。アルビレスは『ふざけんな』とでも言いたそうな顔だったが、俺は容赦はしない。
「……。わ、わかった……領地は全てお前に譲る。だから、命までは……」
さすがにアルビレスも状況を察したのかさっきとは一転して下手に出始めた。
「ああ、わかってる。領地さえ、大人しく渡してくれれば命までは取りつもりはないさ」
こうして、アルビレスが領主を退くことが決定し、アンカル領がリテーレ領に従属することで戦が収束した。その後、書面とコミラートを使用した録音交渉が行われ、アルビレスと同様に捕縛されたアンカル領の兵士達が伝令となって、アンカル領内に散って行った。
これはリテーレ領に忠誠を誓せるためでもあるのだが……正直言ってこの先は読めない。というのも……アンカル領は実力主義の社会。つまり、強きものが上に立つという戦国時代さながらの軍事国家だ。
となれば……従属する者も居れば、これぞ好機と領土拡大を狙う馬鹿も居るだろう。はたまた、策を巡らし、リテーレ領を背後につけて一気に領主へ上り詰めようとする者もいるはずだ。
ただ、目に見えて分かっているのはアンカル領内の情勢が今後、不安定になる。この一点だけだ。もちろん、統治していかなければならない領土ではあるが、今は予備戦力を割いている余裕が無い。
仮に戦力を派兵して反乱でも起これば、そこに居る戦力が分断され孤立してしまうリスクもある。故に静観を決め込むのがベストなのだ。
「あとはアルビレスの処遇だが、タダでは済ませない……」
そんな考えを回しながら砦の城壁から砦内の様子をみると早速、復旧作業が始まっているようだ。バリケードや負傷者の搬送、それから死体の運搬などが進んで少しずつ進んでいる。
「達也様、何か御用ですか?」
「ああ。悪いな忙しいのに……」
「いえいえ~領主様からの呼び出しは最優先事項ですので……」
俺はミルドの顔を横目に見てから話し出した。
「なぁ、ミルド唐突なんだが、良い奴隷商を知ってるか?」
「ど、奴隷商ですか!? 知ってはおりますが……?」
ミルドは俺の質問に驚きつつ首をかしげた。それも当然だろう。
「なら、その奴隷にアルビレスを渡しておいてくれ」
「奴隷商に売り渡すのですか!?」
「ああ、そうだ。これも戦略のうちだ」
「……わかりました。奴隷商のほうはこちらで手配いたしましょう」
そう、これも戦略だ、非人道的ではあるが、あのアルビレスの目は危険だ。
俺やリテーレ領に対する憎悪が強い。あのまま放置しておけば諸刃の剣になりかねない。ならば、サクリファイスでリテーレ領に危害を加えないように命令した上で奴隷商に売り渡せば、全くもって脅威ではなくなる。
そう、俺はあくまで『命まではとらない』といっただけに過ぎないのだから。
それから数時間経った頃、俺は医務テントでルカの様子を見に来たが、当の本人はぐっすり寝ていた。すぅすぅと寝息をたてながら、穏やかな表情で眠っている。気の張っているような普段のルカの様子とはまた違うものだった。
「(かわいい寝顔だな。こっちも眠くなるなぁ……。まぁ、でも……無事で良かった)」
俺はそんな事を思いながら、心に何か引っかかっているような感覚を覚えていた。
コレは幼馴染の彩に対しても思っていたどこかむず痒いような恋の感覚に似たものだった。けれども――。
「……いや、気のせいだな。俺はルカを、救うためにココにいるんだから」
俺は疑念を振り払うようにしてテントを後にした。俺には成さなくてはならないことが山積みなのだ。今はそんな疑念に現を抜かしている場合ではないと心を固め行動を起して始めたのだった。
そして、夕刻を迎え水平線に陽が落ち始めた頃、俺はミルドとマレル、同席の元、アンカル領に面する東側の砦内でコミラートを通じて軍事会議を取り行っていた。
「ミレット、現状の報告を」
「今から数時間前に斥候……っつうか、ゲレーダのレジスタンス陣営と合流していた隠者からゲレーダ軍の兵士達が慌しく馬車に乗って前哨基地……つまり、ゲレーダ戦線に向かう様子を見たらしいんだ。数にしてざっと5000」
「やつら、仕掛けてくる気ですよ」
ミルドが核心を突くようにストレートにそう言った。
確かに、この状況からして仕掛けてくるのは間違いない。俺がゲレーダの領主なら、アンカルと事を構えているリテーレの隙を突いてゲレーダ戦線を突破しようとするだろう。
「そうか……では、リテーレ領内に残存する6割近い兵力をゲレーダ戦線に集結させるように伝令を出せ。集結地点は距離にもよるが、近ければ現地集合。フィーリスが近ければフィーリスに集結するように指示を出してくれ」
正直なところ、ここまで早く情報が漏れ、ゲレーダ領が動き出すとは思ってもみなかっただけに配置が間に合うか心配だ。しかし、俺はそれでも臆することはないと思っていた。俺たちには、この戦いを優位に進めるための決定的なアドバンテージが存在しているのだから。
「ミレット。サミラルもその場に同席しているな?」
「あ? ああ」
「はい。ココに居ります」
ミレットの声に割り込むようにサミラルが返事をした。
「なら、サミラル。後の事はわかるな?」
「はい。承知しております。策に抜かりはありません」
覇気のある声が返ってきた。俺の策どおりサミラルが動けば活路が見えるはずだ。
「では俺が到着するまでの間、指揮権をサミラルに委任する。そして、ミレット」
「あいよ!」
「ミレットは出陣の用意を。早急に部隊を編成してそれが完了し次第、サミラルの指示通り、動いてくれ。ゲレーダの連中が攻め込んでくるようなら容赦は要らない。叩きのめしてやれ」
「……何だかわかんねぇーけど、わかりやすくていいじゃん! 了解ぃ!」
「だが、深入りはするなよ? 」
「分かってるってぇ!」
何ともまぁ、戦場の緊張とは違う陽気な返事をするものだ。
まぁ、それがミレットのいいところでもあるのだが。
「では各々、行動を開始してくれ」
そこで俺は通信を切った。そして、それと同時に俺はその場をミルドに任せ、ルカを砦に残したまま、マレルと直営の200騎と共にゲレーダ戦線に向かった。




