第12話 深まる疑問
そして、ミレットがこの部屋から出て行って大体、45分ほど経った頃、ミレットと中年の顎ひげを生やしたおじさんが息も絶え絶えで自室まで走ってやってきたのだった。二人とも膝に手を添えて肩で呼吸している。
「あ……えっと……この状況は……?」
俺にはこの状況はサッパリ読めなかった。確かに呼んだのは俺だが、そこまで至急という意味合いはなかったはずなのだが、二人とも疲れ果てている。
「「ハァ、ハァ、ハァ……競争して……来たんだ……」」
ミレットと顎ひげの男はハカハカしながらも同じように答えた。
それを見て思わず「子は親に似る」という言葉が正しいと思ってしまった瞬間でもあった。とりあえず、顎ひげの男性……つまり、ミレットの父親に挨拶でもしようと語りかけた。
「ミレットさんのお父様ですか?」
「許さん」
えっ……? なぜ……というか、何を?
もう一度、問いかける。
「ミレットさんのお父様ですよね?」
「フン、聞こえんな!」
「(いや、反応してるんだから聞こえてるでしょ……!?)」
ならばと思考を変えて再度、アプローチした。
「では……元、リテーレ領軍事責任者の方ですか?」
「いかにも。私はリベルト様のもとで軍事責任者をやっていたグレルだ」
ミレットに視線を向けると苦笑いをしている。こうなった理由を何かを知っているようだ。とりあえず、あっちが名乗ってくれたのでこちらも名乗ることにした。
「私は昨日、リテーレ領の領主となった達也と申します」
「りょ、領主!? な、なんと……! 領主様とは知らなかったとはいえ、ご無礼をお許しください……」
「(ん……? 俺を領主だと理解していなかった……?)」
じゃあ、ミレットはどうやって連れてきたのだろうか。
俺がミレットに視線を向けるとミレットは慌てて話に割って入り、口を挟んだ。
「おぉ、お父様……! だ、大事な人って領主様じゃねぇからな! あれは嘘だから!」
「う、嘘だと!? 良かったような、悲しいような……? いっそのこと達也様、我が娘をもらってくださいませぬか?」
「アハハ……」
俺は苦笑いするしかない。あくまで推測だが、この勘違い振りからしてミレットは「大事な話をしたいと言っている人がいるから来て」とでも言ったのだろう。
ミレットは顔を真っ赤にして思いっきり父親を叩いて居る。
「な、な、何言ってんだ! 誰がこんな奴と結婚なんかすっかよ!」
グサッと何かが俺の心に刺さった気がする。
なんかもう、場の空気がごちゃごちゃ過ぎる。とりあえず、事態収集するべく咳払いをして注目を俺に集めた。
「んっんっ! 奥では病人が寝ておりますのでお静かにお願いします! それとグレルさん。今回お呼びしたのは一年半前の件のことでいくつかお聞きしたいことがあったからです。娘さんの婚姻話ではありません」
「そ、そうでございましたか……残念です……」
「立ち話もなんですので執務室でお話いたしましょう」
俺は通り抜け用のドアを開け、中にグレルを招きいれた。それと同時にミレットも入ろうとしたが、俺はそれを止めてルカの様子を見てて欲しいと頼んだ。万が一、この事がルカにバレても構わないが、できることならバレずに終わりたい。
「わーったよ……」
ご機嫌斜めのミレットもそれを理解してくれたのか踵を返し、ルカの元へ行ってくれた。
よし、ここからは俺の仕事だ。
俺はルカの机と俺の机から椅子を抜き、お互い椅子に座って話始めた。
さて、グレルに聞かなくてはならないことはたくさんある。だが、ルカが起きるかもしれないという可能性を考えれば、素早く済ませてお帰り頂くのがベストだ。
「早速ですが、グレルさん。リベルト・リテーレとはどういう人間だったのですか?」
「随分、ぶっきらぼうな質問ですなぁ……?」
「着任早々、分からないことだらけでして……」
頭を掻きながらそう言うとそれもそうかと納得してくれたようでゆっくりと語り出した。
「まぁ、良いでしょう。リベルト様を一言で言い表すなら『最強の魔術士』でしょうな。『リテーレ領にリベルトあり』とまで言われたお方でしたので……」
よし、掴みはこれでいい。本題に入るために俺は、話題を一気に変えた。
「しかし、今から一年半前にリベルトさんはゲレーダ軍の指揮官との一騎打ちで戦死されていますよね? その時はグレルさんは戦場にいらっしゃったんですか?」
「ええ、私もその場に居りましたので良く覚えておりますが、あれは妙な戦いでしたな……」
「というと……?」
そう俺が問うとグレルは両手を組み、逆に質問をしてきた。
「失礼ながら、達也様は戦闘の経験はございますか?」
唐突な質問に驚いたが、冷静に考える。この世界に来て戦闘なんてものに巻き込まれた事はないので経験はゼロだ。だが、ステラテジー系のゲームはある程度やり込んでいたから丸っきり無いわけではない。
「経験は無いですが、戦略を考える事はよくします。そういうのは割と好きな物でして……」
「そうでございますか……では、領内に侵攻してきた敵が一度、兵を引いたら達也様なら何をしてくると考えますかな?」
「兵数にもよりますが、どこかで待ち伏せた上で急襲するか、部隊を何個かに分けて挟撃、でしょうか……?」
グレルは頷きながら俺の話を聞いてから語り出した。
「そう、普通ならそうなのですが……あの戦場では達也様が言った事は一切無く、領土の境に位置するデオルト川まで何事も無く着いたのです。それに加えて……敵軍は岸に整列した状態で総大将が一番、前に出ており、我々を待っていたのです」
この話とルカの話を付け加えるとリテーレ軍はゲレーダ軍に誘き出されたというより、単に進軍したらゲレーダ軍と遭遇したという言い方が正しい気がする。
「という事は、戦いを交える前にその総大将……つまり、指揮官からリベルトさんに対して一騎打ちを申し出たということですか?」
「ええ……ゲレーダの総大将、レオル・エバースがいきなり、リベルト様に一騎打ちを挑んできたのです」
グレルは両膝を手で掴み、うな垂れながらその時の様子を語った。
「ですが、あれは一騎打ちとは言えるものではございませんでした……確かに一騎打ちは正当な方法で行われ、リベルト様が敗れたのは事実でございました……。しかし、一騎打ちの後、負傷して身動きができなくなったリベルト様からレオルが離れた直後、敵軍が多くの矢をリベルト様に向けて放ったのでございます」
……ということは、一騎打ちではトドメを刺さなかったということになる。
もし、両軍の距離が近かったとすればリテーレ軍に突っ込まれることを、ゲレーダ領の指揮官、レオルは恐れたのかもしれない。
「ちなみに、その時の両軍の距離は近かったか、覚えていますか?」
「あの時は……川の中央で一騎打ちが行われたので両軍が岸で向かい合って居りましたから、遠かったかと」
「そうですか……」
明らかにおかしい。殺す気ならその場で確実に殺せたはずなのになぜ、殺さなかった? ましてや、弓矢なんて当たらないかもしれないのに……。
もしかしたら、その時、リテーレ領の兵数が勝っていせいかもしれないと一瞬考えたが、ミレットの言葉が蘇る。
リテーレ領の兵は一万、集まるか集まらないくらいだな――――。
ゲレーダ領は軽く三、四万の兵は用意できるんだぜ――――。
やはり、何か辻褄が合わない。
俺が顎に手を当てながら考えているとグレルは再び、話し出した。
「しかし、それ以外にも妙な事があったのです」
「妙なこと?」
「はい。ゲレーダ軍の指揮官、レオルは敗走して行く我々に追撃を仕掛けず、敗走するのをただ見ていただけだったのです」
「それは……いくらなんでも妙ですね」
意味不明すぎる。リテーレの領土を奪うために攻めてきたのに敗走して行く者を狩らない? まるでその行動は甚振って楽しんでいる狂乱者のようだ。
疑問が多く残ったが、グレルのおかげで一年半前の詳しい事が分かった。
恐らく、ゲレーダ軍の指揮官、レオルは最初からリベルトとの一騎打ちをするためにリテーレ軍をデオルト川まで誘い出し、一騎打ちを仕掛けたのは間違いない。
しかし、その一方でゲレーダ軍の指揮官レオルはリベルトを超える凄腕でありながら敗走するリテーレ軍に追撃をしてこなかった。
俺の思い込み過ぎなのか、レオルという人間がヤバイ奴なのか分からないが、この一件、何か裏があるような気がする。
あとは半年前のことをミレットから聞けば二度にわたるリテーレ領侵攻の概要は分かるはずだ。
「……グレルさん、大体の概要は分かりました。急な呼び付けにも関わらず、来ていただきありがとうございました。今後も何かお聞きする機会があるかもしれませんが、その時は宜しくお願いします」
「はい。すべてはリテーレのため。お力に立てるような事であれば何なりと。では、私はこれで」
グレルは左手を胸に当て頭を下げつつ、ミレットの顔も見ずに執務室を後にした。
その様子を見て娘には甘いけれど案外、きっちりしているのがこの男、グレルなんだろうなと思ったのであった。




