第15話 従姉を訪ねて
「お前、正気かよ?」
フランドル伯の館の一室にて、マルストフが呆れにも絶望にも似た声を上げる。
「よりにもよってエルフのハーフ雇うって正気の沙汰じゃねーぞ」
秋からウッドシロップという紫の蔦から取れる甘い水で一儲けして、次はどうするかとマルストフが尋ねると、オドレイは
「叔父がエルフという種族に孕ませたという従姉を雇い入れる」
と、事もなげに言い放った。
マルストフは自分がわりと最近知った単語が五歳児の口から出てきた事に驚き、そしてエルフの子を雇うという行為に口に含んだ紅茶を吹かざるを得なかった。
「なんじゃ汚いの」
オドレイはその光景を冷静にみる。
「お前、言ってる、事、分かって」
ゴホゴホと器官に入った紅茶を出す為に咳き込む。
クラリエルはそんな彼を介抱の為に、大丈夫ですかと声かけをしながら背中をさする。
そして冒頭へ戻る。
「酷い物言いじゃの」
オドレイはなおも冷静を保ち言う。
「仮にも私の姉になるのじゃぞ」
そう言ってオドレイは紅茶を飲む。
「えるふ、というのはそれ程までに卑忌な存在なのか?」
その言葉に、マルストフは頭をガリガリと片手で掻きながら言う。
「ああ、エルフつっても二種類居るがな。片方は白エルフで、南のマグリブ大陸の樹海にいるらしいが、よく分かっていない。だからここで言うエルフは灰色エルフだな」
「灰色?肌が灰色なのかの?」
「ああ、いや、何故灰色なのかはわからんが…見た目は日焼けしたみたいに黒から茶色なんだが。とにかく、エルフというのは白も灰色も耳がとんがっていて人間離れしている」
「魔物のようなものなのか?」
「似たようなもんだが、似てるだけで話も通じるし、こっちから襲わなければ襲ったりはしないさ。だが、それでも聖神教としては神が作ったのは人間で、エルフは作ってない。だから魔物と同じ扱いなんだ」
マルストフはありったけの知識を総動員しながらオドレイにわかりやすく話す。
「だが、それでもエルフって人間に似てるんだ。というか人間が耳とんがったらエルフになるっていう位、似てるんだ。だから人間じゃねぇつっても、即見つけ次第殺すだとかそういう話にはなってねぇ。まぁヴィンラード大陸から結構の数のエルフが来てるからな」
「奴隷としてかの」
オドレイは言う。
「ああ、そうだ。ヴィンラード大陸には灰色エルフしかいなかったからな。大昔から戦があってその都度灰色エルフが売られて、ここまで来てたんだが…連れてこられたエルフが美人だったらしく、今も数は減ったって話だがな…」
さらに続けて言う。
「だから、エルフっていうのは扱いが低いんだ。だから奴隷じゃない普通のエルフが来ても冷たいんだ」
そこまで言うと、「あ、今の説明でわかった?」とすっとけた口調で言う。おそらく自分で言ってやっと自分が理解できたのだろう。
「(まぁ人取りの類はどこも一緒であろう。戦の都度に城下の市が賑わうのも、そういう事なのであろうなぁ…)」
オドレイは、心の中でそう呟く。人身売買は戦国の、それも自分の領地でもあった。
しかし、それは気に病む事ではない。戦国の世はつまりは飢饉の世。幕府の救済が見込めぬ以上、自力救済でもって己を救済せねばならない。
それに逆説的に言えば自分が幕府以上の力をもって民を救済すれば、それだけ民は自力による救済はしなくてもいいという事になる。義元はそうすべく、戦国大名へとなったのだ。
「だから俺はエルフ雇うのは反対だ」
マルストフは言う。その言葉に思考の海に潜っていたオドレイは戻された。
「しかし、それはエルフではない。エルフと人間の子じゃぞ?教会にお祓い的な事をしてもらったのだぞ?ならいいのではないのか?」
オドレイは言う。日の本的な感覚で言えば、お祓いや禊ぎを済ませば害はない筈という理屈である。
「ああ、多分。オドレイ嬢の父親の弟がエルフの奴隷を買ったんだろう。で、子供ができたが、その時、教会で<紋章印の儀式>をしたんだ」
「ああ、その<もんしょういんの儀式>をしたからエルフの血は封印されたのではないのか?」
紋章印の儀式
聖神教の教会にしかできない魔法であり、体全身に刺青のような紋章を入れる。魔法で刻まれている為、どんな幼子でも成長しても紋様が消えない。
主に宗教的な罪人に施されるものであり、入れられた者はあらゆる経済的な制約を課せられ、森の奥へ隠遁しなければならないものであったが
最近は貴族間での灰色エルフとの混血が進むと、社会的問題となり、この紋章印をしていれば「とりあえず人間扱い」はされるという決まりができた。
「あんなもんただの刺青だ。本来人間じゃねぇエルフが、その刻印でとりあえず人間っていうだけで、扱いは変わらん」
マルストフはそう言い放つ。
「ほう…だから姉でありながら貧困街に住んでおるのか」
なぜに妾の子でありながら貧困街という場所に住んでいるのかわからなかった。
貧困街…聞き慣れぬ単語ではあるが、文字から察するに悪所であるのはわかるし、食い詰め者の溜まり場であるのも理解できる。
だからこそ、その者達に関わりのある者を登用し、関係を構築して行きたい。
と、いう旨を二人に伝える。
マルストフはそれを聞き、なんとか納得はしてくれた。
納得ついでにマルストフに色々と依頼をする。
従姉の仕事やその仕事場の情報などを集めて欲しいという依頼である。
幸い、すぐに情報は集まり、従姉は貧困街の特に曰く付きの者達の集団の一人であることがわかる。
かくして、私はまだ見ぬ姉に挨拶をする為に何時ものようにマルストフとクラリエルを連れてブルージュへ向かった。




