after28
いつまでも、いつまでも空は蒼い。
どこまでも広がる空間。
手を伸ばせばいつでも掴めそうで掴めないけれど、いつもそこにある。
僕らが生きている場所はそういうところなんだ。
神さまだとかそういったものを人間はずっと昔から信仰してきた。
それはこういうことだったのだろう。
『空はいつでも誰かを視ている』、と。
全てを見下ろすことが叶う場所が空。
だから神さまは空にいると、昔の人は考えた。
僕は地べたに大の字になって寝そべっている。
ゆっくりと形を変えて流れていく雲。
それは時の流れが進んでいるという事を伝えている。
ここは作り物の世界じゃ…ない。
時間は止まってはくれないんだ。
「…僕は」
もし、本当に神さまだとか、そんな存在がいるというのなら。
どうか…どうか唯を助けてください。
僕は手を合わせて祈った。
今の僕にはもう、そうする事しか出来ない。
意識を失ったままの唯。
唯は頑張っている。
けど…もう体力の限界のように思えた。
意識がある状態でも口を開く事さえ出来いようだった。
「ちくしょう…どうして僕は…こんなにも無力なんだよ…」
不意に涙が零れる。
もはやこの世界は悲しいことだらけだ。
僕らが生きるべき世界は、もうここじゃないって言うのか。
袖で涙を拭う。
けれど湧き水のように溢れる涙は、拭った袖から滴るほどだった。
「いるかも分からない神さまに祈る事しか出来ないなんて…本当に…どうしようも…ない」
耳鳴りがする。
頭の奥で聴き慣れない音が響いている。
満足な食事もままならず、本当はもう体が満足に動かない。
これは…僕の身体から発する警笛なのだろう。
「…唯、せめて君だけでも…何とかしてでも助けたい…」
動けよ僕の身体!
唯を…このまま一人放置して死なせる気なのかよ!
祈ったって…神なんかに祈ったって、結局どうにもならないのは自分で分かってるだろ!
振動のような音が大きくなる。
それは虫の飛び回るような音のような気がした。
幻聴…なのだろうか。
鬱陶しい。
「…いや、これは!」
僕は覆っていた腕をどけ、視界を開放した。
音は序々に近付きつつある。
「…ヘリ…だ。ヘリのローター音だ…」
大空に轟くローター音。
何故僕はすぐに気付けなかったのか。
いや、そんな事はどうでもいい。
この機を逃したら…多分僕らはもう、助からない。
軋む体を起こす。
音はまだ遠くにいるが、対象は肉眼でも見えず距離感は掴めない。
「やらなきゃ…ここで僕らが助かる道は…あのヘリに存在を気付いて貰う事だけだ」
風に乗って鳴り響くヘリの音。
間違いなくこちらに向けて近付いている。
震える膝を気力で立たせ、僕は目的の場所へと向かう。
「急げ…急がないと…全部がふいになってしまうんだ…っ」
転びそうになる足を何度も奮い立たせ、山積みされたポリタンクの場所へ。
近場に備えてあったオイルライターを手に、僕は着火を試みる。
しかし点かない。
焦れば焦るほど、深みに嵌っていく。
「何で…何で点かないんだっ!」
指に力が入らず、ホイールが上手く回せない。
長いこと着火していなかったからなのか、弱い力ではヤスリ部分が湿気て火花が出ないのだ。
もう時間がない。
やがてヘリの姿が肉眼でも確認出来る位置まで飛んで来た。
「くそ!早く…早く点けっ!」
両手で何度もホイールを回すが、無情にも着火はしてくれない。
僕は咄嗟の閃きでオイルライターを投げ捨てた。
「まだ…間に合うか?間に合え…!」
片足を引きずりながら詰まれたゴミの山へと向かう。
そこにあったのは使い切ったはずの携帯コンロだった。
少しくらいならまだ火は点く…はずだ。
僕は力の限りそれを引きずり出し、すぐに点火した。
「点い…た!」
しかしそれと同時に無情にもヘリは僕の頭の上を通り過ぎていく。
見上げた空に浮かぶ小さな点。
それはすぐに小さくなり僕の視界から消えていく。
あんな高い場所からちっぽけな僕など見つけられるはずもない。
けど、それでも諦めない!
僕は全ての力を振り絞って点火したままのコンロを、ポリタンクの山へと向けて放り投げた。
「頼む…早く…早く」
コンロの火はやがてポリタンクの表面を溶かし…爆発した。
「うわっ…!」
爆風に紙切れのように吹き飛ばされる体。
凄まじい衝撃と轟音が公園跡地に響き渡る。
弾き飛ばされ全身を痛打するが、僕はすぐに顔を起こして燃え盛る一帯を見た。
そこは真っ黒な黒煙を立ち昇らせ、真っ赤な火を放ちながら燃えるポリタンクの山。
膨大な量の煙が空へと回帰している。
これで気付かないはずは…ない!
「ヘリ…ヘリは…!」
僕はヘリの姿を探した。
けれどもう、その姿はどこにも見えない。
「うそ…だろ」
見えな…かったんだ…。
燃え盛る燃料の音だけが今、この場に無情にも響いてる。
「そんな…そんな事って…!!」
終わったというのか、こんな…こんな形で。
嘲笑って僕らを地獄へと突き落とすこの瞬間のために、世界は僕らを道化にしたというのか。
これが…あんたが書いた筋書きだってのか?
こんな酷い結末を、僕らに用意したっていうのか…!?
何のために、僕らは今まで生きてきたんだ…。
「ふざけ…るな!唯…唯を…助けてくれ!!」
僕は身体ごと崩れた。
もう、気力も何も残ってない。
精根尽き果てた。
全部無駄…無駄だったんだ。
最初から、こうなる事は決まっていたんだ。
僕のようなちっぽけな人間が、何かを成すなんて最初から無理な事だったんだ。
先輩…すみません。
僕は…やっぱり弱くて…そして、世界を見返してやるなんてことが…。
焦点の合わない視線。
それはもうどこを視ているものかさえ自分でも分からない。
それでも僕の身体は這いながら唯の元へと向かっていた。
最期のその瞬間まで、僕は、彼女と一緒にいよう…居たいんだ。




