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プロローグ

僕、「柏木浩人」は私立赤壁高校に通う高校二年生。


春から夏へと移り変わった季節――

まだ暑いと口に出すことはないけれど、近いうちにその言葉を使ってしまうだろう。

学校まではいつも徒歩での通学。

背後からたまに鳴らされるベルの音、それは自転車によるものだ。

通り過ぎていくその姿を見て、使っている連中が少し羨ましかったりもする。

僕の通学距離では許可が下りなかったからか、どうしても煮え切らないものがある。

なにせこの通学路…いや、学校は標高が高い位置に存在する。

回りくどい言い方はよそう。ぶっちゃけた話、学校へと続く道は山道なのだ。

学校は山を切り崩し、開拓された場所に造られた。

長い長い坂道を徒歩で通学、一年以上も徒歩で通っていればそりゃあ体力も少しは付く。

けれどやっぱり不公平でならないのだ。

自転車で通り過ぎていく同学校の生徒の姿を見ると。


「あ~毎朝しんどいな…」


思わず愚痴をこぼしてしまう。

革靴の着用が義務付けられている規則なためか歩き辛いし本当にきつい。

今の時期はまだマシなのだけど、これから本格的な夏という季節が訪れるため地獄だ。

少しばかり距離が足りないからと自転車通学の許可を下ろしてくれなかった学校側に、今でも文句の台詞は頭から消えることはなかった。

そんな理不尽な規則誰が決めた!?


「そりゃ坂道は自転車だってきついかもしんないけどさ、鞄やバッグを手に持たないだけマシだよ」


そう、僕はそんなに体力に自信のあるほうではないのだ。

学校でも体育の成績は普通以下。…悪く言えば苦手。

当然部活なんかも入っているはずもなく、帰宅部というやつだ。

勉強を必要とするほうは本当に普通と言ったほうがいいのかもしれない。

可もなく不可もなく、それでいいのかと自問自答すればやっぱり物足りないと答えてしまうかもしれない。

今まで赤点は免れているが、気を抜けばいつ付いてもおかしくない。

私立だけれど名門校というわけでもなく、町中でも下と呼べるレベルの学校。

そんなところで僕はいつも平々凡々とした日々を過ごしている。


刺激はない日々が続いているし、不満ばかりかと言えばそうでもない。

周りには気の合う友達だっているし、毎日それなりに楽しくは過ごせている。

その…好きな子だっていないわけじゃない。女の子と話すのは苦手だし、実際まだ話しかけたことはない…だからそれは一方的な片想いってものかもしれないけど。


「あ、まずい!」


くだらないことを永遠と考えていると他の生徒の姿がなくなっていることに気付く。

思わず左手首を上げ、安物の腕時計を見入った。

デジタルで示された時刻を見て焦りを生んだ。


「本気で遅刻する!」


実は今日、二度寝して少しばかり家を出るのが遅れていた。

走るのは得意じゃない。

けれど四の五の言っている場合でもなかった。

舗装された硬いアスファルトの道を蹴り、無我夢中で走ることにした。

目指すは校門!















幸い遅刻は免れたものの、無駄な体力を使ってしまいノックダウン。

ホームルームと一限目は机に突っ伏したまま迎えることになった。

よく噛まずに丸呑みした食パンが胃にくる…。これがボディーブローになったのかもしれない。


昼休みは友達の二人とくだらない雑談を交えながら過ごし、趣味の話や色恋沙汰の話で盛り上がる。

彼女も居ないこの男だらけの三人グループは、いつもこのようなやり取りをしながら毎日を過ごしていた。


いつもと変わらない日常。

時が来ればこんな平穏な日常でもやっぱり変わるとは思うけど、今の僕にはこれだけで十分満足だった。


帰りのホームルームで再来週に控える期末テストの話が出ると、クラス中からは先生に向けて批難の言葉が浴びせられた。

だが一喝されてすぐに解散となる。

本来ならばどこかで寄り道してから帰るのが最近の楽しみだったはず。

…なんだけどテスト期間に入ると教師たちが町を巡回することになるのだ。

自分で言うのも何だけど、大した名門校でもないのにこういうところだけはしっかりしている。

自主性を養う気はないのだろうか。

文句を互いに言い合いながら帰り道が逆方向な友人二人と校門で別れ、僕は帰路に着いた。













帰りの遅い父さんを除けて、妹と母さんの三人での夕食中。

うちの家族は仲が悪い事もなく、至って関係良好だ。

ただ母さんは普段はやんわりとしてて優しいけど、怒った時だけは怖い。いつもは厳しい父さんでさえ尻込みするくらいだ。

中学二年の妹・美佳は思春期に入ったのか、最近やたらとツンケンしてて機嫌が悪い事が多く、八つ当たりをしてくることも少なくない。

会話を振っても返ってくるがトゲを感じることも多いんだ。例えそれが母さん相手だったとしても。

そんな状態が続いているからか、当然母さんは僕に向けて話題を振ってくることが多い。

険悪になったわけでもないのに続く無言の夕食。

誰も見ないテレビの音声だけが虚しく流れる。

僕自身は気にしてないのだけれど、母さんとしてはやっぱりこの空気は嫌なのだろう。

ようやく話題を作ったのか僕に向けて話しかけてきた。

しかしその話題はさすがに触れて欲しくないもの。

そう、テストの話題だ。

こういったことだけは目ざといと言っていいのか、気付くのが早い。

やっぱりチェックされてるんだろうなぁ…。

僕は聞こえないフリをして高速で茶碗のご飯をかき込み、逃げるように自分の部屋へとすっこんだ。


「はぁ…」


ため息を吐きながら後ろ手でドアを閉める。

最後はロクに食事の味さえ分からなかった。

胃を擦りながらベッドに大の字になって寝転がる。

勉強をしなければならないと分かっているのだけれど、どうにも身が入らない。

毛嫌いしてるというわけでもないのだけれど、今日は何だかやる気スイッチが入らなかった。

寝そべったままテレビのリモコンを取り、代わりにこちらのスイッチを押す。

モニターにはどこかの国のドキュメンタリー番組が映っていた。

特に観たいと思ったわけじゃないけど、腕枕に切り換えて画面をぼーっと見つめる。

海外の陶芸がどうのとナレーションが喋っているけど、正直まるで興味はない。


「このままで僕…いいのかな」


最近ふと感じ始めていた疑問。

何気ない日常に満足はしているものの、この先の現実を考えるようになってたまに不安になるのだ。


「来年はもう受験か就職か考えなきゃいけないんだよなぁ…」


そう、将来のことを見据えなければならない時期なのだ。

変わり映えのしない日常。

それに別れを告げ、自立して社会に飛び出す年齢にもなる。

大人になるのだ。

憧れも持ってはいるけど、同時に不安も併せ持つ。

恋愛だってしたい。

けど時間はあまり待ってはくれない。


「ふぅ」


まともに観てもいないテレビなど付けていても不要と感じて、持っていたリモコンのスイッチを再び押すと、僕はベッドの脇へと放り投げた。

急に静まり返る部屋。

枕の下に腕を潜らせ組みながら天井を見つめる。


「…今日はもう寝よう。悩んだときは寝ることでリフレッシュだ」


考えれば考えるだけ気分が沈んでしまう。

まだ時間はあるんだと自分に言い聞かせることにする。

別に眠くて仕方がなかったわけじゃなかったけど、鬱な気分になるときは決まって睡魔はすぐにやってくる。

普通はこういう場合眠れなくなるのが常かもしれないが、僕の場合は違っていた。

頭を空っぽにするのが得意…なのかもしれない。

僕はそそくさと灯りを消すとゆっくりと目蓋を閉じた。

こうして今日も何気ない一日が終わるのだ。

――おやすみ。


















ズズン…ズズン…。

遠くで何かが響いている。

それはとても大きな音だ。

音だけじゃない、振動も身体全部で感じ取れてしまうくらいに強大だった。

怒るくらい喧しいといわけでもないが、なんだかこう…体の芯まで響くような振動音。


「なんなんだろう?さっきからやたらうるさいけど…地震?でもないよな」


思わず口に出す。

僕は自転車に乗って土手を滑走しているようだった。

行き先なんて分からない。ただ自転車で走る。

それでも分かる事はただ一つだった。


「なんだか空も揺れているように見えるけど」


空が揺れているのを認識出来るのは、雲が小刻みに揺れているように見えたから。

僕自身が揺れてるせいなのかもしれないけど。

おかしな事とは思ったが不思議と怖いとは思わなかった。


「あれ?僕はどこに向ってるんだっけ?」


行き先など分からないと考えていた矢先、それを自らの口が吐き出してしまう。

それでもペダルを漕ぐ足は止まらない。

結構なスピードが出ている感じなのだけれど、土手の景色は常に一定で変化した様子はない。

漕げど漕げど先に進んでいる感覚がない。

本当に僕は今自転車に乗っているのだろうか?


「まあいいか」


別に不思議なことじゃないと、僕は気にせず風を切って走る。

段々と自転車に乗りながらも揺れというものをしっかりと感じ始めてはしたものの、それがいつしか無視出来なくなっている事に気付く。


「鬱陶しいな…なんだよこれ」


愚痴を吐いた瞬間、大きな揺れが引き金となってバランスを崩す。

勢いで大きく自転車が傾く。


「うわ!ハンドルが言う事を利かなくなった!やばい、こける!」


グラグラと揺れる車体。

制御の利かないハンドル。

まるで世界の揺れが自転車にまで乗り移ったかのようだった。

ブルブルと体全体まで浸透したかのようにそれは達し、やがて――


「うわーーーー!!」


土手に乗り出し自転車から身体を投げ出され、激しく転がる。

頭を打つ感覚、腕や足、更には胸にまで伝わる鈍痛。

そして全身を駆け巡る激しい痛みと共に僕の視界は暗転し、暗い闇に覆われた。


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