第4話「雇い主 vs 監査役:夢と領収書の決闘」
―――試合前―――
監査役が書類の束を机に置く音がする。
雇い主がそれを横目に見る。
「今日の相手は、芸術ではないな」
「経費です」
カノジョが二人の間に顔を出す。
「どっちが勝つ?」
カレシは冷静に、
「監査役でしょうか」
雇い主は答えた。
「……ふふ、芸術で見せるさ」
監査役は答えなかった。
―――御前会議室・第三試合―――
円卓の中央に、雇い主と監査役が向かい合っている。
雇い主は腕を組み、悠然と構えている。
監査役は端末を手に、淡々とした表情で立っている。
他のメンバーは観客席で見守る。それぞれが思い思いの体勢だ。
監査役が、対戦の開始を宣言する。
「第三試合。雇い主 vs 監査役。テーマは『創作に必要なコストとは』。開始」
雇い主が、一歩前に出る。
「創作にコストは関係ない。無限の想像力こそが真の資産だ。芸術は、数字で測れるものではない」
「では、この経費申請書をどう説明するのか」
監査役が、一枚の書類を差し出す。雇い主は、それを受け取り、目を通す。
最初は余裕の表情だった。しかし、その顔が、徐々に固まっていく。
「……これは、三ヶ月前の“高次元音響測定器”の経費だ」
「ああ、あれはスターのギターの──」
「却下します」
監査役が、冷たく言い放つ。
「なぜだ! あのギターは、創作のための重要な──」
「領収書に『魂』と書いてあるからです」
会議室が、静まり返る。カノジョがラムネを噛む音だけが、かすかに響く。雇い主の顔が、引きつる。
「……魂は、経費で計測できるものではない」
「では、なぜ経費申請したのですか」
「それは……芸術には、目に見えない価値が──」
「目に見えないものは、経費計上できません」
監査役が、さらに一枚の書類を差し出す。雇い主が、それを受け取る。今度は、彼の手が微かに震えている。
「これは、先月の“演算用超伝導有機カプセル”の──」
「いや、あれは博士が使うはずだった──」
「使用用途が『空想上の実験のため』と記載されています」
雇い主が、声を詰まらせる。
「……それは、未来の可能性に投資したもので──」
「未来は、経費では計上できません」
会議室に、深い沈黙が落ちる。雇い主の肩が、落ちた。監査役が、静かに言う。
「夢だけでは、世界は回らない。」
雇い主は、何も言えなかった。カノジョが、小さく呟く。
監査役が攻勢をかける。冷ややかに三枚目の紙を出す。
「……それから、先週の『宇宙の静寂を味わうための最高級珈琲豆』、十万円」
雇い主が小さく咳払いをする。
「……あれは思考の潤滑油だ」
「経理上の分類は『ただの贅沢』です」
「……雇い主、やられてる」
カレシが、小声で呟き、手帳に何かを書き込む。
雇い主が、最後の抵抗を見せる。
「……君は守銭奴か」
「あなたは夢遊病者ですね」
雇い主は、経費申請書を静かに机に戻した。
「……夢遊病者、か」
その一言で、決着がついた。監査役が、端末を閉じる。
「これにて、第三試合を終了する。勝者、監査役」
拍手が、まばらに響く。カノジョが、ラムネを口に放り込みながら言う。
「監査役さん、強いね……」
雇い主は、深いため息をついて、自分の席に戻った。
【観測記録:対戦Codeトーナメント戦】
第三試合:雇い主 vs 監査役。
テーマ:「創作に必要なコストとは」
結果:監査役の勝利。
評価:夢には領収書がいる。
特記事項:雇い主の経費申請書のうち、三件が却下された。
―――試合後―――
雇い主が一人でコーヒーを飲んでいる。
監査役が通りすがりに一言。
「夢遊病者でも、申請書は出せます」
「……分かっている」
カノジョが遠くから見る。
「雇い主、やられてた……」
カレシ「予想通り。記録もしてある」
雇い主がカップを置く。
「経費がなければ、芸術は続かない。そのジレンマが、本質かもしれない」
──次回予告──
「予測か、未知か。未来を歩くのは、どちらだ?」
青年「未来は見える。予測できることが、未来を歩くための道具だ」
学生「見えないから面白い。不安だからこそ、人は考える」
次回、第四試合「青年 vs 学生」。未来の見え方、二人の対話が始まる。




